35話 勝利の策は二人で

 

 まずは状況を整理しよう。


 敵はハイオーク率いるオークの軍勢。

 その数は一○○頭と仮定しよう。

 

 それに対して、街の戦力は三○。


 敵の侵入地点は三箇所。いずれも街を囲む外壁の崩落した場所だ。

 仮に街の戦力を分散させて配置する場合、一地点につき、一○の戦力を配置することになる。対する敵の戦力は、均等に分散させるならおよそ三○、一箇所に集中してくるなら一○○。


(とてもじゃないが防衛できるとは思えないな)

 

 残念ながらこの街には三箇所の侵入地点を並行して防衛する能力はないといっていいだろう。

 

 オークの戦力を一箇所に集めること。

 それが勝利のための絶対条件だ。

 

 そのためにはなんらかの手段で侵入地点を減らす必要がある。なにかいい方法はないだろうか。


 特定の地点にオーク達を誘導することはどうだろう。オークの好むエサを囮として置いておくとか。

 ……いや、相手はハイオークに率いられている軍団だ。数頭は誘き寄せることはできるかもしれないが、全部を特定の地点に誘導するなんて不可能だろう。


 一番いいのは侵入地点の崩落した外壁を修復することだ。しかし外壁はドワーフの技術で作られており、簡単には修復不可能。期間的な余裕もない。簡易なバリケードなどで塞いだとしても、敵に破壊されて終わりだろう。


 修復が不可能だとしたら、修復をしたと見せかけることはできないだろうか?

 

 例えば錬金術でハリボテの壁を作ったりすることは……、そうとう上手く偽装する必要があるが、試してみる価値はあるかもしれない。


 仮にそれが上手くいって、オークの侵入地点を一箇所に限定できたとしよう。

 それでも戦力差は三○ 対一○○。まともに正面から戦っては勝ち目は薄いだろう。たとえ勝てたとしても大きな被害が予想される。もうひとつ何か策を講じる必要がある。


 進軍してくるオーク達の足を止め、相手からの攻撃を許さず、こちらが一方的に攻撃できる状況を作り出す策。


(考えろ。考えるんだ)


 敵の動きを予測した上で、自分の持つ技術や知識を最大限に活用し、戦う上での最適な答えを見いだせ。


 俺は魔族の脅威から皆を守りたくて冒険者になった。

 だけど、戦闘職じゃない俺には、魔族を打ち倒す力はない。


 でも、そんな俺でもできることはあるはずだ。

 ナハトと戦ったときのように。


 この街を守るためにできることが――


***


「ニコ、どうしました?」


 ミステルの声で、俺は思考の渦から現実に引き戻された。


「ああ、ごめん。ちょっと考え事していて」

「考え事ですか?」

「うん、オークとの戦い方について。皆も聞いてくれないか。ちょっとした策を考えてみたんだ」


 俺は頭の中で思い描いた作戦をみんなに説明した。


 俺の説明を聞き終わったあと、最初に口を開いたのはルークだった。


「す、凄いです、ニコさん。こんな短時間でそんな見事な作戦を考えるなんて……! 確かにそれなら上手くいくかもしれません」


 ルークの顔は先ほどよりほんのちょっとだけ明るくなった。これからの戦いに少し希望がみえてきたのだろうか。


「確かに……数で劣る我々が敵を迎え撃つならば、王道ではなく詭道きどうを使うが常套じょうとう……いやはや、一国の軍師のような発想が、まさか一介の錬金術師アルケミスト様から出てくるとは。実におもしろい」


 アベルも不敵な笑みを浮かべる。


 よしよし、ニ人ともこの作戦に乗り気になってくれたようだぞ。俺は内心ほくそ笑みつつ、話を続ける。


「講じる策は二つ。一つは『外壁の崩落箇所をあたかも修復したかのように偽装すること』。もう一つは『特定の侵入地点に誘導した敵の軍勢に対して、こちらが一方的に攻撃を加えられる状況を作り出すこと』」

「どのようにして?」

「いずれも錬金術を使います。ただ、問題が一つあって。前者の『外壁の偽装』はどこまでできるか、正直なんとも言えないんだ」


 俺は【建築学】のスキルを持っていない。錬金術でハリボテの壁を作るまでは問題なくできるが、どこまでの精度で外壁を再現できるか自信がなかった。

 ハリボテの壁ではオーク達に見破られ、すぐに破壊されてしまうだろう。今回の作戦では『偽装』が最も重要になってくる。


「……ニコ。その作戦、もしかしたらわたしのスキルで手助けができるかもしれません」


 俺の作戦を静かに聞いていたミステルが提案した。


「ミステルのスキルで?」

「はい。実際に試してみたいので、これから現地に移動しませんか」

「わかった」


 ミステルの提案を受け、俺たちは外壁の崩落地点へと移動することにした。


 ***


 俺たちは再び街の東側にある侵入地点へとやってきた。今度はルークとアベルも一緒だ。


「ニコ。まずは崩落した箇所をふせぐように、壁を作ってもらえますか」

「まかせて」


 俺は壁の崩れたところに近寄った。

 高さ三メートル程の外壁の一部が、幅は大体二メートルくらいだろうか、完全に崩落してしまっている。


「この辺りかな」


 俺はそっと地面に手をあてた。


(さてと……やることは単純だけど、ここまで大きい錬成は初めてだから……集中しないとな)


 俺は心の中でそうつぶやくと、スキル発動のために精神を集中させた。


分解せよニグレド再結晶せよキトリニタス……」


 地面に錬成陣が描かれ、そこから、ゴゴゴゴッ――という重低音を響かせながら土が隆起りゅうきしていく。


「これが噂に聞くニコ殿の錬金術か……いやはや、見事なものですね……」

「さすがです、ニコさん」


 俺の錬金術を見て、アベルとルークは感心の声をあげる。


 錬金術で隆起させた土壁はどんどん高さを上げていって、やがて外壁とほぼ同じ高さに並んだ。


(よし、高さはこんなもんかな。あとは壁の穴を塞ぐようにまんべんなく配置して……)


大いなる業は至れりアルス・マグナ!」


 その状態で固定化する。

 崩落してできた壁の穴は、錬金術の力で隆起した土壁によって完全に塞がれた。


「ふう、こんなもんかな……」

「お疲れ様です、ニコ」

「とりあえず、土壁で穴を埋めてみたよ。あくまで土だから、強く触ったり掘ったりすると簡単に崩れちゃうけどね」


 だからこそ、この段階からもうひと手間かけて、この土壁を外壁に偽装する必要があるのだ。


「十分です。ここから先はわたしに任せてください」


 そういうと、ミステルは出来上がった土壁に近づいて、そっと自身の手をあてた。


「スキル展開。【幻術】――」


 ミステルが唱えると、手を触れた部分から放射状に広がるように、光が放たれた。


「これは……」


 光はゆっくりと土壁全体を覆っていく。そしてその光が収まった後、土壁は本物の外壁と見分けがつかない外見に姿を変えていた。


「これで大丈夫でしょう。わたしの【幻術】スキルで、土壁の上に幻影を投影しました。あくまで見た目だけなので、触ったりしたら質感でバレてしまいますが……」


 俺はエルミアの宿屋でミステルのスキルボードを見せてもらった時のことを思い出した。


――――――――――

――――――――――

プリテンダー

【幻術】 対象の外見を変化させることができる

――――――――――

――――――――――


 たしかミステルは自分の赤い瞳を隠すためにこのスキルを使っていたはずだ。


「すごいな! こんなこともできるんだ」

「はい。わたしも自分以外に使うのは初めてだったんですが……、上手くいってよかったです」


 ミステルはホッとしたような表情を浮かべる。


「すごいです! ミステルさん! 外壁がまるで元通りだ! これならオークたちもここから侵入しようなんて思わないはずですよ!」


 ルークは興奮した様子ではしゃいでいる。


「むう……、確かにこれならオーク達の目もあざむけますな」


 アベルもひどく感心した様子だ。


「この調子でもう一箇所の侵入地点もふさいでしまおう。残るは北と西。どっちにしようか?」

「北側をお願いします。西側の地点は居住区から一番離れていますし、商業区から近いので物質の補給にも便利です。オークを迎え撃つには、そちらのほうが都合が良いかと」


 俺の問いにルークが答えた。


 こうして俺たちは北側の外壁にも偽装を施し、残った西側の侵入地点にて、オーク達を迎え撃つ準備を進めていった。


 勝利のために俺が講じる策は残り一つ。

 

 一ヶ所に集めたオーク達を、一匹たりとも逃すことなく、一方的に蹂躙するための策だ。

 そして、俺の頭の中にはすでにそのイメージができあがっていた。

 

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