38話 対決!オークの軍勢③★


 ハイオークは周囲の兵士を斬り払うと、憤怒の形相でこちらを睨みつける。


「……ヴオォオオオオオッッ!」


 ハイオークは大きく咆哮すると、残った一振りの戦斧バトルアックスを振りかぶり、一直線にこちらに突進してきた。


(この位置は……! ルークとクロエさんが危ない!)

 

 ちょうど彼らは、俺とハイオークの間の位置に立っている。このままではハイオークの突進に巻き込まれてしまう。

 


『お願いがあります……わたしが落ちてしまった後、絶対に危険なことはしないで……ください』



 ついさっき交わしたミステルとの約束が脳裏をよぎる。


(ゴメン、ミステル、だけど俺は――)


 俺は咄嵯の判断でルークを押し退けるように前に出た。


「ニコさん!?」

「ハイオークは俺が食い止める。キミはクロエさんと一緒にすぐにここから逃げろ!」


 この場で魔族と戦う術をもっているのは、冒険者である俺一人。

 

 魔族の脅威から皆を守る。

 

 俺は冒険者として、その役割ロールを果たさなければいけない。


 相手はハイオーク。頼りの相棒ミステルはいない。

 死ぬかもしれない。怖い。

 勇ましく飛び出したはいいけど、手足がガクガクと震えだしたことに気づいた。


(笑わせるなよ。雑用係ごときが魔族を倒せるはずがないだろう? ハハハハハ――)


 在りし日の勇者の笑い声が幻聴として頭の中に響く。


(クソわかってるさそんなこと! 自分に戦う力がないことくらい、自分が一番よくわかってるんだよ! でも、今俺がやらなきゃ大事な人が死ぬかもしれないんだ! 例え、倒せなくても、足止めくらいには……!)


 自分の心が恐怖や弱気といった後ろ向きな感情に飲まれそうになったそのとき。

 


 ――アナタの冷静な分析、見事な錬金術の腕前、そして恐怖を前にして逃げ出さない勇気――ニコはわたしが今までに出会った誰よりも、冒険者として優れた素質を持っています。

 


 在りし日の優しい記憶が頭をよぎった。

 

 

 ――アナタの価値をアナタ自身が誤魔化さないでください。

 


「俺の価値を……俺自身が誤魔化さない……」


 その言葉は恐怖に震える俺の心を優しく包み込む。

 気づくと手足の震えは止まっていた。


(ありがとう、ミステル)


 

 心に凪を作るために、深呼吸を一つ。


 スゥー。



「俺ならできる! ハイオークを倒す! そして、生きてキミのもとに戻る!!」


 

 心の猛りは、夜の帳を切り裂かん叫びへと変わった。

 


 猛スピードで突っ込んでくるハイオークを真っ直ぐ見据える。


(最優先すべきは――あの突進を止めること!)


 俺は地面に右手をかざした。

 一瞬でハイオークと自分の距離を測り、座標地点アンカーポイントを計算。


 俺はスキル【遠隔錬成】を展開した。


分解せよニグレド――再結晶せよキトリニタス――」


 詠唱と共に、右手のひらに錬成陣が現れる。

 狙うはヤツの足元!


大いなる業は至れりアルス・マグナ!」


 錬金術の発動と共に、手元の錬成陣から生まれた光は

ハイオークの元へと走っていく。

 その光が座標地点アンカーポイントに到達した次の瞬間、ゴゴゴゴッと音を立てて土壁が迫り上がった。


「グガァッ!?」


 突然のことに驚いたのか、ハイオークの動きが止まった。

 しかし、それは一瞬。

 すぐさまハイオークは戦斧バトルアックスで土壁を叩き壊した。轟音と共に土ぼこりが舞い上がる。


(そんなのは想定内だ。突進の勢いさえ殺せればそれでいい!)

 

 俺は腰にかけたポシェットから、とあるアイテムを取り出した。

 それは握り拳ほどの大きさの球体。今日の戦いに備えて、護身用として作っておいたアイテム。


 閃光玉。

 

 投げつけることで使用し、地面や相手にぶつけて衝撃を与えることで、強烈な光や音を放ちながら炸裂する。

 これをハイオークに向かって使用すれば、目眩しくらいにはなるはずだ。

 

(品質はS+。ただ一つの不安は実戦で使用したことがないことだけど)


 実戦はいつだって唐突だ。

 敵は、こっちの都合なんて待ってくれない。

 迷いは捨てろ!


「みんな! 今から閃光玉を使う! 強い光を放つアイテムだから、光を直視しないように気をつけてくれ!」


 仲間を巻き添えにしないように俺は叫ぶ。


「くらえハイオーク!」

 

 俺は思い切り振りかぶってハイオークに向かって閃光玉を投げつけた。

 閃光玉は放物線を描きながら、ハイオークの元へ飛んでいく。


 俺がまぶたを手で覆った次の瞬間。


 カッ――!

 

 閃光玉が炸裂し、目を覆っていてもハッキリとわかるほどの激しい光が辺りを包んだ。


「グガァアアアアアッ!」


 ハイオークの絶叫が聞こえる。

 俺がうっすら瞳を開くと、ヤツは顔を抑え、無様にもその巨体をのたうち回らせていた。


「よし……!」

 

 チャンスだ。ここで一気にたたみかける!


 俺は腰にぶら下げていた短剣を鞘から抜き出し、ハイオークの元へ駆け出す。


(コイツをくらえ!)


 短剣をハイオークの身体に突き刺した。


「ギャオオオッ!」

 

 ハイオークは苦痛に顔を歪めながらも、暴れまわる。

 その拍子に短剣は俺の手から離れた。


 視界を失っているハイオークはやみくもに武器をふりまわしているだけだが、万が一直撃したら致命傷だ。


 俺は再びヤツとの距離を取る。

 

「ハァ、ハァッ……!」


 息が乱れる。魔族との直接戦闘。

 俺の予想を上回るスピードで、体力、気力、集中力、あらゆるものが消耗していく。

 

 短剣はハイオークの右手上腕の辺りに突き刺さっていた。致命傷には至らない。


(だけど――それも想定内なんだよ!)


 俺はニヤリと笑う。

 

 やがて、ハイオークの身体に異変が起きた。

 視界を失って苦しんでいるハイオーク。その苦しみ方が変わってきたのだ。


「ゴフッ……グハァ……!?」


 ハイオークの足がもつれ、しまいには立っていられないといった様子で膝をついてしまったのだ。

 自分の身に何が起こっているかわからないといった様子だ。


「どうだ……? とっておきのの味は……?」


 そう、俺は短剣の刃にあらかじめ錬成しておいた痺れ薬を塗り込んでおいたのだ。

 

 痺れ薬。

 対象に状態異常【麻痺パラライズ】を付与する効果がある。付加効果エンチャントも【即効性】と【威力強化】をつけておいた。その威力は自分で言うのもなんだけど絶大だ。


(やっと、ここまで到達した。ハイオークの自由を完全に奪った。これなら――)


 俺は苦しみもがくハイオークへと近づいていく。

 途中傍らに落ちていた長剣を拾った。衛士団の誰かが落とした武器だろう。


「とどめだ。ハイオーク」


 俺は両手で長剣を振り上げた。

 ハイオークの顔面に向かって、その刃を思い切り突き立てる。


「ギャビッ……」


 噴き出る鮮血。 

 ハイオークは声にならない悲鳴を上げて、そのままピクリとも動かなくなった。

 

 俺はハイオークが完全に絶命したことを確認すると、その場に座り込み、大きくため息をついた。


「やった……俺が……ハイオークを……倒した……!」


 声が震える。

 初めて魔族を倒した。誰の力も頼らず自身の力で。

 安堵感と達成感が全身を満たす。

 

「ニコさん!」

 

 そんな俺のもとにルークがこちらへ駆け寄ってきた。クロエの姿もある。


「ああ、なんとかね――」


 俺が立ち上がったろうとした――とき。


 ガバッ!

 

「うわっ!」


 自分の体が押し倒される。

 一瞬何が起きたか分からなくて、俺の胸にルークが飛び込んできたんだと気づくのに時間がかかった。


「ニコさん! ニコさん! 大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」

「ル 、ルーク……!」

「良かった、無事で……本当に……良かった……うわあああああん」


 彼は俺の身体に馬乗りするように抱きつきながら、大粒の涙をこぼしていた。


「僕のせいで……僕のせいでニコさんが危険に……! ごめんなさい……!」


 ルークはそのまま俺の胸に顔を埋めて、肩を震わせる。


「そんな泣くなって、ね?」

「だって……だって……!」

「ほら、結果としてこうして無事に済んでるわけだし」

「でも……でも……ぐすん」


 俺はルークを落ち着かせるために、その体にそっと手を添えて、背中をさすってやった。柔らかい。そして華奢な身体だ。それになんだかいい匂いもする。


「ルーク、もう大丈夫。今度こそカンペキに戦いは終わったんだよ」

「はい……」


 ルークはまだ少ししゃくりあげていたけど、なんとか落ち着いてくれたようだ。俺はルークを抱きかかえていた手をそっと離した。


主人あるじ様、体力と気力の限界。すぐに領主邸に戻って、休むべき」


 クロエがそう提案する。


「そうだね、ただでさえ慣れない戦場で、最後まで頑張ってくれたんだ。クロエさんの言うとおり、後は衛士団の人たちに任せてゆっくり休んだ方がいい」

「でも僕は領主として……」

「いいから! おつかれルーク!」


 それでも何かを言おうとするルークに対して、俺は彼の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でてあげた。

 ルークの顔はみるみると赤く染まっていく。


「えっ……あっ……あうぅ」


(え、なにこの小動物みたいな反応。可愛いんだけど)


「その……ニコさんは、どうするんですか?」

「ああ、後処理は任せて、俺もミステルを連れてアトリエに戻るよ。これ以上俺たちがここにいても、たぶん出来ることはなさそうだし」

「そうですか……、わかりました。それなら僕も戻ることにします。戦いの詳細な報告はまた明日に……」

「うん、それがいい。きっとアリシアも心配してるだろうしね。早く無事な姿をみせてあげなよ」

「そうですね、それでは失礼します……おっと」


 ルークは急にふらついて倒れそうになった。すかさずクロエさんが支える。

 きっと張り詰めていた緊張の糸が切れたんだろう。


「ごめんね、クロエ」

「問題ない。家に着くまでが魔族討伐。しっかりつかまって」


 そういうと、クロエさんは俺に向かって一礼した。


「感謝するニコ。よくぞ主人あるじ様を守ってくれた。このお礼は必ずお返しする」

「どういたしましてクロエさん、ルークのこと、あとはよろしくお願いします」

「いわれずとも、バイバイ」

「ルーク、また明日ね」

「はい……!」


 こうしてルーク達を見送った後、俺は一息ついた。

 それからじっと自分の両手を見つめる。


(俺はこの手で守れたんだ。大切なものを。自分自身の手で!)


 俺は自分の顔がほころんでいくのを止められなかった。

 ミステルとの約束こそ破ってしまったけれど、俺は今日の戦いを経て、自分の成長を実感した。

 

 さあ、キミの元に戻ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る