63話 決戦の地に挑む

 戦闘終了後、ミステルはワイバーンの解体を行なっていた。

 彼女の隣では、トゥーリアが興味深げにその様子を覗き込んでいる。


 ちなみにトゥーリアはワイバーンの血飛沫を浴びて、またしても血塗ちまみれになってしまったので、俺が錬金術で汚れを落としてあげた。だから今の彼女はツヤツヤピカピカだ。


「ほぇーさすが狩人ハンター。鮮やかな手際だねぇ」

「その、そんなにじっと見られていると、ちょっとやりづらいんですが……」

「えー、いいじゃないか。減るもんじゃないし。ねぇねぇ、魔族の魔石ってどこに入ってるの?」

「あぁ、手を出したら危ないですよ……!」


 俺はちょっと後ろの岩に腰掛けて水を飲みながら、そんな二人の微笑ましいやりとりを見つめていた。


「お待たせしました、ニコ。解体が完了しました」


 ミステルが解体を終えてこちらにやってきた。

 

「お疲れ様、ミステル」

「魔石はもちろん、新鮮な屍肉も手に入りました」


 屍肉はヴォルカヌスを誘き寄せるオトリとして使う予定だ。


「あとこれは……いざという時に役に立つと思って……」


 俺はミステルの手に握られたものに目を移した。


「それは……?」

「ワイバーンの外皮を剥いだものです。ドラゴンの外皮は総じて熱に強い特徴を持っています。ニコの作ってくれた薬と合わせてこの外皮を上からまとえば、ヴォルカヌスの炎から身を守るうえで役に立つかもしれません」

「なるほど、それはいいね」

「でも、なめしていないただの皮なので、血と脂でベタベタだし、すごく臭います……ごめんなさい」

「いやいや、充分だよ! 本当に助かるよ、ありがとう」

「そう言ってもらえると嬉しいです……」


 ミステルは笑顔を向けた。

 ワイバーンの解体を終え、しばしの休憩をとった後、俺達は再び山頂に向けて出発した。


***


 山頂に近づくにつれて、道の傾斜は急激に増していった。そして、しまいには山肌を這うように登っていくような状態になってしまった。

 

「はぁっ……はぁっ……こりゃキツいな……」

 

 急斜面、しかも悪路。登っていくだけでもしんどいのに、辺りを包む火山ガスはその濃度をますます上げて、しんどさに拍車を掛ける。


(暑い、臭い、視界不良。控えめにいって最悪。二度と登るかこんな山!)

 

「ニコ、大丈夫ー? もうこの辺りは九号目を超えてるから、山頂の洞窟はあと少しだよ。がんばれー!」


 そんな俺の心を見透すように、前を行くトゥーリアは、時折こっちを振り向いては元気な声をかけてくれた。

 当のトゥーリア本人はケロッとした様子で、器用に身体を使いながらすいすいっと前を進んでいく。一体どんな体力をしているんだ。

 

「ニコ、もう少しです。頑張ってください」


 ミステルは俺の隣に並んで、心配そうな表情をこちらに向けた。彼女からも余力を感じる。

 

「うん、そうだね、はは……がんばろう」


 息も絶え絶えなのは俺だけだ。

 せめてミステルに心配かけまいと、精一杯の笑顔を作ろうとするが、顔がひきつってうまく笑えなかった。

 

「荷物を持ちますよ」

「いやいや、女の子に持たせるわけには……」

「もう、そんなこといってる場合じゃないでしょう」

「あっ……」


 ミステルは強引に俺の鞄をひょいと取り上げた。そしてそのまま自分の肩にかける。


「ご、ごめん……」

「いいえ。これくらいなんともないです。辛いときはもっとわたしを頼ってください」


 そう言って彼女は俺に優しい笑みを向ける。

 その優しさがくじけそうな心に染みた。


 ミステルにも励まされ、物理的にも身軽になった俺は、なんとか足を前に進めることができた。


(とても辛い。が、やるしかない)

 

 俺は懐から活力回復薬エナジーポーションの入った小瓶を取り出して、一息で空けた。


 ***

 

 それからしばらくして、傾斜が再び平坦になり、開けた場所に出た。

 トゥーリアが立ち止まって小声で指差す。


「あそこだ。あれが山頂の洞窟だよ」

「やっと目的地に着いたんだね……」

 

 ようやく苦しい山登りから解放された。できればこのまま大の字になって寝っ転がりたい。

 とはいえ山頂にたどり着いたから、はいゴールというわけではない。むしろ、ここからが戦いの本番なのだ。

 

 トゥーリアが指差したその方向には、切り立つ崖が山頂に向かって伸びており、そのふもとに、まるで大きな生き物の口のようにぽっかりと穴が開いていた。


「ヴォルカヌスは中にいるのかな……」

「禍々しい気配オーラを感じます。間違いありません。強力な魔族があの中にいます」


 ミステルの声を受けて、気を引き締める。

 俺たちはまず身を隠せる場所を探すことにした。

 幸い、辺りには大きな岩があちこち転がっているため、身を隠す場所には苦労しなかった。俺達は、洞窟の入り口から少し離れたところにちょうど良い岩陰を見つけ、そこに身を隠すことにした。

 物音を立てないように注意しながら、岩陰に移動する。そこは洞窟の入り口のほぼ真横にあたる位置で、入り口付近の様子を伺うには最適な場所だった。


「よし、ここで準備をしようか」


 俺達はさっそく戦いの準備に取り掛かることにした。


 ***


 俺はあらためてヴォルカヌス討伐の策を二人に説明する。


「まずは、ミステル。キミのスキル【気配遮断】を使って、ヴォルカヌスに俺たちの動きを気取られないようにしてくれ」

「わかりました」

 

「次にさっき倒したワイバーンのこの屍肉……この中にありったけの毒薬と、錬成符を貼った鉄鉱石を仕込む」

「それをオトリのエサとして、ヴォルカヌスに食べさせるんだよね」

「うん、エサを洞窟の前に設置したら、あとはひたすら、ヴォルカヌスがエサに食いつくのを、隠れて待ち続けよう。そして、ヤツが食いついたら……俺が錬金術を発動する」


 鉄鉱石の形状をトゲトゲに変化させ、体内から攻撃を加えるのだ。


「ヴォルカヌスが弱ってきたら、トゥーリア。トドメは頼んだよ」

「あっはっはっ。任せて!  ブッ殺すから!」


 トゥーリアは自信満々といった様子で胸をドンと叩いた。


 作戦は以上だ。

 この策がうまくハマれば、大きな危険を犯すことなく、確実にヴォルカヌスを討伐することができるはずだ。


(きっと上手くいく)

 

 俺は自分にそう言い聞かせた。

 

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