37話 対決!オークの軍勢②

 錬金術の発動と同時に、外壁の崩落地点の地面が盛り上がった。隆起した地面は、そのまま土の壁と化して、オーク達の行手を阻む。


 突然の出来事に動揺するオークの群れ。


「ブギィ!! ギャギギャギ!! グゴガガガ!!!」


 ハイオークは怒り狂ったように叫びながら、両手に持つ巨大な斧を振りかざし、目の前にある土壁を破壊しようと力任せに振り下ろした。


 残念だけどもう手遅れだ。お前たちは罠に囚われた。


 俺は矢継ぎ早に次の錬成を行う。


 その瞬間、オーク達の背後の地面から、ちょうど彼らを取り囲むように、大量の土壁がせり上がった。

 

 あらかじめ大量の『錬成符』を地面に仕込んでおいたのだ。


「ギャッ!?」

「グエッ!!」


 自分達の背後に、突然出現した大量の壁に、困惑するオーク達。正面を外壁に、背後を土壁に囲まれて、オーク達は完全に逃げ場を失った。


「ミステル! 頼んだよ!」

「任せてください!」


 俺の合図と共に、ミステルは矢を天高く構えて、力強く引き絞る。


「|スキル展開――【エーテルアロー】」


 ミステルの詠唱と共に、眩い光がミステルの身体から発せられ、やがてその光の濁流は一本の矢として彼女の手元へ集約されていく。


「我が魂に集う内なるマナよ……天翔ける流星の光となりて、我が敵を穿うがち滅ぼせ……!!」


 ミステルは極限まで引き絞ったその光の矢を解放した。

 ミステルの右手から放たれたその一撃は、まるで流れ星のように美しい弧を描きながら、そのまま上空へ伸びていく。


 次の瞬間、まばゆい閃光とともに、ミステルの放った光の矢は遥か上空で弾けた。


 ズダダダダダダダダダダッ!!


 流星は、無数の散弾となって雨のようにオークの軍勢に降り注いだ。


「グエェェ……」

「ゲハッ……」


 光の矢に体を貫かれ、断末魔の悲鳴をあげながら次々と倒れていくオークたち。

 逃げ場のない状況で一方的に攻撃にさらされ、今や立っているオークはごく僅かだ。


「よし、敵は総崩れだ! アベルさん、後はお願いします!」

「お任せください! さぁ、みんな。貪欲どんよくなる侵略者どもを一匹残らず始末するのだ!」


 アベルの指示により、城壁の上から、弓兵達の放つ矢がオーク達に降り注ぐ。その後、オークの残党を殲滅すべく、兵士たちが次々と下へ降りていき、オーク達に襲い掛かった。

 

 アベル率いる精鋭の兵士達によって、オーク達は次々に討ち取られていった。

 

 俺はその光景を見て、胸を撫で下ろす。作戦はすべてうまくいった。


「ニコ……、うまく……いきましたね……」


 ミステルは安堵した表情でそう呟くと、糸が切れた人形の様に、その場に崩れ落ちた。


「ミステル!? 大丈夫!?」


 俺は慌ててミステルを抱き止める。


「大丈夫です……と言いたいですが、限界みたいです。今の一撃で、魔力を使い果たしてしまいました……」

「ごめんね、無茶させちゃって。すぐに安全なところまで運ぶから!」

「お願いがあります……わたしが落ちてしまった後……絶対に危険なことはしないでください」

「わかった、約束するよ」

「よかった」


 ミステルは安心したように微笑む。

 

 彼女の瞳の色が赤色に変わってしまっていた。【幻術】スキルが解けてしまったのだろう。それだけ彼女は自身の力を出し尽くしたということだ。

 俺は他の人からミステルの瞳が見えないように、彼女の身体を抱きかかえた。


「ニコ……わたし、あなたの力になりたくて、精一杯頑張りました」

「うん、そうだね。キミのおかげでこの戦いに勝利できたよ」

「それじゃあ……もうひとつだけ、お願いがあるんですが聞いてくれませんか?」


 ミステルは俺の腕の中で、少し恥ずかしそうに問いかけた。


「なに? なんでも言って」

「……頭」

「頭? もしかして頭が痛いの!? 大変だ、すぐ頭痛薬を――」

「違います……その……頭を……撫でてくれませんか?」

「へ?」


 予想外のミステルの要望に、俺は間抜けな声をあげてしまった。


「ダメですか……?」

「いや、ダメってことはないけど、えっと……はい」


 俺は戸惑いながらもミステルの銀髪にそっと触れて、優しく手のひらを滑らせる。絹のような手触りが心地よい。

 

 ミステルは心底安心した表情を見せた。


(な、なんだこれは。恥ずかしいぞ……!)


「ふふっ、嬉しいです。あなたの手はとても優しくて暖かい……この手に触れられると、不思議なあったかい気持ちになります……」


 ミステルは俺の顔を見上げ、微笑みを浮かべた。


「どうか、これからも一緒に―― 」


 ミステルはその言葉を最後まで言い終える前に、瞳を閉じた。


「ミステル!?」


 一瞬焦って彼女に声をかけたけれど、すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。

 どうやら彼女は眠ってしまったようだ。


 ***

  

 俺はミステルを安全な場所へ寝かせると、その足で外壁の下へ降りていった。

 外壁の下ではアベル率いる兵士たちによって、すでに全てのオーク達が倒されたようだ。


「アベルさん、みんな無事ですか?」


 俺が指揮を取っているアベルに声をかけると、彼は振り返り笑顔を見せた。

 

「えぇ、死者はおろか、重症者もいません。あの数のオークを相手にしてこの程度の被害とは……すべてニコ殿の策と、ミステル殿の力のおかげです」

「いえ、みんなの協力があったからこそですよ」

「ミステル殿はどちらへ?」

「ミステルはさっきの大技のせいで今は眠っています。命に別状はないので心配しないでください。怪我人の救護を優先しましょう」

「ニコ殿、どうか後処理は我々にお任せを」


 アベルが部下に指示を出すのを確認してから、俺は改めて周りを見渡す。

 そこにはおびただしい数のオークのむくろが転がっていた。その光景を見て、俺はあらためて今回の戦いに勝利したことを実感していた。


「ニコさん! やりましたね!」


 後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえたので、振り返る。


「ルーク、無事だったんだ」

「外壁の上からずっと見ていました! ニコさんとミステルさんのご活躍を……! 凄かったです!」


 目を輝かせて興奮気味に話すルーク。その隣には、いつも通り落ち着いた様子のクロエさんの姿もある。


「ルークもありがとう。俺の策を信じてくれて、そしてその信頼を皆に伝えてくれた。キミがいなければ今回の作戦は成立しなかったと思うよ」

「いえ、僕はただニコさん達を信じて、自分にできることをやっただけです。本当に全部うまくいってよかった……」


 ルークははにかんで笑った。


 そのとき。


「うわあ!! こいつまだ生きて……ギャッ!」


 悲鳴が聞こえた。ルークの肩越しにその方向に目をやると、血煙の花が咲く様が見えた。その奥には血に塗れた巨大な魔族の姿――ハイオークの姿が見えた。

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