78話 さよならとただいま

「よし、これで準備は完了だね」

「はい、必要な荷はすべて馬に載せました」


 俺たちはドラフガルドの正門で、馬に荷物を括り付けていた。

 俺たちはドラフガルドを後にして、ルーンウォルズへ帰還する――今日はその出発の日だ。


「それじゃあ、おじいちゃん、それにみんなも。いってくるね」


 正門にはバルバロッサをはじめ、沢山のドワーフたちが見送りに来てくれていた。

 トゥーリアは彼らに対して、笑顔を向けて、しばしの別れの挨拶をする。


「姫様ー!  どうかお気をつけて!」

「ご武運をお祈りしておりますぞ!」


 ドワーフ達は一斉に歓声を上げた。涙を流している者もいる。


「みんな大げさだなぁ、別に世界の果てまで旅しにいくわけじゃないんだから。またすぐにみんなとも会えるよ」


 トゥーリアはそんな彼らに優しく声をかけていた。

 その様子を見ていると、彼女が里のみんなにとても慕われていることがよくわかった。


「ニコよ、不肖ふしょうの孫娘のこと、どうかよろしく頼んだぞ」


 トゥーリアと別れの挨拶を交わした後、バルバロッサが俺の方に向き直って手を差し出してきた。

 

「はい。といっても俺たちがトゥーリアに助けてもらうことのほうが多そうですが」

「あれは純粋で真っ直ぐなのじゃが、一度思い込むと周りが見えなくなってしまうところがあるからの。暴走しすぎないように、うまく支えてやってくれ」

「わかりました」


 俺はバルバロッサが差し出した手を握り返す。


「ドラフガルドはそなたらから受けた恩を消して忘れん。またいつでも訪れるがよい。歓迎しよう」

「ありがとうございます」


 ふと、バルバロッサが何かを思い出したような顔をして、フトコロからとあるものを取り出した。


「そうじゃ、忘れておった。これを――」


 バルバロッサは、そのまま俺に何かを差し出す。

 目を移すと、それは特徴的な形を持った一枚のウロコだった。


「これは?」

「ヴォルカヌスの逆鱗じゃ。奴は名を持つ魔族レイドボス。討伐したことを、いつかは冒険者ギルドに報告する必要があるじゃろう。お主らが確かに奴をほふったという、その証になるはずじゃ」

「わかりました。お預かりします」


 こうして、俺たちの出発の準備はすべて完了した。

 

「では、出発しましょうか」

 

 ミステルの言葉を受け、みんなで馬に乗る。

 

 そして、大きく手を振って見送ってくれるドワーフ達を背に、俺たちはドラフガルドを後にした。


 ***


 新たにトゥーリアを加えた四人での旅は、賑やかに、そして順調に進み、一日後、俺たちは無事にルーンウォルズまで辿り着いた。

 

 あちこちに寄り道をしながら、だいぶのんびりと旅をしていたので、到着した頃にはすでに日が傾きかけていた。


「わあー、懐かしいなぁ。あーでも確かに外壁がボロボロだぁ、よくこれで今までもったねぇ」


 トゥーリアは馬上から、数年ぶりの街の様子を眺めて、率直な感想を漏らした。

 

「ルークが領主として、ギリギリの状況で頑張ったおかげだよ」

「そ、そんな……僕なんて大したことしてないですよ」


 俺の後ろでルークは謙遜の声を上げる。


「でも、ボロボロになったこの外壁も、ドワーフたちの協力で、じきに元通りに直るんだ。そしたら本格的な街の復興が始まるね」

「はい!」


 俺たちは、この知らせを心待ちにしているであろう、アリシアたちの元に向かった。


***


「お兄ちゃん! おかえりなさい!」


 領主邸に到着するや否や、アリシアが大きく両手を広げて駆け寄ってきた。


「ただいま、アリシア。おっと……」


 アリシアはそのままルークの胸に飛び込んだ。ルークはよろけながらもアリシアを抱き止める。

 久しぶりに兄と再会できて、嬉しく仕方がないといった様子だった。


主人あるじ様、おつかれ」


 その後ろでクロエさんが労うように笑みを浮かべる。


「クロエも、留守中色々とありがとう。無事に帰ってきたよ」

「皆が無事な姿で戻ってきてくれて何より。そしてメンバーが一人増えていてビックリ」


 そう言ってクロエさんはトゥーリアの方に瞳を向けた。


「こちらは?」

「うん、二人にも紹介するね。この人は……」


 ルークはドラフガルドでの経緯を交えて、ドワーフたちとの関係改善が成ったこと、そして今この場にいるトゥーリアのことを紹介した。


「……ということで、しばらくこの街の厄介になることになった、トゥーリアです。よろしくね!」


 ルークの紹介を受けて、そのままトゥーリアは自分の胸に手をあてて、自己紹介した。


「うん、こちらこそ。わたしはアリシア。これからよろしくね!」

「クロエ。この屋敷の使用人をしている。よろしく」


 二人はトゥーリアと簡単な挨拶を交わす。


「さてと――これから外壁の復興のためにドワーフの職人さんたちが街を訪れるから、迎え入れの準備をしないとね。あとは……」


 ルークはトゥーリアに視線を移した。


「トゥーリアさんの新しい住まいを準備しないといけませんよね。しばらくは領主邸ここに泊まってもらうとして……鍛治施設が備わった空き家……あったかな」

主人あるじ様、一軒心当たりがある。昔、ドワーフの鍛冶屋だった家」


 クロエさんの話を受けて、トゥーリアは興味を示した様子で声を上げた。

 

「へえー、そんな都合のいい建物があるんだ! 一度見てみたいな」

「ここからそんなに離れてないから、今なら日が落ちる前に間に合うよ。行ってみる?」

「え、いいの? 行く行く!」

「それじゃあ、案内する」

「わたしも行きたい。トゥーリアさん、色々お話ししながら行こうよ」

「うん、モチロン」


 こうして、トゥーリアの新居案内は、アリシアとクロエが同行することになった。

 俺はそんな三人を横目に見ながら、ミステルに声をかける。


「俺たちはアトリエに戻ろうか」

「そうですね」

 

「それじゃあルーク。俺たちはこれで。また明日、顔を出すから」

「はい、わかりました」

 

「トゥーリアも、また明日ね。新居が決まったら、引っ越しの手伝いにいくからさ」

「うん、サンキュー!」

 

 俺はルークたちに手を振り、領主邸を後にした。

 

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