57話 錬金術師は孤独な少女を見捨てない
ミステルの唐突な質問を受け、俺は思わず聞き返してしまった。
「約束……?」
「ニコとはもう二回も同じ約束をしていますり最初はキラービーとの戦いの後に。その次はオークとの戦いのときに」
「ああ、えーと……」
「忘れちゃいました……?」
「いや、覚えているよ。『一人で危険なことはしない』……でしょ?」
結果としてその約束を俺は破ってしまい、彼女を大泣きさせてしまっていた。
(まあ、そのときミステルはお酒に酔っていたから、彼女の記憶には残ってないだろうけれど)
ミステルは真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「今回のヴォルカヌスとの戦い……改めて約束をしてほしいんです。絶対に一人で危険なこと、無茶な真似はしないって」
ギュッと唇をきつく結んだ後、また彼女は口を開く。
「
ミステルはそこで言葉を詰まらせ、悲しそうに目を伏せた。
「わたしは――多分生きていけないと思います」
「え……?」
想定していなかった言葉が彼女の口から発せられて、思わず俺は間抜けな声を出してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ……ミステル、きみはいったい何を言ってるんだ? ははっ、生きていけないとか……」
ミステルは顔を少し上げて俺の顔を見つめる。
泣いているような、笑っているような、そんな
「おかしいですよね。自分でもそう思います。わたしはこの赤い瞳のせいでずっと独りでした。わたしの人生では、アナタと一緒にいる時間よりも、独りの時間のほうがずっと長かったんです。それなのに――」
彼女は言葉を続ける。
「今はアナタのいない生活なんて考えられない。アナタを失うことを考えると、胸の奥がきゅっと締め付けられるように苦しくなるんです」
彼女の肩は小さく震えている。
「ほんとうに、息が苦しくて、死んでしまうくらいに――」
そう語るミステルが、今にも消えてしまいそうなほど儚い存在に見えた。
ずっと
彼女は人とのつながりを知らずに、今まで独りで生きてきた。彼女はそれでも平気だった。なぜなら、彼女の世界には、初めから
(俺のせいなのか――)
俺はそんな彼女に、図らずも、つながりを与えてしまった。
彼女の世界から、孤独を奪い取ってしまった。
彼女の指に初めて結びついた、とてもか細い、だけどたしかにそこにある糸。
糸は最初に俺と繋がって、ルークへと、アリシアへと――ルーンウォルズの仲間たちへ繋がっていった。
その糸は、今の彼女にとってまぎれもない希望。
だけど、それゆえに。
一度彼女に結びついたその糸が、再び切れてしまうことを、彼女は恐れているように見えた。
(もしもそうなったとき、ミステルはどうなってしまうのだろうか)
俺の心の中に一つの
彼女はハッと我に返ったような表情で、慌てて取りつくろう。
「ご、ごめんなさい――わたし、変なことを言ってしまいました。大事な戦いの前なのに……ごめんなさい、忘れてください」
「ミステル……」
「言いたかったことは、一人で無茶をしないでと、それだけなんです。あの、もう夜も遅いし――失礼しますね……!」
彼女は慌てた様子で立ち上がろうとする。
だけど、俺は彼女の腕を掴んで、それを止めた。
「え――ニコ……?」
気がつくと、自然と身体が動いていた。
俺は、そのまま彼女を引き寄せて、その細い身体を抱きしめていた。
「え……!? あの……! えっ……!?」
ミステルは、突然のことに驚きの声をあげる。
身体が硬直したかの様に強張った。
それでも構わず、強く、優しく、彼女を抱きしめる。
やがて、彼女の体から、ゆっくりと力が抜けていくのを感じた。
「……どう、して……?」
「ミステル、大丈夫だよ。約束する。俺は絶対にキミの元から離れたりしない」
「ニコ――」
俺は自分に自信がなかった。
冒険者になったはいいけれど、できることは限られていて。
パーティの仲間たちからはないがしろにされて、雑用係とバカにされ続けてきた。
なにより俺自身が――それでいいと思っていた。
自分にはその程度の価値しかないと納得していた。
でも、キミはそんな俺のことを――
『アナタの価値をアナタ自身が誤魔化さないでください』
そんな言葉をかけてくれたのはキミが初めてで。
俺はそれがとても嬉しくて。
いつの間にかキミの優しさに惹かれていったんだ。
だから。
「キミが大切だ。絶対に失いたくない。何においても、キミを守りたい」
「――ッ」
ミステルが声にならない声をあげる。
俺は彼女に自分の想いを、言葉にして伝え続ける。
「だけど、俺は弱いから――キミを守るためには、無茶もしないといけないし、危険なこともしなくちゃいけない。この先……死ぬようなリスクを負うかもしれない」
そう、どんなに勇ましい言葉で自分を飾ったとしても、心の底から強くなりたいと願ったとしても、どんなに便利で強力な
俺はちっぽけな一人の人間にすぎない。
死ぬときは、あっさりと死ぬんだ。
「だから、弱い俺のことを守ってほしい。キミに」
「わたし……が……?」
「そう。キミが俺を守ってくれる限り、俺は安心してキミを守るために無茶ができるし、死ぬかもしれない死地に飛び込むことだってできる」
お互いが守り、守られる。
それはまるで錬金術の真理を表す
いや、我ながらちょっと気持ち悪い例えだ。
もっと
「俺たちは仲間――だろ?」
俺が自分の想いを彼女に伝えると。
みるみるうちに、彼女の両の瞳に涙が溜まっていって。
それと同時に、彼女の瞳にかけられた
彼女は俺の胸に顔を埋めると、静かに嗚咽を漏らした。
「うっ……うっ……うわあああああん」
その嗚咽はやがて、大きな泣き声に変わっていった。
俺はそんな彼女を包み込むように、しっかりと抱きしめ続けた。
***
「ありがとうございます、ニコ。おかげで気持ちが落ち着きました」
どれくらい時間が経っただろうか。
ミステルは俺の胸に埋めていた顔を上げた。
目元は赤く腫れていたが、その表情はどこかスッキリとしている。
よかった。今の彼女からは、さっきまでの危うさは感じられない。
「どういたしまして。ミステルが元気になってくれてよかったよ」
「ふふっ、ニコにはいつも助けられてばかりですね」
「お互い様だよ。俺もきみに助けられてばかりだから」
そう言って、俺が微笑むと、ミステルもつられたように、にっこりと微笑む。
うん、普段はあまり笑わないけれど、やっぱりミステルは笑顔が一番似合う。もっと笑ってほしい。
「わたし達は仲間ですから。こうしてお互いがお互いを助け合っていくんですね」
ミステルはそういうと、一度目を下に付してから、顔を上げてまっすぐな瞳を俺に向けた。
「ニコ、わたしも覚悟ができました。アナタの仲間として、
「ああ!」
俺はミステルの瞳をまっすぐ見つめて、力強くうなづいた。
***
「それでは、明日は早いので……今日はもう自分の部屋に戻りますね」
「あ、うん。そうだね……」
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
そういってミステルは部屋から出て行った。
一人、取り残された俺は、部屋の灯を消して、ベットの中に潜り込む。
(よし、明日も早いんだ。ハーブティーも飲んでリラックスしたことだし、早く眠ることにしよう)
そして瞳を閉じる。
するとたった今の出来事が、脳裏で鮮明に再現された。
「寝れるかッ!!」
「というか、俺はなにをやっていたんだあああああ」
思わず叫びながら、布団の中で枕に頭を押し付けながら悶えてしまった。
ミステルを抱きしめた感触がまだ生々しく残っていた。
恥ずかしさと同時に、大変なことをしてしまったと、ある種の罪悪感のような感情が押し寄せてくる。
いくらミステルを励ますためとはいえ、なんて大胆なことをしてしまったんだろう……
(あれぇ? 俺っていつからこんな人間になったんだっけ? 女の子を……だだだ、抱きしめるなんて…… !)
ジタバタ、ジタバタ――
(でも、ミステルも嫌がってなかったよね!? 拒絶してなかったよね……!?)
ということは、つまり……
彼女は俺に、少なからず好意を……
あんなに可愛い子が、
あんなにいい子が、
俺のことを……!?
「ふおおおおおおおおお」
シーツにくるまり、声にならない叫び声をあげる。
心臓の鼓動が高鳴っている。全身に血流が激しく巡っていくのを感じる。顔が熱い。
ミステルの顔を思い出すだけで、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
「あばばばばばばば……」
その日、俺は、当然のように一睡もできなかった。
***
錬成の成果
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【ヒンヤリ軟膏】20
効果/肌に塗り込むことで、一定の間、使用者に高い耐熱、耐火効果をもたらす。また、火傷の薬としても利用可能。
品質/A +
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