70話 ドワーフの秘酒がお好きでしょ

 ドラフガルドの広場は大勢のドワーフたちで賑わっていた。 

 広場のあちこちに設置された特設の大テーブルの上には、豪華な――いや豪快といったほうがより適切だろうか。肉と芋と香辛料スパイスを主材料にしたと思われる食事が、所狭しと並べられ、それら料理をさかなに、ドワーフたちがガッハッハっと笑い声を上げながら、酒を酌み交わしている。

 

 ドワーフたちの表情は一様に明るく、楽しげだ。

 彼らの生活を脅かしていた脅威ヴォルカヌスは去り、再び日常が戻ってくる。

 日常が戻る前の、束の間の非日常――それを全力で楽しもうとしているのだろう。


 俺とミステルは広場の隅、比較的喧騒が控えめのテーブルに掛けていた。

 

 ちなみにルークは別席だ。

 彼は宣言通り、俺たちがヴォルカヌスを討伐している間、ドラフガルドのドワーフ達と交流を重ねて、すっかり打ち解けてしまったらしい。少し離れた席にいるルークに目をやると、ドワーフたちにルーンウォルズ産の葡萄酒ワインを振る舞っている姿が見えた。

 

 その輪の中には、初めてドラフガルドを訪れた時、俺たちに積年の恨みの言葉を投げつけた若い門番の姿があった。

 

 さすがルーク。しっかりと領主の役割ロールを果たしたらしい。


「おーい! ニコー、ミステルー! なんでそんな隅っこにいるのさー! 今日の主役はボクたちなんだから、こっちにおいでよー!」


 俺とミステルに、トゥーリアが大きく手を振って近づいてきた。


「トゥーリア、俺たちはここで大丈夫だよ。俺もミステルも注目されるのはあんまり得意じゃないんだ」

「はいはーい、そういうスカしたのはいいからー。えいっ」

「ちょっ……!」

「きゃっ、何を――」


 トゥーリアは俺とミステルを強引に引っ張りだして、そのまま麦袋を担ぐかのように軽々と両肩に抱え上げた。

 

 こんな小さな身体のどこにこんな膂力りょりょくが隠されているんだろうか。

 

「英雄は英雄らしく振る舞わないといけないんだぜ」

 

「わ、わかったから! 自分で歩けるから降ろしてくれよ」


 トゥーリアの手によって、俺たちは強引に宴会の中心の席へと引っ張り出された。


「おお、ニコにミステル――楽しんでおるか?」


 俺達のかけたテーブルの正面には、赤ら顔のバルバロッサが座っていた。


「ええ、おかげさまで。ドワーフ料理は初めて食べましたが、どれも香辛料スパイスがピリッと効いていて、食べ応えもあって、とても美味しいです」

「それは僥倖ぎょうこうじゃな。どれ――ドワーフの秘酒、試してみるかね」


 そう言ってバルバロッサは、かたわらにあった陶器製のボトルを手に取って、杯と共に差し出してきた。


「ドワーフの秘酒ですか……興味ありますね。頂きます」

「ほほほ、どれ一献。一息に飲み干すのがドワーフ流じゃぞ」


 バルバロッサから杯を受け取り、そこに注がれる琥珀色の液体を見つめる。

 

(見た目は普通の火酒ウィスキーに見えるけど、さてどんな味だろうか。楽しみだな)


「それでは、乾杯といこうかのう。このドラフガルドに平和をもたらした英雄たちに、そして我らドラフガルドとルーンウォルズの友好と未来に」

「ええ、乾杯――」


 俺は杯を掲げて、バルバロッサの勧めに従い、一息で飲み干した。


 まず感じたのは、ナッツのような甘い風味と共に、鼻に抜ける、力強く豊かなオーク香。

 そして、その芳醇な香りに追従するように、舌先から口内、そして胃の中へと広がる燃えるような熱感。

 体の内側が焼けるような感覚の後、全身に染み渡るように、アルコール特有の心地よい酔いと高揚感が広がっていった。


(こ、これは――とんでもなく強い酒だ)


 それなりに酒を飲み慣れている自分でも、これほど強烈な酒は初めてだった。


「この酒の銘は『ドラゴンころし』。どうじゃ、今宵の宴にピッタリじゃろう」


 そう言ってバルバロッサはガハハと豪快に笑い声を上げた。


「せっかくなのでわたしも一献いただきましょうか……」


 俺の姿を見ていたミステルが興味ありげな様子で、杯を受けようとした。


(は……? ダメダメ、ダメに決まってんだろ……!)

 

 こんな強烈なお酒をキミが飲んだら、大変なことになる。下手したら命に関わるかもしれないぞ。

 

 ドラゴンころしからミステルを守らなければ!

 

「バルバロッサさん! このお酒、俺とっても気に入りました! よかったらもう一献お願いします!」


 俺はミステルをさえぎるように、空になった杯を差し出した。


「ほうほう、気に入ってくれたようじゃな。どれもう一献」


 バルバロッサは嬉しげに笑って、再び杯に酒を満たしてくれる。


「それ一息で」

「は、はい……」


 自分から求めて注いでもらった以上は、中身を干さなければならない。

 俺は意を決して再びドラゴンころしを口に含んだ。


(大丈夫、今度は一息でなくて、ちびちびと飲めばダメージは少ないはず――)


「では、次はわたしも――」


(ああ、ミステルがまた飲もうとしてる! 頼むから自重しろこのヤロー)

 

 俺は彼女を止めるためにまたしても一息で杯をあおるハメになる。

 

「うぶっ! おぐっ……」


 再び、喉元に焼けるような熱さを感じながら、むせだしそうになるのを必死に抑えて、なんとか胃の中に収めた。


「み、ミステル……俺、ドワーフのお酒を……ぐふっ。気に入ったんだ……悪いけど、独り占めさせて……もらうよ」

「は、はあ……ニコがそういうのなら。わたしは構いませんけど……」


 ミステルは不思議そうな表情で俺を見つめた。

 

「ニコ、キミいける口だなー! じゃあこっちもオススメだよ! えっとねー酒銘は『神々の黄昏ラグナロク』。ボクが一番好きなお酒なんだー! ほらほら、こーんな美人からのお酌だよー! まさか断らないよね?」


 トゥーリアは俺にムリヤリ杯を持たせると、並々とお酒を注いだ。

 

「ちょ……ま、待って……これ以上は――」

「さあっ、一気にぐいっといってみよー!」

「だめ! そんな、無理。入らな――あばばば」


 こうして俺はドワーフの秘酒の数々をたっぷりと堪能して、その意識は急速に混濁していった。


 



 

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