39話 不可抗力のベッドイン
次の日の朝。
窓からさす陽光によって、俺は目を覚ました。
(あれ……ここはどこだ? 昨日は戦いが終わった後、ミステルを運んでアトリエに戻って、それで……)
その先の記憶がない。
頭に霧がかかったようにぼんやりとしており、状況がよく理解できない。
どうやらベッドの上みたいだけど、なんだかやけにいい香りがする。
それになんだか柔らかいものが俺の右腕に当たっているような気がするのだ。
(この感触……ふわふわでふよふよな心地よい感覚は……)
視線を向けると、そこには俺の腕を抱き枕のように抱えて、寝息を立てているミステルの姿があった。
「み、ミステル!?」
(どどど、どういう状況だこれは!? なんで俺たち一緒に寝てるんだ!?)
いかんいかん、落ち着け、まずは状況を整理するんだ。
えーっと確か、俺は昨日の夜、意識を失ったミステルを背負ってアトリエに戻ったんだよな。
そしてその後、なんとか彼女を部屋に運んだわけだが……
そうだ! なんとなく思い出してきたぞ!
上着を脱がせた後、ミステルをベットに寝かせようと思ったら、バランスを崩して俺もベッドに倒れちゃって……俺も疲れていたからそのまま一緒に眠って……
そして今の状況に至るというわけだ。
ややや、やばい! こんな状況でミステルが起きたら一発で嫌われるに決まってる。
なんとかミステルを起こさないように、ここから脱出しないと。
しかし俺の腕は彼女にがっちりとホールドされていて、脱出は容易でなかった。
「んっ……」
その時、ミステルが寝返りを打った。
すると、彼女の顔がさらにこちらへ接近してきて――
「うひっ!」
思わず変な声を出してしまった。
至近距離にあるミステルの顔を見て心臓が大きく跳ね上がる。
長いまつげ、整った鼻筋に綺麗な唇……
あらためて彼女の顔をまじまじ見ると、まるで人形のような美しい顔立ちをしている。
そんな美少女のあられもない姿を前にして、とてもじゃないけど、平静を保ってはいられなかった。
「んんっ……」
ミステルが悩ましげな吐息を漏らす。
やばい、起きるか!?
「んっ……ニコ……」
ミステルは俺の名前を呟く。
どうやら起きてはいないようなので、寝言だろう。
なにか夢を見ているのだろうか、もれる吐息がやけに色っぽい。
「ニコ……だ、ダメ……」
!?
な、なにがダメなんだ!? 一体君は今どんな夢を見ているんだ……!?
追い討ちはさらに続く。
ミステルは寝心地のいい
そのたびに。
ふにふにふにふに……
俺の右腕には柔らかすぎる感触が伝わってくる。
それはもう暴力的なまでに柔らかい。
「あん……ニコ……」
追撃とばかりに耳元で囁かれる甘い囁き。(注:ただの寝言)
ああ、理性が……理性が……
溶けていく……溶けていくよぉ……
……
ちょっとだけなら触ってもバレないんじゃ……
ごくり……
いやいや何を考えているんだ!
ダメだダメだダメだ! 耐えろ、耐えるんだ俺。ここで欲望のまま行動したら人として終わる。
理性で本能を抑え込もうとするが、風前の灯火と化した理性とは裏腹にどんどん肥大していく本能をそう簡単に制御できるものではない。
俺の頭の中でほわわわわーんと悪魔ニコが現れてそっと囁いた。
【へっへっへっ、ニコ・フラメルよう。何を
天使ニコも登場してすかさず反論する。
『なりませんよニコ・フラメル。本人の同意もなしに異性にボディタッチするなんて人として最低のことです』
【大丈夫だって、お前とミステルの仲じゃないか。ボディタッチくらい大したことじゃない。それに彼女だってお前のことを嫌いなわけじゃないだろ? むしろ喜んでくれるだろうぜ。これは二人の関係を一歩先に進めるためのチャンスだぜ。大人の階段を上ろうぜー】
【なりません。彼女の信頼をあなたは裏切るつもりですか? それに一度手を触れてしまえば、きっと歯止めがきかなくなってしまいます。あなたの人生のためにもここで踏み止まるべきです】
『もう実質触ってるみたいなものなんだ! ほんのちょーっと触るだけなら大丈夫だって。バレても最悪寝ぼけていたで誤魔化せ! ほら、男を見せろ。 芋ひくな。 ここで何もしないのは彼女に対して失礼だろう! その胸の膨らみには愛と勇気と夢の希望が詰まっている。さあ掴み取れ。お前は真理を追求する探求者だろ。この程度のリスクを恐れて真理が掴めるのか? あ〜ん?』
俺の頭の中での天使と悪魔の戦いは、悪魔優勢のまま最終局面を迎えようとしていた。
もうこうなった以上、悪魔の誘惑にしたがって本能のまま行動するか。かくなる上は俺の右腕を錬金術でバラバラに分解してこの窮地を脱出するか。この二者択一の選択を選ぶしかない。
そう思った時であった。
「んん……?」
ミステルはゆっくりと目を開けると、ぼんやりとした表情のままこちらを見つめた。
「あれ……ニコ……」
ミステルが起きてしまった。
「あれ……? わたし、なんで、一緒に……?」
「すいませんでしたあああああああ」
俺は状況を理解していない彼女から脱兎の如く離れると、速やかにそのまま土下座の態勢へ移行した。
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