64話 魔竜、その姿を現す
「スキル展開――【気配遮断】」
ミステルがスキルを発動した。青い光が、俺たちの身体を包む。
「これでしばらくの間、敵はわたし達を認識することが難しくなったはずです」
「へぇ、ボクたち同士は普通に見えているし、しゃべれてもいるけど……」
「それはわたし達が初めからお互いを認識しているからです」
ミステル曰く、【気配遮断】は、対象者の声や気配、匂いなどを遮断して存在感を薄くすることができるスキルだ。
このスキルは、身体を透明にするわけではないため、相手に認識された状態で発動しても効果はないとのこと。
だけど、認識されていない状態で発動すれば、相手は対象者のことを、まるで道端に落ちている石コロのように、認識することが極端に難しくなるらしい。
「へぇ、便利だけど、敵に使われたらイヤなスキルだねぇ」
トゥーリアは苦笑いを浮かべた。
真正面から敵を叩き潰すスタイルの彼女には、いささかなじみの悪いスキルなのかもしれない。
「確かに……
ミステルはちょっとだけ自嘲気味に呟いた。
「――対象者が自分を認識させるような行動をとった場合、高い確率で気づかれてしまいますので、スキルを過信しすぎずに、慎重に行動してくださいね」
俺とトゥーリアはうなずいた。
さて、次は俺の番だ。
ワイバーンの肉を手元に置いて、短剣で中身を切り開く。
そして、鞄の中から複数の小瓶を取り出した。
しびれ薬、どく薬、ねむり薬。俺の手持ちの状態異常系の薬品だ。
小瓶の封を開けて、肉の中にありったけ入れていく。用法上は、人族はもちろんのこと、大型の魔族も卒倒するほどの分量だ。
「毒薬はこれでよし。次は――」
俺は再びカバンの中をあさって、鉄鉱石と錬成符を取り出した。
錬成符に形状変化の錬成陣を書き入れて、鉄鉱石にペタリと貼りつける。
まずは、問題なく錬成できるか確認。
「
俺が錬成符に魔力を込めると、鉄鉱石は青い輝きを放ち、トゲトゲになった。そして、スキルを解除すると元の形状へ戻る。
よし、問題ない。
俺は予定どおりの動作を確認したのちに、鉄鉱石をワイバーンの肉の中へ入れた。
これで仕掛けの準備は完了だ。あとは洞窟の入り口に設置をして、ヴォルカヌスが食らいつくのをひたすらここで待つだけだ。
***
囮の餌を設置してからはや数時間。
ヴォルカヌスはその姿を見せない。
張り詰めていた緊張の糸が徐々に緩んでくるのを感じた。
「うーん、なかなか出てこないなぁ」
トゥーリアが退屈そうな声をあげた。
「巨大な竜は、その巨体を保つために一日の大半を睡眠に費やすものです。しかもヴォルカヌスは、このガリア火山の
「なるほどねぇ。うーん、ちょっと身体が鈍ってきちゃうから準備運動でもしてようかな」
「トゥーリア……さっきも言ったように【気配遮断】は万能ではないのですから。ヴォルカヌスに気づかれるような行動はつつしんでくださいね」
「わ、わかってるよ、ミステル。ちょっとした冗談じゃないか……そんな怖い顔しないでよ」
トゥーリアはバツの悪そうな表情を見せた。
そんな二人のやりとりを横目で眺めながら、俺は水筒の水をカップに入れて一口あおる。
(ハァ、すっかりぬるくなってるな……ミステルの淹れてくれたコーヒーを飲みたいなぁ)
コーヒーの香りがヴォルカヌスを刺激する可能性があるので水で我慢するけれど。
「ん……?」
カップを地面に置いたとき、カップに張った水の表面がわずかに波打ったことに気がついた。
一度――二度――、一定の間隔で水面が揺れる。
ズン――
次に感じたのは、音、というよりも僅かな空気の振動。
ミステルやトゥーリアもその振動に気づいたらしく、緊張した視線をこちらに向けた。
俺たちは一斉に音の方向へ目を向ける。それはちょうど洞窟の入り口の方角だった。
体の奥底を震わす重低音がハッキリと響く。
間違いない。
そして次の瞬間。
グオオオオオオオォッッ――
地鳴りのような咆哮と共に、洞窟の中から巨大な影が現れた。
それは巨大な翼を持つ
頭から尾までの長さはゆうに二十メートルはあるだろうか。
全身は物々しい紅蓮のウロコで覆われており、背中からは黒い
四肢には強靭な筋肉が盛り上がり、その
首は長く、口元に見せるその牙は鋭い。
魔族特有の赤い瞳の上に、爬虫類らしい鋭い縦長の瞳孔が張り付いて、辺りをギョロギョロと見回していた。
「あれが、ヴォルカヌス……」
俺は思わず息をのんだ。
その迫力はまさに魔竜。相手はこちらに気づいていないはずだが、それでもなお圧倒的な威圧感を肌で感じる。
仮にあの牙やカギ爪で撫でられたら、人間など一瞬にしてただの肉塊へと変わってしまうだろう。
「あははっ……すごいね。あんなに大きな
トゥーリアは興奮を隠しきれない様子で呟いた。
ミステルも落ち着いた様子で敵を見据えている。
しかし、俺はというと、敵のあまりの迫力に言葉を失っていた。
(くそ、落ち着け。作戦が上手くいけば正面からぶつかる必要はないんだ。大丈夫、安全に倒せるんだ――)
俺は口元を食いしばり、ガチガチと震えそうになる歯の根を必死に抑え込む。
だけど。
怖い――!
ヴォルカヌスの迫力は、俺がこれまで対峙した敵とは格が違った。
敵に気づかれる前に、今すぐ逃げだしたい――!
俺の心の内を、恐怖という名の黒いしみがゆっくりと浸食していく。手や足がガクガクと震え出してしまった。
(だ、ダメだ……こんな敵を、
逃げないと。
逃げないと、みんな死んでしまう!
そのとき。
「大丈夫だよ」
ふと誰かの声が聞こえた。
それは聞き覚えのある声。
俺が誰よりも信頼している仲間の声だった。
「ミステル……」
我に帰ると、ミステルが俺の手を握ってくれていた。
「心配しないで。あなたはわたしが絶対に守ります」
ミステルはそう言って、ニッコリと微笑んでくれた。
その笑顔を見たとき、胸のうちに暖かいものが込み上がってくる。
(そうだ……俺は一人じゃない。いつもそばにミステルが居てくれる)
彼女は俺を守ると言ってくれた。
それならば、俺も全力で彼女を守らなければならない。そう約束したはずだ。
彼女の手のひらをぎゅっと握り返す。手足の震えはもう止まっていた。
「ありがとう、ミステル」
震えが止まったとしても、怖いことは怖い。目前の恐怖は変わらず
けれど――
恐怖を上回る
「もう大丈夫。みんな、
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