76話 復興スケジュール
次の日。俺は意外にも穏やかな朝を迎えた。
サウナ風呂に入ったおかげか、心配していた二日酔いの辛さもほとんどない。ただ、けっこうな夜更かしをしてしまったせいか、まだまだ寝足りない感覚があった。
「ふああ」
大きなあくびを一つして俺はベッドから起き上がった。大抵これくらいの時間に、ミステルが部屋まで迎えにくるのだが、今日はまだ来ていなかった。
今日は午前中に、バルバロッサたちと今後について話し合う予定が入っている。
俺は手早く朝の準備をして、部屋を後にすることにした。
廊下にでて、ミステルの部屋の扉をノックする。
しばらくして扉がちょっとだけ開かれ、寝ぼけ
「おはよう、ミステル。今日は俺が起こしにきたよ」
「ニコ……おはようございます」
そう言うとミステルは顔を背けてしまった。
「ん? どうしたの?」
「ごめんなさい、あんまり顔を見られたくなくて。起きたばっかりで、寝グセも直してないし、顔も洗っていません……」
「あ、ああ、ごめんね」
「いえ。すぐに準備をしてきますので、少し待っていてくれますか」
「うん、ゆっくりでいいよ」
ミステルは慌てた様子で部屋の中に戻っていった。
(ゆっくりでいいっていってるのに……)
それにしても、最近ミステルの様子が少しおかしい気がする。おかしいというか、明らかに雰囲気が変わった。
以前よりなんというか、感情豊かになったというか、女の子らしくなったというか……
(まぁ、悪い変化じゃないんだけど)
とはいえそのきっかけについて、心当たりがないわけじゃない。
ヴォルカヌスとの決戦前夜。
あの夜から、彼女の中の何かが変わった――と思う。
そしてそれは俺にも言えることだ。
冷静になって振り返ると、よくあんなことができたなと思う。以前の俺はあんな大胆なことができる人間じゃなかったのだ。
「うーむ……」
あの時のことを思い出すと、妙に気恥ずかしくて落ち着かない気持ちになるのだ。
今もできることなら、駆け出してしまいたかった。
「ニコ、お待たせしました――なにをやっているんですか?」
俺は身体の衝動を逃すためにその場で全力の駆け足をしていたのだが、その姿をミステルに見られてしまった。彼女は怪しげなモノを見るような目つきになってある。
「ハァハァッ――いや、ちょっと朝の運動をしてただけだから――気にしないで!」
「は、はい……」
汗だくになった俺と、そんな俺の姿を見て怪訝そうな顔をするミステル。
俺たちはその後ルークと合流してから、中央広場の食事処に向かうことにした。
***
朝食後、再び族長の大屋敷に戻り、バルバロッサと
「おはよう、三人共。ドワーフのもてなし、楽しんでくれたかね」
「はい、バルバロッサ様。料理もお酒も本当に素晴らしいものでした。素敵な宴会をありがとうございます」
玉座にゆったりと腰掛けたバルバロッサに対し、ルークが代表して感謝の言葉を述べる。
バルバロッサの態度は、初めて謁見した時の威風堂々とした雰囲気と比べると、だいぶ柔らかいものになっていた。こちらが彼の素なのかもしれない。
「うむうむ、それはよかった。特にニコよ。そなたは我らの秘酒を大層気に入ってくれたようじゃな。なかなか堂に入った飲みっぷりと、酔いっぷりであったぞ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。いやぁ本当に素晴らしい酒でしたので、ついつい飲みすぎてしまいました」
「ほほほ、それはなによりじゃ。どれ、土産として何本か持たせてやろう」
「あ、ありがとうございます……あはは」
本当はしばらくお酒は見たくもなかったけれど、話がこじれてもアレなので、俺は曖昧な愛想笑いを浮かべた。
ドタドタ――
「ごめーん! 遅刻しちゃった!」
そのとき、族長室の扉が勢いよく開かれ、トゥーリアが飛び込んできた。
「おお、来たかトゥーリア」
「あちゃー、ボクが最後だったか。ごめんちょっと寝坊しちゃってさ」
「ふむ、朝に弱いのは相変わらずのようじゃのう」
「あっはっはっ、いやぁ面目ない」
トゥーリアは苦笑しながら頭をかく。
「とにかくこれで全員揃ったわけじゃな。それでは早速だが本題に入らせてもらおう」
バルバロッサはゴホンと咳払いを一つして、話を切り出した。
彼の口から語られたことは大きく分けて二つ。
まず、ヴォルカヌスの亡骸の事後処理について。
素材の採取のための解体や運搬作業は、ドワーフたちの人手を割いて、さっそく本日から行うとのことだった。
ちなみに今回、俺とミステルとトゥーリアの三人で討伐をしたため、素材の所有権はすべてこの三人にある。
とはいえ、そんな大量の素材を手に入れても俺たちの手には余るので、相談の結果、次のように取り扱うことにした。
一、魔石は三人で山分けをする。
ニ、ウロコや鉤爪など、一部素材を加工して、俺たちの装備を強化する。
三、残りの素材はドラフガルドに譲与。その代わり、素材の売却益は、ルーンウォルズの復興支援費に優先的に充てる。
次に、ルーンウォルズの復興支援のスケジュールについて。これはほとんどルークとバルバロッサの間で話し合われた。
その結果、まずはドワーフの職人たちを派遣して現地調査。その後、外壁や建物の修復に必要な資材の調達。そして、優先度の高い修復箇所から順次着手、といった流れで進めることになった。
遅くとも十日後には、職人たちをルーンウォルズに派遣できる算段らしい。
「ただ単に壁を修理するのではつまらん。今後の安全のために、より強固で頑丈な、二度と魔族に破壊されることなどないものにしてやろうぞ」
バルバロッサは腕組みをしながら、そう豪語する。まったく頼もしい限りだ。
その後、諸々の打ち合わせ結果を踏まえ、俺たちは一週間後、ルーンウォルズに帰ることにした。
***
「ふむ、今詰めておくべきことは、大体これくらいかのう。それにしても本当に良いんじゃな? ドラフガルドの中央広場に、竜殺しの偉業を讃えるそなたらの石像を立てなくても」
「結構です」
「心の底からやめてください」
「それやったらおじいちゃんと縁切るから」
「そ、そうか……わかった」
バルバロッサは三人の拒絶を受けて、おずおずと引き下がった。
「あ、そうだ。あとおじいちゃん。ボク、ルーンウォルズでしばらく暮らすから」
「ほほ、そうかそうか……ほッ!?」
ちょっと散歩にいってくるね、みたいなノリで言うトゥーリア。
バルバロッサは一瞬、笑顔のまま固まった。
「え、ちょ、どういうことじゃ!?」
「言葉通りの意味だよ。しばらくはニコ達と一緒に、ルーンウォルズで生活しようと思って。ほら、ルーンウォルズも
トゥーリアはルークの方に振り返り、笑顔を向ける。
「え? あ、はい。僕たちとしては、むしろ大歓迎ですけれど……」
ルークは少し困惑した様子で、バルバロッサの方をちらりと見た。
「前回の旅から帰ってきたばかり。しばらくは一緒に暮らせると思っていのじゃが……」
バルバロッサは深いため息をつく。
「しかし、お前は昔から一度言い出すと聞かないからのう……本当にお前の両親そっくりじゃ」
「えへへ、まあね。でも世界中を旅して回ってるパパとママに比べたら、近くにいるんだから、まだマシでしょ?」
トゥーリアは屈託のない笑みを浮かべながら言った。
「……まぁよい、好きにせい。ただし! ドラフガルドを代表する
「任せてよ!」
トゥーリアは自信満々に胸をドンッと叩いた。
「うむ、それならばよし。――それと、たまには顔を見せに戻るのじゃぞ」
「うん、もちろん。ありがとうおじいちゃん」
こうして、バルバロッサとの話し合いは終了したのだった。
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