62話 ワイバーンとの戦い②

「俺の考えた作戦を話すね。これを使おうと思う」


 俺はポシェットから取り出したアイテムを二人に見せる。


「それは?」

「これは俺が錬成した『しびれ薬』。名前のとおり、この薬を浴びた相手は身体が麻痺して、しばらくの間動けなくなる。しかも【即効性】と【威力強化】の付加効果エンチャントをつけているから、大型の魔族相手にも通用するはずだよ」


 現にハイオークはこの薬の効能で完全に身体の自由を失った。

 

「それをワイバーンに浴びせるつもりですか?」

「そのとおり」

「どうやって? 相手は空中です。突撃してきたところを狙うつもりですか?」


 ミステルが当然の疑問を俺にぶつける。


「いや、もっと安全で確実な方法を考えたよ。ワイバーンの動きのパターンを観察していると、獲物を狙って攻撃する前後で、必ず空中で停止飛行ホバリングしているんだ。そこを狙う」

「どうやって?」

「見てて」


 俺はポシェットから薄手の紙を取り出した。


「これは薬包紙。粉薬を小分けするときなんかに使うものなんだけど、これでしびれ薬を包んで、錬成符を貼り付けて……」


 俺は薬包紙を折り込んで、しびれ薬を包み込む。そして包みの上に錬成符をペタリと貼り付けた。


「これをミステルの放つ矢のやじりに結びつけて、ワイバーンに向けて放つんだ」

「うーん、さっきみたいにワイバーンに避けられちゃうんじゃないかな」


 トゥーリアの疑問に対しても、俺は答えを用意していた。


「ワイバーンに命中させる必要はないんだ。奴らの身体のそばを矢が通過してくれるだけでそれでいい。ミステルの矢がワイバーンに近づいたとき……俺が

「あ!」


 トゥーリアが目を丸くして驚いた。


「薬包紙が分解されてなくなれば、中身のしびれ薬は飛散してワイバーンに降りかかる筈だ。薬をまともに浴びた奴らは、身体の自由を失って墜落するはず。そこにトゥーリア、キミの大剣ダインスレイヴで渾身の一撃を叩き込めば……」


 ワイバーンを倒せる筈だ。


「……という感じなんだけど、どうだろう」


 俺は自分が考えた作戦を二人に説明した。


 ミステルは顎に手を置いて考え込むような仕草。トゥーリアは感心したような表情で俺を見つめている。


「オッケー、じゃあボクは、最初にワイバーンの囮になればいいんだね」

「うん、ワイバーンを停止飛行ホバリングに持ち込むためには、奴らに一度攻撃をさせないといけないんだ。一番危険な役目だけど――頼めるかい?」

「任せて!」


 トゥーリアは胸をドンと叩いた。そしてランランと輝きに満ちた瞳を俺に寄せる。


「キミ……凄いね。ヴォルカヌス討伐の作戦を立案したときも感心したけど……実戦の場で、即興でこんな戦術を考えちゃうなんて」

「戦術なんて上等なものじゃないさ、自分の手札でできることを考えただけだよ」

「ニコ、キミって本当に面白いよ。ゾクゾクしちゃう。うん、ボクはキミの作戦に賛成だ」


 トゥーリアは賛同してくれた。

 ミステルはどうだろう。


「ミステルは……」

「はい?」

「どうかな、俺の作戦は」

「聞くまでもありません、わたしはあなたのことを信じていますから。今はその作戦のために、ワイバーンを射るための最適な矢の軌道を計算しているところです」


 ミステルは当然といった様子で俺に言葉をかけてくれた。彼女の信頼が嬉しい。


「ミステル、この作戦では俺と君の連携が何より重要になる。もし、錬金術のタイミングを逸してしまったら、無防備なところをワイバーンに狙われてしまうからね」

「わたし達の位置からワイバーンまでの距離は、おおよそ一○○メートル。弦の弾き絞る力を少し弱めて放ちますので、対象に届くまでは約一秒といったところでしょうか……その間に錬成はできそうですか?」

「任せてくれ」


 俺とミステルはお互いに見つめ合い、うなずいた。

 言葉はそれ以上、俺たちの間にいらなかった。


「よし、じゃあ準備に取りかかろう」


***


「――準備完了です」


 ミステルの言葉を受けて俺とトゥーリアはコクリとうなずく。


「あ……! 大変だ。ワイバーンが一体増えてるよ」


 トゥーリアが指差した方を見ると、彼女の言うとおりワイバーンの数は二体に増えている。


「二人とも大丈夫? 二体に増えても作戦通りにいけるかい?」

「はい、問題ありません」

「俺も大丈夫だ。やることは変わらないからね」


 俺とミステルは互いに頷きあう。

 

「よし――作戦開始だ!」


 俺のかけ声を合図に、トゥーリアが岩陰から飛び出した。


「おい! このトカゲやろう! いつまでもヒラヒラと浮かんでないで、ボクのことを食べたいなら正々堂々かかってこーい!」


 トゥーリアは平場の中央に踊りでると、大声を上げて挑発する。

 二体のワイバーンは、隠れていたエモノがようやく姿を現したことに喜ぶかのように、ギャアギャアと鳴き声をあげた。


 そして、ワイバーンは翼を大きく広げて、トゥーリアに向かって急降下を始めた。二体のワイバーンは、Xの軌道を描くように、同時にトゥーリアに襲いかかる。

 トゥーリアはワイバーンと交差する直前、大きく横に跳んで攻撃をかわした。


 ワイバーン達はそのまま空中に戻ると、再びトゥーリアの方に身体を向けて、横並びで停止飛行ホバリングの体勢に入った。


(今だ――!)


 その瞬間、俺とミステルは岩陰から駆け出した。

 そのまま、ミステルは手にした弓を標的ワイバーンに向けて、弦を引きしぼる。その動作に合わせて、俺も右手を敵の方向へ向けた。


「射殺す――!」

 

 ミステルが弦を引き絞る右手を解放した。


 ミステルの手から放たれた矢は、ちょうど二体のワイバーンの間に向かってまっすぐ飛んでいく。

 そしてワイバーンの元へ到達するまでの刹那の時間――

 俺は右手を放たれた矢の方向へ手を伸ばし、錬金術の発動のタイミングを見極めていた。


 ここだッ!


「【高速錬成ルベド・アルス・マグナ】!」


 俺が技能スキルを発動すると同時に、放たれた矢先が青白い輝きを放った。

 そして、同時にしびれ薬が空中に飛散する。

 二体のワイバーンは、しびれ薬を頭からまともに浴びた。


(タイミングは完璧。どうだ――?)


 ワイバーンは、空中でもがくように身をよじりながら翼をばたつかせる。

 しばらくそうして空中でジタバタとのたうった後、くるくると回転しながら、頭から堕ちていった。


「トゥーリア――」


 後は頼んだよ、と俺が声をかける前に、トゥーリアは一陣の風となって、ワイバーンのもとへ駆けていた。

 その手には、虚空から呼ばれし大剣ダインスレイヴが握られている。


「あっはっはっはっ!」


 地面を強く踏み込み、跳んだ。


「くらえええええええっ!」


 トゥーリアは跳躍ちょうやくの勢いを利用して、身体全体をムチのようにしならせて大剣を振り抜いた。


 バシュッ!

 

 大剣が、落下する二体のワイバーンの首元をまとめて両断する。

 ほとばしる鮮血と共にワイバーンはそのまま地面に激突し、二度と動くことはなかった。


「よっと……、あわわ……イテッ!」


 着地したトゥーリアは、足がもつれて転んでしまった。


「大丈夫? トゥーリア」

「えへへ、失敗しちゃった」


 彼女はすぐに起き上がり、俺たちに向けて照れ笑いを浮かべる。


「やったね、キミの作戦大成功。この戦い、ボクたちの勝利だ!」


 俺は安堵のため息をついた。

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