60話 かしましトーク


 トゥーリアの先導を頼りに、俺たちはガリア火山の山道を進んでいく。

 

 山道のいたる所に火山ガスの噴気孔ふんきこうがあるらしく、硫黄の臭いと共にガスがモウモウと噴き出していた。そのガスを吸い込むたびに、ノドや鼻が刺激される。


 ふもとでも感じた気温の高さは、上にいくにつれて、更に増していくようだった。

 流れ出る汗は止まらないし、顔や手などの外部に直接露出している部分がヒリヒリと痛むようになってきた。

 そんな過酷な環境の中、慣れない山歩きをしているのだ。昨日の晩、寝ていないことも手伝って、自分の体力がどんどん削られていることに気がついた。


「ハァハァ……トゥーリア、ちょっと待ってもらえるかい。熱さを防ぐ薬を塗りたいんだ。あと……ちょっと休憩させてもらえたら助かる……」

「オッケー。そしたらもう少し進んだところに山小屋があるから、そこで休憩しようか」


 彼女の言うとおりしばらく進むと、少しだけ平らに開けた場所に出て、そこに小さな山小屋が建っている。

 俺たちは山小屋の中に入っていった。


 ***


 山小屋の中は簡素な造りで、採掘に使う道具が置かれる他には、木製のテーブルと椅子が置かれているだけだった。

 俺は卓上のカンテラに火を灯すと、椅子に腰掛けた。

 

 ポシェットから水筒を取り出して、中の水をごくごくと飲み干す。

 

(ふう、生き返った)


 それからあらかじめ準備していた「ヒンヤリ軟膏」を顔や手先に塗り込み、ミステルやトゥーリアにも分けてやった。


「わわっ、すごいなこの薬! 塗ったところがあっという間にヒンヤリしてきた……!」


 薬を塗り込んだトゥーリアは目を丸くして驚いた。


「ふふん、【即効性】の付加効果エンチャントもつけているからね」


 ちょっぴり自慢げに薬の効能を説明する俺。

 

「ニコは錬金術師アルケミストで、ミステルは狩人ハンターだっけ? 面白い組み合わせだよね。キミたちはどこで知り合ったの?」

「えーっと……」

「それはですね……」

 

 俺とミステルはこれまでの経緯をトゥーリアに説明した。


「へぇ〜、王都の冒険者パーティから追放されちゃったんだ。大変だったんだねぇ」

「でも、おかげでルーンウォルズでは自分のアトリエも持てたし、結果的にオーライだよ」


 俺たちの経緯を聞き終えたトゥーリアは、好奇心旺盛な瞳をずいっと近づけてきた。

 

「ねえねえ。一個聞いていい?」

「なに?」

「ニコとミステルは、アトリエで一緒に暮らしてるってことは……もしかして、恋人同士なの?」

「は……!? ええ……!?」


 いきなりそんなことを聞かれると思わなかったので、俺は思わずドギマギしてしまった。昨晩ミステルとはがあったから尚更だ。


「いや、違うよ! ミステルとは確かに一緒に住んでるけれど……ね、ミステル」


 クールなミステルなら、いつもどおりきっぱりと間違いを訂正してくれると思って、彼女に助けを求めた。


 だけど、彼女は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

 

(み、ミステルさん……!? えーっと! えーっと!)


「と、とにかく! 俺とミステルは恋人じゃないよ。一緒にパーティーを組んでいる仲間だよ」


 助け舟を失った俺は、しどろもどろになりながら説明した。

 トゥーリアはそんな俺たちを見て、ニヤニヤと微笑む。


「ほほ〜ん、これが巷でよく聞く『友達以上恋人未満』ってやつなのかな」

「いやいや、そうじゃなくってね……」

「あはは、冗談だってば! ゴメンね、もし恋人だったなら今後の参考にいろいろと聞きたいなと思ってさ」

「今後の参考……?」

「そう、ボクもいつか……」

「ボクも……いつか?」


 トゥーリアは勿体ぶるように少しためた後、はっきりと言い切った。


「燃えるような恋をするんだ!」


 ……

 は?


「あ、なんだよその反応……! さてはボクのこと子どもだと思ってバカにしてない? そりゃあキミたち人間ヒューマンからしたら見た目はちびっ子かもしれないけど、ボクだってもう大人なんだぞ」


 トゥーリアは口をとんがらせる。


「ドラフガルドに好きな人でもいるの?」

「まさか。ボクはむさ苦しいヒゲモジャのドワーフ男なんて興味ないんだ。ボクはいつか里を出て、広い世界に飛び出して……そして運命の相手と出会って、燃えるような恋をして、結ばれるんだよ!」

「はぁ……」


 彼女の勢いに押されて、俺は生返事をすることしかできなかった。


「この間の旅もね、旅に出たら、きっと素敵な出会いがあると思ってたんだけど……なかなかうまくいかないもんだよね〜」

「そうなの……」

「ああ、早く運命の人と巡り会って、ヤケドをするような恋がしたいなぁ……」

 

 トゥーリアは両手で頬杖をつきながらため息をつく。

 彼女にこんなに乙女な一面があるとは……意外だ。

 

 それに彼女の話を聞いて、もう一つ不思議に思ったことがあった。

 彼女も他のドワーフ達と同じく、ルーンウォルズから追放された過去を持つはずだ。

 それなのにトゥーリアは、そんな過去などなかったように俺たちに親しげに接してくれるし、彼女の視線は常にドラフガルドの外に向けられている。それが俺には不思議だった。


「その、トゥーリアもルーンウォルズから追い出されたんだよね? 人間ヒューマンが憎いとか……そういうのはないの?」


 俺は思い切って、その疑問をトゥーリアに投げかけてみた。


「うーん、別に憎いとかそういうのはないかなぁ。そりゃあ当時の領主にはムカついたけど……追放されたことで、こうして気軽に他の土地を見て回ることもできるようになったし。たぶん追放されなくても自分から街を出てたと思うしね」


 彼女はあっけらかんとそう語った。


「ま、ボクもキミらとおんなじさ。結果オーライってことで!」


 彼女はニカっと爽やかな笑顔を向ける。

 その笑顔を見て、彼女の清々しさに俺も思わず笑ってしまった。

 トゥーリアとは出会ってまだ間もないけれど、俺はすっかり彼女のことを信頼してしまっていた。


 

「さーて、それじゃあそろそろ出発しようか。ここは五合目くらい。まだまだ先は長いよ」

「はーい」


 トゥーリアの軽やかな声に応じて、俺は重い腰を持ち上げた。

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