72話 お風呂イベント!?

 どれくらい時間がたっただろうか。

 俺は鈍い頭痛を覚えて、目を覚ました。


 見覚えのある天井が視界に飛び込んでくる。

 どうやら俺はバルバロッサの屋敷の客室――ベッドの上で寝かされているようだった。

 

 どうやってここまで来たのか、さっぱり記憶がない。というより、宴会の後半――トゥーリアに引っ張られて中央の卓についてからの記憶が混沌としていた。

 

 ただ、曖昧な記憶、全身のけだるさ、偏頭痛のような鈍い頭の痛み。自分の身に何が起こったのか、なんとなく予想はついた。


(あちゃー飲みすぎた)

 

 たぶん意識を無くした俺を、誰かがここまで運んでくれたんだろう。


 俺は無理やり引き剥がすように、重たい上体を起こした。そしてボンヤリとした頭のまま、あたりを見渡す。


「あ――」


 ベッドサイドに置かれた机の上には、ガラスの水差しが置かれ、その横に自分の上着がキチンとたたまれていた。

 そして、そのかたわらのイスには、ミステルが背もたれに少しもたれるようにして腰かけていた。

 彼女は眠っているようで、静かに肩を上下させている。部屋の照明は落とされており、唯一、卓上に置かれたランプのあかりが、彼女の艶やかな銀髪をちらちらと薄明るく照らしていた。


 彼女が酔い潰れた俺をここまで運んでくれて、俺のそばでずっと看病をしてくれていたんだろうか。


「ミステル――」


 俺が思わず彼女の名前をつぶやくと。


「……んっ……」

 

 ゆっくりと彼女の瞳が開かれた。

 彼女はすこしボンヤリとした表情で俺を見つめると、ハッとしたように声を上げた。


「ニコ! 目が覚めたんですね!」

「うん、ごめんね。飲みすぎちゃったみたいで。迷惑かけちゃったね……」

「いえ、いいんです。それより、気分は悪くないですか?  お水飲みます?」


 ミステルは、テーブルに置かれた水差しを手に取ると、グラスへと水を注いだ。

 

「ありがとう」

 

 俺はそれを受け取って一口飲んだ。冷たい水がノドを通っていく感覚が心地よい。


「……ふう」

 

 大きく息をつく。

 ようやく頭が少しだけスッキリしてきた。


「俺、どれくらい眠ってたの?」

「部屋まで連れてきたのが、五時くらいでしたから……六時間くらいでしょうか」

「うわぁ……結構寝てたんだな。その間ずっとここにいてくれたんだ。悪かったね……」

「気にしないでください。わたしが好きでやったことですし」

 

 そう言って微笑む彼女に、俺は心底申し訳ない気持ちになった。


「それにしても、まさかニコがこんなになるなんて思いませんでした」

「……うん、そうだよね。自分でもびっくりしてるよ」


 ドワーフのお酒からミステルを守るために立ち回った結果だが、俺が一人で立ち向かうには相手が悪すぎたようだ。あっという間にアルコールの力に呑まれてしまった。

 

「ふふっ、でも酔い潰れてフニャフニャになっているニコは……ちょっとかわいかったです」

 

 ミステルはくすりと笑みを浮かべながら言った。

 その言葉に、俺は恥ずかしさがこみ上げてくる。


「……その、会場でもどしちゃったりしなかった?」

「はい、大丈夫です。部屋に戻ろうと言ったのもニコが自分から言ったことですし、わりと意識はしっかりしているようでしたよ。迷惑をかけたということはなかったと思います」


 とりあえず、酔い潰れて盛大にリバースしたという最悪の事態は避けられたようだ。俺はほっと胸を撫で下ろす。



(あらかじめ酔い止めの薬を飲んでおいて本当によかった)


 自分の置かれた状況をある程度把握してから、気分はかなり落ち着いてくると同時に、今度は自分の身体からプーンとただよう酒臭さが気になりだした。

 

 風呂は宴会前に一度入ったけれど、今からでももう一度入って、さっぱりしたかった。

 結構遅い時間だけど浴場は使えるだろうか。とりあえずダメもとでもいってみようか。


 俺はベッドから立ち上がった。


「もう起きても大丈夫なんですか?」

「うん、だいぶ楽になったから。さっぱりするために風呂に入ろうかなと思って」


 俺の言葉を受けてミステルも立ち上がる。


「じゃあ、わたしもいきますね」

「あ、一緒にいく?」

「はいっ」


 彼女は笑顔で答えた。


 ***


 部屋から廊下にでると、入り口の方からこちらに向かってくるトゥーリアとぱったり出くわした。


「あ、ちょうどよかった。二人の様子を見に来たんだよ」

「ゴメン、トゥーリア。色々と迷惑かけちゃったね」

「ううん、ボクは大丈夫だよ。お礼なら甲斐甲斐しく介抱してたミステルにしてあげなね」


  トゥーリアの視線を追うようにミステルを見ると、彼女は少し照れたような表情を浮かべていた。


「ところで二人はこんな時間にどうしたの? 逢引あいびき?」

「な、なんでそうなるんだよ! お風呂に入るだけだよ」

「混浴?」

「そ、そんなわけないでしょ! ドラフガルドの公衆浴場はちゃんと男湯と女湯に分かれてるじゃないか、ねえミステル?」


 ミステルに同意を求めるも、彼女は真っ赤になって顔をうつむかせるばかり。

 

(え、ミステルさん? その反応は何? アナタ、昔二人一緒にお風呂に入れば効率的、みたいなことを言ってませんでしたっけ?)


「あっはっはっ、相変わらず二人をからかうと面白いなぁ」


 トゥーリアはお腹を抱えて愉快そうに笑う。


「そういうことなら、普通のお風呂もいいけど――せっかくだからドラフガルドの名物風呂に入ってみない?」

「名物風呂……?」


 トゥーリアはニヤリと笑った。


「ボクが案内するよ! 準備してくるからちょっと待ってて!」


 そう言うと彼女は慌ただしく駆けていった。

 

 ミステルと顔を見合わせる。何が何だかさっぱりわからなかったが、ドラフガルドの名物風呂には興味が湧いた。

 

 ほどなくして、トゥーリアが戻ってきた。

 

「お待たせ! さ、いこうか!」


 俺は半ば強引にトゥーリアに引っ張られるようにして屋敷を出た。そして、彼女の後についていく。

 

「あの、どこまでいくの?」

「まあまあ、ついてきなって」


 そのまま広場を抜けてせまい路地に入り、しばらく歩いていく。

 突き当たりにさしかかったところで、目の前に丸太でこしらえられた小屋が現れた。

 

「到着! ここがドラフガルド名物『サウナ風呂』だよ!」

「さうな……?」


 聞きなれない単語に思わず聞き返してしまう。


「ミステルは知ってる?」

「いえ、聞いたことないですね……」

「ま、ここで解説してもいいんだけどさ、詳しくは入ってからのお楽しみということで」


 トゥーリアはそう言って、イタズラっぽく笑った。

 そして、俺の耳に顔を近づけ、そっとささやくく。


「ここの風呂は――混浴だぜ」


 

 ざわっ!



 俺の頭の中に稲妻が走った。

 


 

 

 

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