79話 帰り道の二人
オレンジ色の夕焼け空の下。
俺とミステルは二人並んで、アトリエへの帰り道を歩いていた。
西陽に照らされて出来た二人の
ルーンウォルズを離れていたのは、二週間くらいだったけれど、その間、本当に色々なことがあった。
だから、この道を歩くのも随分と久しぶりな気がした。
(そう、本当に色々なことがあったな――)
俺はこれまでの旅路に思いを馳せる。
行きの道中では、俺とミステル、そしてルークの三人で野営をした。錬金術で石窯を作って、ピザとチーズを食べて、ワインを楽しんだ。ルークから彼の過去や本音を聞くこともできた。
ドラフガルドでは、トゥーリアやバルバロッサたちとの出会いがあった。そしてトゥーリアと力を合わせて、強大な
ヴォルカヌスの討伐後に開かれた宴会では、ついついお酒を飲みすぎて酔い潰れてしまったっけ。だけど、そのあと入ったサウナ風呂は本当に最高だったな。
ドワーフ達はルーンウォルズ復興のため強力してくれることになった。それに俺たちには、トゥーリアという頼もしい仲間が加わったし、新しい強力な装備も手に入った。
そして。
俺は隣を歩くミステルに視線を向けた。
彼女は俺の視線に気づき、小首を傾げてこちらを見つめ返す。
黄昏の中、彼女の表情はどこか儚げにみえた。
「どうしました?」
「あ、いや。アトリエに着いたら、久しぶりにミステルの淹れてくれたコーヒーが飲みたいなって思って」
「ふふ、わかりました。戻ったらすぐに用意しますね」
ミステルはそう言って嬉しそうな笑みを浮かべる。
俺はそんな彼女を見て、自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
(ああ、まただ。最近はいつもこうだ)
彼女の笑顔が俺に向けられると、胸が高鳴る。
そして息がしづらくなる。
そのきっかけは。
ヴォルカヌスとの決戦前夜。
俺は彼女の弱い部分を知った。
そして、そんな彼女を心の底から守りたいと思った。
(だから――俺は思わず彼女を抱きしめたんだ)
俺にとってミステルは、これまでも、そしてこれからも頼れる一番の相棒だ。それは何も変わらない。
だけど、あの日を境に、彼女に対する気持ちがそれだけじゃなくなった。
(俺は、もしかしたら、彼女のことが――)
「え……!? ニコ……?」
気がつくと、俺はミステルの手を繋いでいた。
自分でもなんでこんなことをしてしまったかよく分からない。ただ、半分無意識のまま、ミステルの手に触れたいと、そう思ってしまった。
柔らかい手のひらから、彼女の温もりが伝わってくる。
その温もりのせいで、俺の心臓の鼓動はさらに早くなって。
身体中を熱い衝動――今すぐ彼女の細い身体を抱きしめてしまいたいという激情が駆け巡った。
「あ、あの……! その……! わたし……」
ミステルは顔を真っ赤にして、アタフタしながら声にならない声を上げている。
そんな彼女の姿を見て、俺はようやく我に返った。
(な、何やってんだ俺は!?)
本人の許可もなく、自分勝手に手を握るなんて。
ミステルに嫌われてしまう。
早く手を離して謝らないと!
「ご、ごめん! 急にこんなことされて、嫌だったよね――」
俺は慌てて謝罪の言葉を口にして、繋いだ手を離そうとする。
しかし、それを遮るようにして、ミステルは繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
まるで離れたくないと言うかのように。
「え……?」
ミステルを見ると、彼女は顔を真っ赤にしながら俯いていた。
「嫌じゃないです……」
ミステルは消え入りそうな声で、そう言った。
「私も……考えていました。ずっと……ニコと……手を……つなぎ……たいって……」
そう言うと、ミステルは頬を赤らめながら、潤んだ瞳でこちらを見つめた。
「ニコ――もうちょっとだけ、このままで」
「うん」
その後、アトリエに着くまで、どちらとも口を開くことはなかった。
けれど、繋いだ手からは互いの熱を、存在を――確かに感じ取ることができて。
その沈黙は決して居心地の悪いものではなく、むしろ、こうしているだけで安心できるような――
(ああ、幸せだな)
俺は、ミステルと出会ってから今まで――彼女が俺に見せてくれた色々な
戦いの最中、敵を前にして凍てつくような殺気を向ける凛々しいキミ。
俺に自分の赤い瞳を見られて、寂しそうに目を逸らしたキミ。
一緒に追放された俺のことを、呆れたように、ちょっと怒ったように見つめるキミ。
ほんのちょっとの酒で酔っ払ってしまい、顔を真っ赤にして俺の頭をワシャワシャと触ってくるキミ。
ルーンウォルズに来てからよく見せてくれる、穏やかな顔をしたキミ。
ふとしたときに、このまま消えてしまうんじゃないかと思うくらい儚い笑顔を浮かべるキミ。
そしてキミは今、俺のすぐそばで頬を赤らめながら微笑んでくれている。
(ミステルのいろんな表情を、俺はこれからもずっと近くで見ていたい)
俺たち二人の関係は変わっていく。
これまでも、そしてたぶんこれからも。
それでも、きっとこの想いは、繋がりだけは。
変わらず続いてくれるだろう。
ううん、俺は自分の意志として。
そう在りたいと――確かに願っていた。
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