66話 たったひとつの冴えたやり方
ヴォルカヌスは大きく咆哮すると、トゥーリアから距離を取るように、空に舞い上がった。
「だから空には逃さないって――」
トゥーリアはすかさず距離を詰めようと駆けだす――
いや、その直前。
グオオアアアアアアッッッ!
ヴォルカヌスが一際大きな咆哮を轟かせた。
ビリビリと空気が震える感覚とともに、その巨体から紅蓮の炎が噴き上がり、ヴォルカヌスの身体を包む。
「ウソぉ……」
流石のトゥーリアも冷や汗を流してつぶやいた。
そして、ヴォルカヌスは炎に包まれたまま、大きく口を開いた。炎が口の周囲に集まる。
(まさか、火炎の吐息を――! トゥーリアが危ないッ!)
「
俺は咄嗟にトゥーリアの足元目がけて、錬金術を発動した。
トゥーリアの足元から土壁が迫り出す。
その直後、激しい轟音と共に、灼熱の業火が地面に放たれた。
ヴォルカヌスの口元から、
「――ッ」
土壁のおかげで、トゥーリアは間一髪、火炎の直撃を免れることができた。
彼女が俺たちの元まで戻ってくる。
「サンキュー、おかげで黒焦げにならないで済んだ!」
「無事でよかった、だけど――」
「うん、あの炎をどうにかしないと、手出しができないよ」
ヴォルカヌスは炎を身にまといながら、再び上空高くに舞い上がる。
ヴォルカヌスはそのまま上空を旋回している。
俺たちが出てくるのを待っているのだろうか。それとも見逃してやるから早く立ち去れというつもりなのだろうか。
いずれにせよ、すぐに襲いかかってくる様子はなさそうだ。
「あそこまで高く飛ばれちゃうと攻撃が届かないし……かといって近づいたら火炎の吐息で攻撃してくるだろうし……あーもう、どうすればいいんだよー!」
トゥーリアが悔しさをにじませながらワシャワシャと髪をかきむしる。
「
ミステルがそう説明してくれた。
「つまり、ヴォルカヌスが放つ炎は有限ってことだね」
「はい。火炎袋の燃料が尽きれば、しばらく炎を発することはできなくなるはずです」
ヴォルカヌスの炎を出し尽くさせる。
それさえできれば、勝機は掴めるということだ。
「だけど、どうやって……」
火炎の吐息は広範囲を焼き尽くす。火炎袋の燃料を出し尽くさせるためには、相当な時間、火炎を放射させなくてはいけない。
さっきは土壁を盾にして凌ぐことができたけれど、あれは一時しのぎの退避手段にしかならない。
土壁を前にしたらヴォルカヌスも火炎の吐息を吐くことをやめてしまうだろうし、土壁によってこちらの視界も遮られてしまう。相手に突っ込んでこられたら、それで終わりだ。
打つ手がないのか。
猛火を身に纏った魔竜を、俺たちでは討伐できないのか。
――いや。
ひとつだけ。ひとつだけ方法があった。
だけど、それはあまりに危険な賭けだった。
もし賭けに失敗したら――間違いなく、俺は死ぬ。
俺はドラフガルドへの旅の途中の、夜営の一幕を思い出していた。
石窯の中に入れた薪の火付けに手こずっていたルークを、錬金術で手助けをしてあげたのだ。
あのとき俺がしたことは、錬金術で炎の周囲の酸素濃度を調節して、火の勢いを強めたのだ。
「ヴォルカヌスの火炎の吐息を無効化できるはずだ」
俺はミステルとトゥーリアに自分の考えを説明した。
「な、なんかよくわからないけど、炎を錬金術で防げるの? 錬金術スゲー!」
トゥーリアは感心するように言った。
一方、ミステルは心配そうな顔を浮かべている。
「策としては素晴らしいものだと思います。だけど……だけど、危険すぎます! もし錬成に失敗したら、そのときニコは……」
ミステルにしては珍しく強い口調だ。
「もちろん、リスクは大きいよ。形がないものの錬成は錬金術において最高難易度の技術の一つだしね。俺も実践で試したことはないから……」
焚き火の炎を大きくするのとはわけが違う。
口にすればするほど、作戦のリスクばかりが浮かび上がってくる。
「だけど、俺たち三人でヴォルカヌスを倒すためには、もうこの手しかない。あの炎を無効化しない限り、俺たちの刃はヴォルカヌスに通らないんだ」
「だからといって……!」
「大丈夫。ヒンヤリ軟膏はたっぷり塗りたくるし、ミステルが用意してくれたワイバーンの皮もある。万が一失敗しても火傷対策は万全さ」
本当にそうだろうか。あの地獄の業火のような火炎をまともに食らえば、たとえ対策を講じていたとしても、無事に済むとは到底思えない。
だけど、それでも。
俺の手の内にはヴォルカヌスを倒す手段が握られている。それをみすみす逃すことだけは絶対にしたくなかった。
「ミステル、危険は俺も百も承知の上だ。だけど、これは俺にしかできないことなんだ。だから――」
俺はまっすぐミステルを見つめる。
「俺を信じてほしい」
「……」
ミステルは黙り込んだままうつむいている。
トゥーリアは「やるじゃん、ニコ!」と言って笑っている。
そして、しばらく経ってから――
「わたしはあなたを絶対に信じると、もう決めましたから――わかりました」
「ミステル……ありがとう!」
「だけど条件があります」
「へ……条件?」
俺が聞き返すと、ミステルは俺をまっすぐ見つめ返して、口を開いた。
「わたしもあなたのそばで戦います。ヴォルカヌスの攻撃は火炎だけとは限りません。あなたが錬金術の行使に集中できるように……そばで全力で支えます」
「ミステル、だけど危険が……」
「わたしはアナタの相棒ですから」
ミステルはきっぱりと断言し、俺は二の句を継げなかった。
「ちょっと待ってよ! 二人の世界に入らないでよね! ボクもいるんだぞ。ボクもミステルと一緒にそばでサポートするよ!」
「トゥーリア……」
俺は胸の奥から込み上げてくる感情を、グッと飲み込むように深呼吸をした。
ルーンウォルズに来てから、色々なものを手に入れていた。自分のアトリエ、便利な錬成具――
頼りになる相棒。そして、共に戦う仲間。
俺は
(一度手に入れたからには、絶対に手放さない。自分の手で、それを守る)
「わかった。一緒にヴォルカヌスに挑もう。ヴォルカヌスの炎から、二人のことは絶対に俺が守るから。」
こうして俺たちは、たったひとつの竜殺しの秘策をたずさえて、仲間と共に、再び魔竜との死闘へと身を投じることになった。
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