74話 錬金術師、整う

「な、なんだこれ……!」


 中に入って、俺は思わず声を上げてしまった。

 浴場と同じく木で造られたその部屋の中は、むわっとした熱気と湿気で満たされていた。

 

 入り口のそばには暖炉のような装置があり、その上には熱せられた溶岩石が積み上がっている。どうやらここから発せられる熱と蒸気が部屋全体を満たしているようだった。


「はいはい、奥に座ってー」


 俺とミステルはトゥーリアの促しに応じて、入り口と反対側に備えられている階段状のベンチに腰掛ける。

 

 トゥーリアはすぐには座らずに、溶岩石が積まれた暖炉のそばに近づいく。彼女はその隣に置いてあるツボから手桶で水をすくって、溶岩石に振りかけた。

 じゅううううっ、という水分が蒸発する音が響き、内部はさらに蒸気で満たされていく。


(なんだなんだ、どんどん熱くなってくるぞ……! ハーブみたいな良い香りがするけど……)


 俺はベンチにかけたトゥーリアに声をかけた。


「トゥーリア、何したの?」

「アロマ水をかけたんだよ。いい香りだろ?」

「香りは確かにいいんだけど、ただでさえ熱い部屋が、更に熱くなったんだけど……」

「まぁまぁ、ちょっと我慢しててよ。一〇分くらい」


(この環境で一〇分も我慢しろと……?)

 

 トゥーリアの言う『サウナ』とは一体なんなんだ? 熱さに我慢しながら汗を流すのがドワーフ流の入浴スタイルなのだろうか。


 俺は汗をダラダラ流しながら、隣にいるミステルに目を向けた。

 彼女は無言でじっとしている。表情はいつもと変わらないけど、額には玉の汗が浮かんでいた。彼女もかなり我慢している様子だ。


「あ、熱い……」

「あとちょっとだから、がんばって」


 トゥーリアの言葉を信じて、俺は黙って耐えることにした。

 しばらくすると、ようやく待ち望んでいた言葉が聞こえてきた。


「はいオッケー! じゃあ一回外にでるよ!」


 トゥーリアの言葉に従い、サウナ部屋から出る。


「そのままこっちの扉へどうぞー」


 トゥーリアは、浴室の入り口とは別のドアに、俺たちを案内した。

 そのドアの向こうは、開けた空間だった。床こそ石タイルが敷き詰められているものの、壁や天井は洞窟をそのまま利用したような造りになっている。

 天井が一際高くなっており、洞窟の中とはいえ、ちょっとした開放感があった。

 中央には石造の大きな浴槽があり、その周りにラタン造りのデッキチェアが並べられていた。


「なんだ、普通の湯船もあるんじゃないか」


 俺はそう言って浴槽に近づき、手桶でかけ湯をした。


 バッシャーン。


「冷ったあッ!」


 あまりの衝撃に悲鳴を上げた。浴槽に入っているのはお湯ではなくて冷水だった。

 

「そりゃ冷たいよだよ。だって水風呂なんだから。地下水をそのままかけ流してるんだぜ」

「み、水風呂って! なんのためにそんな――」

「サウナはね――サウナ、水風呂、外気浴ってサイクルを繰り返すんだ。ということで頑張って一分間くらい、肩まで浸かってみて」

「この冷水の中に? 冗談だろ?」

「大丈夫だよ、入る瞬間はそりゃあ冷たいけど――ひゃいっ!」


 トゥーリアはかけ湯をしてから水風呂の中に入っていった。流石に本人もガマンできないくらい冷たいらしく、可愛らしい叫び声が口から飛び出した。


「だけどこうやって中でじっとしてれば、そのうち冷たさが和らいでくるから――」

「マジかよ――ミステル、どうする?」


 俺は水風呂の中に飛び込む勇気が出ずに、かたわらのミステルに視線を向けた。


 ミステルは少しの間思案するような顔を見せた後、覚悟を決めて水風呂の中に入っていった。


「あヒィーッ」


 彼女が発したのは、普段のクールなミステルからは想像できないほど甲高い悲鳴だった。

 彼女は水風呂の中で硬直したかのように身体を縮こめる。


(マジか――)


 これで女性陣は二人とも水風呂に入ってしまった。

 俺だけ入らないというわけにもいかない。


 俺は覚悟を決めて、水風呂の中へ、足から身体を突っ込んだ。

 

「あヒィーッ」

 

 思わず叫んでしまうほどの強烈な冷たさ。

 サウナで芯から温められた身体が急激に冷却される。

 

 だが、確かにトゥーリアの言った通り、しばらく水の中でじっと浸かっていると、次第に水温がちょうどよく感じられてきた。


「よし、二人とも。水風呂から上がって。よーく身体を拭いてから、あっちの椅子で休憩しよう」


 トゥーリアはデッキチェアの方を指差した。

 

 水風呂から出て、彼女に言われた通りにしてから、デッキチェアに身体を預ける。


 すると――


(あれ――なんだこの感覚)


 水風呂で冷えた身体がじんわりと内側から温まっていき、自分の心臓が脈打つ鼓動やドクドクと全身を巡る血流の感覚が鮮明に感じられた。

 だけど、身体はふわふわと空中に漂うような感覚で、目の前の視界はぐるぐると回っている。

 

 何より頭の中が謎の多幸感でいっぱいだ。

 この感覚、どう言い表せばいいのだろうか。

 ぼーっとして目が回っているんだけど、やたらと感覚や思考はシャープだ。


(あれなんだこれ。なんか、気持ちいい)


(え、なんかどんどん気持ち良くなってきた)


 両隣のミステルとトゥーリアに目をやると、二人ともウットリした表情を浮かべている。


 これがトゥーリアの言っていたサウナの魅力……

 やばい、これ病みつきになるかも……


 俺はただただ、自分が味わったことのない謎の多幸感に身体を預け続けた。

 

 

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