59話 眠れぬ夜を超えて、いざ戦いの地へ
眠れぬ夜を越えて、翌朝。
いよいよヴォルカヌスとの決戦当日になった。
顔を洗って身支度を整えた後、気合を入れるために自分の頬をピシャリと叩く。
それから睡眠不足対策に
「よしっ! 頑張るぞ!」
自分に言い聞かせるように声を出し、俺は部屋を出る。
すると、ちょうど同じタイミングで、向かいの部屋からミステルが出てきた。
「あ……」
一瞬彼女と目が合う。そしてすぐに目を逸らす。
昨晩のこともあり、俺はドギマギしてしまい、彼女にかける声に詰まってしまった。
「おはようございます、ニコ」
先に口を開いたのはミステルだった。
彼女はまるで昨日のことなど何もなかったかのように、いつもどおりクールな表情を浮かべていた。
「お……おはよう、ミステル」
俺はというと、ぎこちない挨拶になってしまったが、なんとか言葉を返す。
「今日はいよいよヴォルカヌスとの戦いですね」
「うん、そうだね……」
「大丈夫ですか? 顔にひどいクマがありますけれど」
「え? いやぁ、その、せっかくキミにハーブティーを淹れてくれもらったんだけど、結局なかなか寝付けなくて……」
ミステルを抱きしめたことを思い返して一人悶々としていた、とまでは言わなかったけれど、俺は昨日の夜眠れなかったことを正直に白状した。
「ミステルは……いつも通りだね」
「はい、いつも通りです」
ミステルはクールに答える。
もちろん、大切な戦いを控えて、その前の晩に一睡もしてないなんて、冒険者として失格だ。そういう意味では流石ミステルだ。
だけど、彼女が昨晩のことをまったく意識していなかったとしたら、それはそれでショックだったりする自分もいたりして……ちょっぴり複雑。
ん……? なんだか、ミステルの様子が……
「ミステルどうしたの? 顔が赤いけど……あと、なんか、笑ってる?」
「い、いえ……! 笑ってません。絶対に笑ってなんかいません……!」
ミステルは妙な剣幕で否定した。
「そんなことより、すでにトゥーリアたちが待っているはずです。族長室に向かいましょう」
「え、う、うん。そうだね」
ミステルに急かされて、みんなが待つであろう族長室に向かった。
***
俺とミステルとトゥーリアの三人は、バルバロッサに見送られて大屋敷を出発し、ドラフガルドの正門前まで来ていた。
ルークもここまで俺たちを見送りにきてくれている。
「皆さん、くれぐれも気をつけてくださいね。僕は一緒に戦うことはできないけれど、みんなの無事を祈っています」
「ありがとう。ルークも、ドワーフ達とうまく交流できるといいね」
「はい……ドラフガルドの皆さんと少しでも友好的な関係を築けるように、僕なりに頑張ってみます」
ルークは戦う術を持たないため、俺たちがガリア火山へ行っている間は、ドラフガルドに留まることになる。
ルークはその間、自分がルーンウォルズとドラフガルドの架け橋になれるように尽力すると語った。
それは俺やミステルにはできない、領主であるルークにしかできない仕事だ。
旅の道中で「領主になんてなりたくなかった」と弱音を吐いた青年は、もうそこにはいなかった。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! ドワーフはみんな単純で気の良い連中だからさっ! 美味しいお酒のひとつでも振る舞えばあっという間に仲良くなれるよ」
トゥーリアはそんなルークに対して明るい調子で励ました。
「それじゃあルーク、いってくるね」
「皆さん、お気をつけて。ご武運を祈っています」
俺たちは大きく手を振るルークに見送られて、ヴォルカヌスの待つガリア火山へ出発した。
***
ドラフガルドはガリア火山の麓にある自然洞窟を改築して開いた集落だ。
トゥーリアによると、ガリア火山は良質な鉱石が採れることから、ルーンウォルズを追放される前から、ドワーフたちにはとって重要な採掘場であったらしい。
街を追放された後、より採掘場に近い場所に移住したほうが生活しやすいと判断した彼らは、この地に住み着き、ドラフガルドを
ドワーフ達にとってガリア火山とは、それだけ重要な場所なのだ。
「ここがガリア火山の入り口だよ」
一刻ほど歩いた後、先導をしていたトゥーリアが俺たちに振り返って声をかけた。
その先に広がる光景を見て、俺は思わず息を呑んだ。
トゥーリアの背の向こう側には、火口から流れ出した溶岩が固まってできたゴツゴツとした赤黒い山肌が、上へと向かって続いていた。
地面に目を向けると、あちこちに深い亀裂が走っていた。
亀裂の隙間からは、
空を見上げると、山頂部の火口を中心に真っ黒な雷雲が渦巻いており、その中を幾筋もの鋭い稲妻が走っていた。雷雲は太陽光を完全にさえぎっていて、辺り一帯はまるで夜のように暗くなっている。
それらすべてが相まって、周囲の様相はまるで。
「――
俺は率直な感想を漏らす。
よくこんな環境でドワーフは採掘ができるものだ。
「元々はこんな場所じゃなかったんだよ。そりゃあ活火山だから、いつも火口からモクモクと煙はでていたし、たまに噴火することだってあったけれど、少なくともこんな有様じゃなかった……」
トゥーリアも目の前に広がる光景を見て、苦々しい表情を浮かべていた。
「ということは、ヴォルカヌスのせいなのか……」
「ヴォルカヌスというより、この山全体が
ミステルが自身の見解を説明した。
「
「
「ガリア火山の
「つまり、ヴォルカヌスを倒せば、ガリア火山も元通りってわけだね」
「そういうことです」
ミステルの説明を聞いたトゥーリアが腕まくりをした。
「よーし、ガリア火山を元通りにするために頑張るぞー! 二人とも山頂へ続く道はこっちだよ!」
こうして俺たちはガリア火山へ足を踏み入れていった。
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