75話 新しい仲間

「いやぁ、最初はこんなのムリだろと思ったけど……サウナって素晴らしいね。ルーンウォルズにも設置したいくらいだ」


 受付で販売していた瓶ミルクを片手に、俺はしみじみと呟いた。


「ふふーん! そうだろう? ボクたちドワーフはむしろ湯を張る風呂よりこっちに入るほうが多いくらいなんだよ。ニコもミステルも気に入ってくれたみたいでよかったよ」


 俺の言葉を聞いたトゥーリアは、得意げな様子で微笑んだ。


 ここは、公衆サウナ場の休憩室。俺たち三人は足を投げ出す格好で、床に座っていた。


 結局、トゥーリアが言うサウナのサイクルを、三回ほど繰り返してから風呂を出た。

 風呂を上がってすぐ解散では味気ないから、少し休憩室で休んでいこうということになったのだ。

 部屋に戻ったらもう眠るだけなので、俺を含めて三人ともパジャマに着替えており、リラックスした雰囲気だ。


「それで――ニコとミステルは、いつまでドラフガルドにいる予定なの?」

 

 三人で取り止めのないことを話しているうちに、話題は今後の予定の話しに移っていった。

 トゥーリアの質問を受けて、俺は天井を見上げながら思案する。


「そうだなぁ。最終的に決めるのはルークだけど……ドワーフたちとの関係改善という目的も達成したわけだから、今後のことをバルバロッサさんと話し合った後、近いうちにルーンウォルズに戻ることになるのかな」

「そっかぁ……せっかく二人と仲良くなれたのになぁ」


 トゥーリアはそう言って、ションボリとした表情になった。

 

「でも、ルーンウォルズとドラフガルドは離れてないし、今後交流も活発化していくんだから、すぐにまた会えるさ。ねぇミステル?」

「はい、せっかく友だちになれたんですから。会いに行きますよ」


 ミステルは小さく微笑むと、トゥーリアの顔を見ながら同意するように首をタテに振った。

 

 友だち――

 

 ミステルからその言葉が出るのが少し意外だったけど、その通りだった。出会ってからまだ時間はそんなに経っていないけれど、命をかけた戦いを経て、俺たち三人はお互いに強い信頼関係で結ばれたと思う。


「トゥーリアはこれからどうするんですか?」


 ミステルがトゥーリアに問うた。


「うん、最初はすぐにまた別の旅に出るつもりだったんだけど……」


 トゥーリアは一瞬考えるような仕草を見せてから、俺たちの方へ視線を向けた。


「えへへ、実はちょっと考えたことがあってさ」

「考え?」

「その……ボクもルーンウォルズに行ってみたいなって思って」

「ルーンウォルズに? 旅の途中に寄るの?」

「ううん、そうじゃなくて。しばらくルーンウォルズで暮らしてみようかなって……」

「え、移住するってこと?」


 俺の問いかけに対して、トゥーリアはコクリとうなずくと、照れくさそうにはにかんだ。


「ま、ルーンウォルズに住みたいというより、もう少しキミたちと一緒に冒険したいなって思ってさ。今回のヴォルカヌスとの戦い……ボクの今までの人生で一番、最高にドキドキしたし、ゾクゾクして――本当に楽しかった」


 トゥーリアはそう言って笑顔になった。

 俺としてはもう二度とあんな化け物と戦うのはゴメンだけど、トゥーリアの感性では違うらしい。


「あんな楽しい経験は、一人旅をしてるだけじゃ絶対に味わえなさそうだしね。一緒に冒険するなら、近くに住んでたほうがいいだろ? それに――」

「それに?」


 トゥーリアは視線をミステルの方に移し――


「ミステル一人に任せてると、二人の今後が色々と心配なんだよねぇ」


 イタズラっぽく呟いた。


「へ? 俺とミステルの今後?」

「な、ななな……トゥーリア――あなた何をッ……!」


 ミステルは顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。


「それに場合によっては、を果たすことになるかもだしねー」


 トゥーリアの旅の目的?

 そういえばガリア火山で聞いたんだっけ。たしか――


「トゥーリア! あなたやっぱり――」


 俺は記憶の糸を手繰たぐろうとしたが、ミステルの剣幕にさえぎられる。

 

(ミステルってこんなに感情を表にだす子だっけ?)


「あははは、冗談だよ。でもその危機感は常に持っておいたほうがいいと思うけどなー」

「あうう……」


 トゥーリアはそう言ってケラケラと笑った後、少し真面目な顔になってこちらに向き直った。


「真面目な話すると、ボクの本職は鍛治師ブラックスミスなんだ」

「え? 狂戦士ベルセルクじゃなくて?」

「それ、どういう意味?」

「あ、いえ……なんでもないです」


 トゥーリアにニラまれて俺は口をつぐむ。

 

「ほら、ドワーフたちとの交易が本格的に始まったら、ルーンウォルズにも鉱石とか金属資源が今よりもっと流通していくわけだし、腕のいい鍛治師ブラックスミスは街に必要だろ?」

「ああ、そうだね。きっとルークも大喜びだよ」

「うん、決まりだ! 明日おじいちゃんに報告しよーっと」

「バルバロッサも寂しくなっちゃうね」

「そう? 遠いところへ一人旅に出かけられるよりは、会おうと思えばいつでも会える距離にいたほうが、逆に安心するんじゃない?」


 トゥーリアはあっけらかんと、祖父の不安を一蹴した。


 それにしてもトゥーリアがルーンウォルズに移住してくるのか。これはなかなか賑やかになりそうだ。


「ま、そういうことだからさ。これからもよろしくね、ニコ、ミステル」

「こちらこそ、よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言って俺たち三人は、瓶ミルクで乾杯をした。

 

 その後も、三人で色々なことを語り合い、結局部屋に戻ったのは、日付が変わってからだった。

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