36話 対決!オークの軍勢①
ルーンウォルズに夜の帳が下りる。
いつもなら一日の仕事を終えた街の人々が、穏やかな団らんを過ごしているであろう時間帯。
しかし今夜は、街全体が、えもいわれぬ緊張感に包まれていた。
俺とミステルは西側の侵入地点にて、外壁の上に登り、オークの軍勢を待ち受けていた。
すでにこの場所には、アベル率いる衛士団と、ルークが手配をした冒険者達、あわせて三十人の戦士たちが、オークを迎え撃つために集まっていた。
待ち伏せしていることをオークに気づかれないように、皆、明かりをつけずに静かに息を潜めている。
「ニコさん、ミステルさん……、いよいよ日が落ちましたね。オーク達は本当に現れるのでしょうか」
ルークが緊張した面持ちで俺たちに声をかけた。
「はい。おそらく今夜現れるものと思います。さっきから索敵をしていますが、遠くからわずかに魔族の気配を感じます」
ミステルがそう答えると、ルークの顔は青ざめたように見えた。
「ルーク、無理しないほうがいいよ。前線は危険だ。今からでも遅くないから、君は領主邸に避難したほうがいい」
俺は心配になって、そう提案した。
「いえ……、皆さんが命をかけてこの街のために戦うのですから……領主として、僕だけが安全な場所に隠れているわけにはいきません」
ルークは自分を鼓舞するかのように、震えながらも答える。
「だけど、もしキミに何かあったら……」
「前領主は、魔族の襲撃を前に、この街を見捨てて逃げ出しました。……僕は、戦うことはできないとしても、逃げたくは……ないです」
「ルーク……」
ルークの強い決意を感じて、俺はそれ以上は何も言えなかった。
戦えなくても逃げたくはない。
彼の気持ちが俺には痛いほど分かるからだ。
「心配ない、
ルークの傍に控えるクロエが、凛とした声で言った。
その言葉を聞いたルークは、少しだけ安心した表情を見せた。
「そっか……わかったよ。一緒に戦おう」
ルークもクロエもそれぞれの仕事を
「……来ました!」
索敵をしていたミステルの声を聞いて、俺を含めた全員が一斉に視線を向ける。
視線の先には二匹のオークが、闇に紛れて外壁へ近づいてくる姿だった。やけに数が少ない。
「あれ、二匹だけ?」
「おそらく大規模襲撃の前の偵察でしょう。北側と東側にも同様に送り込んでいると思われます」
「なるほど……、用心深いな……」
北と東の二地点には、少数の衛兵を配置していた。外壁の偽装がバレるなど、万が一の事態になった場合は狼煙をあげて報告をすることになっている。
偵察のオーク達はしばらく外壁の周辺を歩き回り、何事かを確認した後、その場を離れていった。
「戻っていくね……」
「本隊に偵察結果を報告しに戻ったのでしょう。待ち伏せされていることに気づいた様子はありませんでしたので、おそらく、数刻後に本隊が攻めてくるはずです」
ミステルによると、オークは種族的に嗅覚に優れている、とのことだ。俺はその話を聞いてから、あらかじめ錬金術で『身隠しの香水』を錬成して、みんなに配っておいた。少なくとも匂いでオークに待ち伏せがバレることはないはずだ。
今のところ、他の地点からの狼煙も上がっていない。外壁の偽装がバレたということはなさそうだ。
あとは、偵察から報告を受けたオークの軍勢が、他の侵入地点は修復されたものと勘違いをして、ここにまとめて攻めてきてくれれば……作戦通りだ。
俺たちは城壁の上で、ひたすらその時が来るのを待った。それから、およそ一時間が経過したときだった。
「敵影確認しました。オークの軍勢です」
ミステルの声を聞いて視線を移す。すると西の森林地帯の方角から、オークの大群が迫ってきていた。正確な数は分からないが、かなりの大群だ。
「よし、みんな落ち着いて。作戦通り、まずはこのままオーク達を侵入地点のギリギリまで引きつけるよ」
俺は皆に指示を出す。
「焦って攻撃をしたりして、オークの密集を乱すようなことはしないよう気をつけて。大丈夫、俺の作戦がうまくいけば、この戦いは絶対に勝てる」
俺は皆に言い聞かせた。
いや――、自分自身に言い聞かせていた。
「それも、圧倒的にね……」
オークの軍勢はどんどんとこちらに迫ってくる。
途中で複数の群れに分かれることもなく一丸となって進んできているらしい。それはつまり外壁の偽装工作が上手くいったということだ。
軍勢が近づくにつれて、段々とその醜悪な姿が鮮明になってくる。数は百体以上。オーク達は武器や松明を持ち、隊列を組みながらこちらに近づいてくる。それはまさに進軍だった。
その先頭を歩く一際大きい一匹のオークが、
それは、この世のものとは思えないくらい、耳障りで不快な鳴き声だった。
「あれが、ハイオークです。間違いありません、この群れのリーダーです」
ミステルが教えてくれた。
そのハイオークは、普通のオークよりも体格が大きく、身体中のあちこちには歴戦の戦いを思わせる傷跡があった。そして頭部からは二本の大きなツノが生えており、両腕には巨大な
(あんな魔族が街の中に入ったら……)
想像をして俺は身震いした。この街は徹底的な破壊と略奪を受けることだろう。そうはさせるものか。絶対にここで食い止める。
オークの軍勢は外壁に向かいさらに歩を進める。
それにつれてオーク達の体躯から放たれる、獣と血の臭いが混ざったような異臭が、夜風にのって漂い、鼻をつくようになった。
ブギィ……! グギュルル……! グゴゴゴ……!
耳障りな奇声が耳に入る。軍勢は外壁の目前まで到達しようとしていた。
(ニコ殿……! これ以上は危険です! 早く一斉に攻撃を仕掛けましょう……!)
痺れを切らしたアベルが俺に合図を送ってきた。
それでも俺は首を横に振る。
(もう少し……、もうすぐなんだ……)
俺はオーク達の進行方向を確認しつつ、タイミングを見計らう。
あと、ほんの数メートル……
迅る心を鎮めろ。
大丈夫、きっとうまくいくさ。
「今だ!」
俺は錬金術を発動した。
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