61話 ワイバーンとの戦い①

 山小屋の休憩をはさんだ後、俺たちは再び山頂に向けての登山を開始した。

 火山の外周に沿って、緩やかなカーブを描くように山道は伸びており、右手は切り立つ山の斜面、左手は深い谷底といった具合に、視界が開けている。


(崖から落ちたらイッカンの終わりだ。慎重に進んでいかないと……)

 

 そのまましばらく山道を登ると、不意に斜面が緩やかになり、人がすれ違えるかどうかの幅だった道も広がって、平にひらけた岩場に出た。


「お疲れ様、ここでだいたい八号目くらいかな。山頂の洞窟はもうすぐだよ。どうする、ここらでまた少し休憩しようか?」


 トゥーリアが振り返り声をかけた。

 ありがたい。足がそろそろ限界だった。水も飲みたい。


「そうして貰えると助かる……ミステルは――」


 後ろを歩くミステルに声をかけようとして振り返る、彼女は不意に足を止めて辺りを見回していた。


「ニコ、トゥーリア。近くに敵の気配を感じます。気をつけてください。おそらく敵は、こちらにもう気がついている」

「ほ、ほんとかい……!?」


 ミステルの忠告を受けて、俺も慌てて辺りを見回す。

 が、辺りにはそれらしき影は何も見当たらなかった。

 

 しかしミステルは敵の襲撃を確信しているのか、大弓を背から下ろしながら、真っ直ぐ前方を睨みつけていた。


「上です……!」


 ミステルの言葉と同時に、頭上から黒い影が降ってきた。


「……ッ!!」


 その影はすごい勢いで、まっすぐ俺に襲い掛からんと向かってきた。


「ふっ……」

 

 ミステルが影に向かって矢を放つ。

 しかし、影は空中で身をよじってそれをかわした。

 

 影はそのまま地面スレスレをかけていくと、山の斜面に添うように、再び上空へ舞い上がった。


「あれは――」

 

 雷雲の中、大きな翼をはためかせるその姿。

 それは、一匹のドラゴンだった。


ドラゴン……! あれが、ヴォルカヌス!?」


 ミステルは宙を舞うドラゴンじっと見つめる。


「いえ、あれは……【ワイバーン】です……!」

「ワイバーン!?」

「はい、大きな翼と一体化した両腕を持つ、飛翔能力に特化した中型のドラゴン種です。吐息ブレスなどの遠距離攻撃は持ちませんが、その飛翔力を活かして、空中から敵を攻撃してきます」


 ミステルの言葉どおり、ワイバーンは再び翼をひるがえして、こちらへ突進してきた。


大いなる破滅よ、顕現せよフィンブルヴェトル・ガンド――!」


 トゥーリアが大剣ダインスレイヴを召喚し、そのままワイバーンの攻撃に正面からぶつかるように駆けていく。


「どおりゃあああッ」


 トゥーリアがワイバーンと交差する直前、その大剣を振り下ろした。轟音と共に大剣が地面をエグり、砂ボコリを巻き上げる。

 しかしワイバーンは刀身に触れる直前、俊敏な動きで攻撃を避けて、再び上空へと逃れていった。


「ムキィー! ヒラヒラと逃げやがってー! 降りてこーい!」


 ドタドタと地団駄を踏むトゥーリア。

 彼女の持つ大剣では、空中を自在に舞うワイバーンを捉えることは、困難なようだった。


技能スキル展開――【精密射撃】」


 続いてミステルが、宙を舞うワイバーンに対して矢を放った。

 しかし、ワイバーンはその攻撃を予測していたかのように身をよじると、彼女の放った矢を避けてしまった。

 

「ちっ……空中ではワイバーンの飛翔力が上手ですか……」

 

 ミステルが悔しそうに顔を歪めた。


 このままでは分が悪い。

 俺は周囲を見回し、大きな岩があるのを見つけた。


「ミステル、トゥーリア。このままじゃワイバーンのいい的だ! あっちの岩陰に一旦隠れよう」


 俺たちは岩陰に駆け込む。


 ***


「くっそ〜、地面に降りてくれば、ダインスレイヴでぶった斬ってやるのに」


 トゥーリアは悔しそうに吐き捨てた。


 ミステルは岩陰から顔を出して、ワイバーンの様子を伺う。


「どうやらここに隠れている間は、襲ってくることはなさそうですが、ここを立ち去る様子もなさそうですね。私たちが出てくるまで、待つつもりかもしれません……」

「獲物とのガマン比べってわけか」

「……とりあえず、今はこちらから出て行くわけにはいきませんね。ワイバーンを倒す手段を考えましょう」

 

ミステルの言葉に、俺とトゥーリアはうなずいた。

 

「ミステル。さっきは外れちゃったけど、やっぱりワイバーンに攻撃を当てるのは難しいかな」

「そうですね……ワイバーンが空中で停止飛行ホバリングしている間は難しいと思います。ワイバーンがこちらに向かって突進してくる時に狙い撃てば、あるいは。ただし、確実に当てるためには、相当引きつける必要が……」

「うーん、ミステルの腕前なら成功すると信じてるけど、それってかなり危険だよね」


 万一、ミステルの攻撃を避けられてしまった場合のことを考えると、最善策とは言い難い。

 もっと安全に、相手に攻撃をする方法はないだろうか。


「ミステルが放った矢を避けた瞬間に、ボクが攻撃を合わせるのはどうかな? 攻撃を避けた直後なら、流石のワイバーンも上手く動けないんじゃない?」

「なるほどね……攻撃を避けた後の不意の一撃か。悪くないかも……」


 不安があるとすれば、ミステルとトゥーリアは出会って日が浅く、まだ一緒に戦った経験がない。実戦で二人の息をカンペキに合わせることができるだろうか。


 ……まてよ。

 

 相手が避けた直後に、不覚の攻撃を与える。

 もっと単純シンプルな方法があるじゃないか。


 俺は鞄の中をあさり、今回の旅に出る前に作っておいたを取り出した。


「これを使えば――」


 俺の様子を見たミステルは、期待に込めた視線を寄せた。


「ニコ、その顔は、なにか良い策を思いつきましたね」

「ミステル……うん、一応ね」

「聞かせてください、あなたの策を」

「分かった――」

 

 俺はミステルとトゥーリアに、自分が思いついた作戦を説明した。

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