第二章 試練

34話 襲撃の予兆

 ある日の朝のこと。

 街の外周の見回りから帰ってきたミステルが、珍しく険しい顔をしていた。


「どうしたの、ミステル。なにかあった?」

「はい……、ちょっと気になることがありまして。朝食を取ったら、一緒に来てもらえませんか?」

「わかった」


 俺たちは手早く朝食を取ると、ミステルの先導で、街の門を出て、外壁に沿って歩いていった。

 

 しばらく歩いたところでミステルは立ち止まる。ちょうどこの辺りは外壁が大きく崩れてしまっている地点だった。


「この地面のところを見てください」


 ミステルが指差した辺りに目を凝らすと、うっすらとではあるが辺りを踏み荒らしたような跡が見える。


「これは……足跡? 」


 ミステルは頷く。


「昨日の朝の時点では何もありませんでした。昨日の夜、雨が降りましたから。地面が濡れていて、それで足跡が残ったんだと思います」


 俺は改めて足跡を観察した。かなり大きい。大人の人間ヒューマンよりも一回りほど大きいだろうか。


「もしかして、魔族の足跡ってこと?」

「はい、おそらく…… それに、ほのかに残り香があります。この臭いは……オークです」

「オーク……」


 俺は一ヶ月前、オイレの森で遭遇した二体のオークを思い出した。あの時ミステルは、このオーク達は集団から離れて狩りをしているのではないか、と予想していた。

 もしかしたら、そのときの集団が街のそばまで近づいてきたということなのか。


「見張りの衛士は気づかなかったのかな」

「オークは夜目が効きますから、暗闇に紛れて行動していたとすればあるいは……あとは考えづらいですが、敵が何らかの技能スキルを使った可能性もあります……」

「ということは、もう街の中に入り込んでいる可能性もあるんじゃ……」


 だとしたら、街が危険だ。一刻も早く探し出して討伐をする必要がある。


「いえ……、街の中に足跡は続いていませんし、臭いもありません。街の中に侵入はしていないはずです」


 それも妙な話だ。なぜオークはわざわざ街のそばまで来て、何もせずに引き返すなんて行動を取ったのだろう。


「ニコ、ルークくんの話を覚えていますか? この街の外壁にはここもあわせて三ヶ所の崩落地点がある、ということ」

「うん、覚えているよ。ちょうど街の北、東、西の三方向にあるって話だよね?」


 ちなみに今俺たちがいる場所は東地点だ。


「実は、他の崩落地点の周囲にも、同様にオークの足跡があったんです」

「え……?」

「状況はこことほぼ一緒です。オーク達は見張りの衛士達の目をかいくぐり、夜闇に紛れて外壁の周りを彷徨うろついた後、街の中には入らずに離れたものと思われます」


 ミステルの説明を聞いて、背筋に冷たいものが走った。

 

(そんなのまるで、この街を、この街の弱点を、丁寧に調べているみたいじゃないか)

 

 なんのために? 決まっている。俺はオイレの森で言われたミステルの言葉を思い出した。



 オークは略奪種族です。生きている限り、そのオークは人を襲い続けます。



 そんなオークが、勢いに任せて襲撃するのではなく、集団で、丁寧に、狡猾に、準備をしたうえで襲ってくるかもしれない。

 

 俺は恐ろしくなった。


「オークが襲撃する街の下調べをする、なんてことあるの?」

「通常はあまり考えられませんが、ひとつだけ可能性があります」


 ミステルは目を伏せて、言葉を続ける。


「その群れがに率いられている場合です」

「ハイオーク……?」

「ハイオークとは、オークの上位種で、通常のオークよりさらに知能が高くなり、武器の扱いに長けるといわれています。通常、Bランク相当の魔族であり、個体によってはAランクに相当する場合もあります」

「まさか、この近くにいるっていうのか……」

「まだわかりませんが、可能性はあると思います」


 それが本当だとしたら大変だ。

 ハイオークに率いられたオークの群れは、この街にとっては絶望的な脅威となるだろう。


「すぐにルークに報告しよう。対策を考えないと!」

「わかりました」


 俺たちは急いで領主邸へ向かった。


***


「ハイオークに率いられたオークの集団ですか……」


 俺たちから報告を受けたルークは息を呑んだ。

 領主邸の執務室には、俺とミステル、ルーク、それにもう一人。


 無骨な鎧に身を包んだ大柄な男性。

 この人はルーンウォルズの衛士団の衛士長を務めるアベルだ。


「はい、外壁の崩落地点すべてにオークの痕跡を確認しました。仮にオーク達が街の襲撃の準備をしているとしたら、その群れは組織的に行動していることになります。そうした群れを率いているのはハイオークである可能性が高いです」


 ミステルが自身の見解を説明する。


「もし、ハイオークに率いられた群れだとしたら、敵の数はどれくらいになりますかな?」


 アベルがミステルに質問をした。


「通常、オークの群れは一〇から二〇頭程度ですが、ハイオークは自身のカリスマで、それらの群れを複数率いることになります。群れの規模が一〇〇頭を超えることも珍しくありません」

「一〇〇頭を超えるオークの群れか……この街の衛士団はたった十人。三方向から一気に攻めてこられた場合、とても守り切れないな……」


 アベルは苦々しい表情を浮かべた。


「この街にいる冒険者、それと商会にも救援を頼みましょう。武器を扱える者が多少はいるはずです。王都の冒険者ギルドにもこれからすぐ救援要請を送りますね」


 ルークは対応策を提案する。しかし、アベルの表情は渋いままだ。


「王都に救援要請をしても、ここに到着するまでは最低でも五日はかかります。その間、この街の人間だけでオークの襲撃を防がないといけません。我々衛士団に加え、この地にいる冒険者と商会の人間を足して三十人は集められるかどうか、といったところでしょうか」


 現状の戦力だと三○対一○○の戦いを強いられることになるということだ。しかも、三つの侵入地点を同時に守る必要があるから、こちらの人数はさらに分散しての配置が必要になるだろう。

 

「どうやら厳しい戦いになりそうですね……しかし、それでもやらなければ。私はこの街の衛士団長として、街の人々を守る義務があるのですから。さっそく団員に緊急招集をかけましょう。正門を完全に封鎖したうえで、外壁の崩落地点の守りを強化します」


 アベルは決意を固めるようにいった。


「僕もすぐに応援の手配を始めます。少しでも多くの戦力を集められるように……それと、住民の避難誘導も並行して進めないと」


 ルークも執務机から立ち上がる。


「幸いにして、戦闘のための薬は、ニコさんが用意してくれた良質なものが沢山備蓄されていますから、なんとか王都から応援がくるまでの期間、この街を守り抜きましょう」


「ニコ。わたし達はどうしますか? ニコ?」


 ミステルが意見を求めてきたが、その声は俺の耳に届かなかった。


 俺はずっとハイオークの襲撃から街を守る方策に思考を巡らせていた。

 

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