65話 錬金術師の誤算

 洞窟から姿を現したヴォルカヌスは、周囲の様子を伺うように、長い首を左右に動かす。

 ミステルの【気配遮断】スキルのおかげだろうし、辺りを包む火山ガスの煙も、図らずも煙幕になっている。岩陰に隠れる俺たちの存在に、ヤツが気づいた様子はない。

 

 やがて、ヴォルカヌスは自身の足元に転がるワイバーンの屍肉に気がつき、顔を近づけて鼻をひくつかせた。

 

 グルルル……


(よし、いいぞ。眠りから目覚めて、腹をすかしているだろう。さぁ食いつけよ。血の滴る新鮮なエサだ)


「大丈夫かな……罠だと気がついて食べないってことはないかな……」


 俺の隣で固唾を飲んで見守るトゥーリアが、心配そうにつぶやく。

 

 トゥーリアの心配はもっともだ。

 たしかに野生生物は総じて注意深い。自身の寝床のそばにあからさまに置かれたエサに対して、あるいは罠だと怪しみ、手を出さないかもしれない。

 

 だけど、ヴォルカヌスはこのガリア火山で生態系の頂点に立つ存在。ヤツにとって目に映るすべての生き物が単なる捕食対象にすぎないだろう。

 

 そんな圧倒的な存在が、通常の野生生物と同様の警戒心を抱く可能性は低いと踏んでいた。

 

(それに俺が錬成した毒薬はカンペキ無味無臭。どんなに味覚や嗅覚に優れていようと、まず気付かれることはないはずだ)

 

 やがてヴォルカヌスはゆっくりと口を開くと、鋭い牙でワイバーンの屍肉に食らいついた。

 そのまま、首を上に持ち上げ、ひといきで呑み込む。


(よし、かかった――!)


 俺は自身の鼓動が大きく脈打ったのを感じた。

 ここからが俺の仕事だ。

 ヴォルカヌスを倒せるか否か、俺にかかっている。


 エサを食べた後のヴォルカヌスに、特に変わった様子はない。ということは、残念ながら毒は効果がないということだ。

 

 つまり、エサに仕込んだもう一つの武器。錬金術による形状変化で攻撃するしかない。


 はやる鼓動を鎮めるために一回だけ深呼吸。

 大丈夫、俺はできる。


(よし、心の凪は成った。くらえ、ヴォルカヌス!)


高速錬成ルベド・アルス・マグナ――!」


 俺はヴォルカヌスに向かって、錬金術を発動した。


 だが――


「あれ……なんで。スキルは発動したはずなのに――」


 自身の魔力がスキル発動を通して、錬成符に吸い込まれていく感覚はあった。

 だが肝心の錬成の反応がない。


高速錬成ルベド・アルス・マグナ――!」


 もう一度、スキルを発動する。しかし結果は同じだった。

 

 

 おかしい。なんで。

 さっきは問題なく発動したのに……!


 予想外のことが起きて、頭の中がパニックになる。


「どうしたの? 錬金術を使うんじゃなかったの?」

「使ってるんだ! だけど、錬金術が発動しない!」

「ええ!?」


 俺の言葉を聞いてトゥーリアが絶句した。


 そのとき。


 ヴォルカヌスがこちらの方を向いて――


「やばい、気づかれた!?」


 グオオオオオオオォッ!


 天を仰ぎ大きく咆哮すると、黒い翼をはためかせ、宙へと浮かび上がる。

 

 そして、ヴォルカヌスはその巨体からは想像できないような速度で、一直線に俺たちのもとへ、突っ込んできた。


「うわっ――!?」

 

 俺たちはとっさに岩陰から飛び出して、かろうじてその突進をかわした。

 代わりに俺たちがさっきまで身を隠していた岩石は、ヴォルカヌスの突進が直撃して粉々に砕け散った。


 再び俺達はヴォルカヌスとの距離を取る。

 しかし、土ボコリの向こうで、ヴォルカヌスは完全に俺たち三人を認識しており、赤い瞳を向けてきた。


「錬金術が発動しないって……どういうこと?」


 トゥーリアは【武器召喚】スキルで呼び出した大剣ダインスレイヴを握りしめて、ヴォルカヌスを見据えながら、俺に質問した。

 

「わからない。スキルを発動した手応えは確かにあったんだけど、錬成の反応がまるでないんだ! こんなの初めてだ」


 俺の言葉を聞いたミステルが、眉根を寄せた険しい表情で口を開いた。


「もしかしたら、ヴォルカヌスのスキルかもしれません――」

「え?」

「ナハトと戦ったときのことを覚えていますか? 魔族には我々人族と同じくスキルを使える種がいます。名を持つ魔族レイドボスであれば尚更その可能性は高いです」

「魔族のスキル……」

「毒が効かないのは【状態異常無効】のスキル。そして、ニコの錬金術が発動しない理由として考えられることは――」


「【魔力無効】のスキル。ヴォルカヌスがそのスキルを有している場合、わたしの【エーテルアロー】も無効化されることになります……」


 【魔力無効】――

 

 俺のような、魔力を使ってスキル発動する職業ジョブにとって、最も相性の悪いスキルだ。このスキルを持つ相手に対しては、必然的に物理攻撃しか通用しないことになる。

 ヴォルカヌスのあの分厚い外殻には、それこそトゥーリアの大剣ダインスレイヴしか通用しないだろう。


「ということは、ボクが正面からやるしかないみたいだね……」


 トゥーリアの瞳から光が消えて、口元には薄らと笑みが浮かんだ。

 それは、初めて会ったときに見せた流血姫りゅうけつきの表情だった。


「魔竜ヴォルカヌスと真正面から命のやりとりをするんだ……いひひ、いひひひひ、ゾクゾクしちゃうなぁ」

「トゥーリア……」

「ニコ、ミステル。援護は任せたよ」


 トゥーリアがそう言った直後――

 

 ヴォルカヌスは低く喉を鳴らして、再び飛翔の体勢に移ろうとしていた。


「いっくぞー、ヴォルカヌス!」


 そう言ってトゥーリアは駆け出し、そのままヴォルカヌスに向かって跳躍した。


「飛ばせないよッ!」


 トゥーリアは空中で大剣ダインスレイヴを振りかぶり、ヴォルカヌスの首に向かって振り下ろした。

 だが、ヴォルカヌスは翼で素早く首元を覆い、トゥーリアの剣を弾く。


 トゥーリアは弾かれた反動を利用して、身体をぐるりと回転させて再びヴォルカヌスに切り掛かった。しかし、同様に翼で防がれてしまった。


「ならこれでどうだっ!」


 トゥーリアは一度ヴォルカヌスの足元に着地すると、伏せるように身を屈め、そこから一気に大剣ダインスレイヴを下から上へ跳ね上げる。

 ヴォルカヌスはその一撃を、今度は前脚で受け止めた。

 

「ぐぬぬ……ッ!!」

 

トゥーリアは歯を食いしばりながら、渾身の力を込めて押し込むが、ヴォルカヌスの前脚はビクリとも動かない。

 

「うわっと!?」

 

 トゥーリアがヴォルカヌスの尻尾による横薙ぎの攻撃をギリギリのところで避ける。

 そして彼女は再び距離を取る。


「あっはっはっ、サイッコー! 楽しい!」


 トゥーリアは、わらっていた。


 俺とミステルは少し離れた岩陰から、トゥーリアの戦いを見守っていた。

 

 眼前で繰り広げられる激しい攻防。

 

 トゥーリアは、ヴォルカヌス相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。

 スピードでは完全にヴォルカヌスを上回っていることに加えて、ミステルの援護が大きかった。

 彼女はヴォルカヌスの死角から的確に、目や口を狙って矢を放つのだ。ヴォルカヌスはそちらにも意識を割かなければならないため、さらに注意が散漫になる。

 深手にまでは至らないが、幾度となくヴォルカヌスの身体を、トゥーリアの大剣ダインスレイヴが捉えていた。


 この戦いにおいて、俺の役目はない。

 二人が戦う姿をただ見守るしかないことが歯がゆかった。


 だけど、この勢いなら――

 勝てるんじゃないか。


 俺が淡い希望を胸に持ったそのとき。

 

 魔竜は大きく咆哮した。

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