56話 決戦前夜、きみと二人の時間
いよいよヴォルカヌスとの決戦を明日に控えた夜。
ここは族長の大屋敷のとある一室。
俺は部屋の隅に設けられた机に座り、卓上
ここはバルバロッサが俺たちに提供してくれた部屋だ。
領主であるルークはもちろんのこと、その従者に過ぎない俺やミステルにも個室を与えてくれたところをみると、バルバロッサはかなり気前がいいようだ。
それだけ俺たちに、魔竜の討伐を期待してくれているということだろうか。
気前がいいといえば、それだけではなかった。
「ヴォルカヌス討伐に必要な物資があれば言うてみい。必要なものは手配しよう」
バルバロッサがこう言ってくれたので、お言葉に甘えて、俺は錬成に必要な素材の調達をいくつか頼んだ。
素材の調達には丸一日かかり、俺の手元に届いたのは二日目の夕方だった。
そして俺は今からヴォルカヌス討伐のためのアイテムを錬成するつもりだった。
机の上には、必要な素材が並べられている。
「
「えーと、ヒケシダケとヒヤシンスの茎、あと精製水を……こうして、こうやって……【
あっという間に『ヒンヤリ軟膏』の完成だ。
炎に強い耐性を持つ植物を混ぜ合わせて作ったこの薬は、肌に塗り込むことで、一定の間、使用者に高い耐熱、耐火効果をもたらしてくれる。火傷の薬としても利用可能で、火山や砂漠など、熱地帯の探索には必須レベルのアイテムだ。
作戦ではヴォルカヌスを洞窟の外へ誘き寄せる予定だが、備えあれば憂なしだ。また、火炎の吐息の対策にもなるだろう。
「よーし、準備はこんなところかな」
俺は出来上がった『ヒンヤリ軟膏』を丁寧に瓶詰めしてから、腰を上げてひとつ伸びをした。
明日の出発は早くなる。今日はもう眠ったほうがいいだろう。
だけど、そんな考えとは裏腹に、自分の目が冴えていることに気がついた。
まあ、無理もない。明日戦う敵は
俺がこれまで対峙した魔族の中で、ナハトと匹敵するくらい強力な相手になるだろう。
(そんな敵を、討伐しなくてはいけないんだよな)
策は万全に講じたつもりだが、実戦で試さないかぎり、それは机上の空論にすぎない。
一介の支援職にすぎない自分に、緊張するなというほうがムリな話だった。
(だめだな、このままでは眠れそうもないや)
気分を落ち着かせるために、お茶でも一杯飲もうか。そう思って準備をしようとしたとき――
コンコン、と客室の扉が控えめにノックされた。
誰だろう?
「はーい、ちょっと待ってて」
俺は返事をしてドアを開けた。
「あれ、ミステル。どうしたの?」
ドアの前にはパジャマ姿のミステルが立っていた。
「ごめんなさい、こんな時間に。もしかして明日の準備中でした?」
「いや、準備はちょうど今終わったところだよ。すぐ眠ろうと思ったんだけど、なんだか目が冴えちゃってさ。お茶でも飲んでから寝ようと思ってたところ」
「よかった。実はわたしも寝付けなくて。ハーブティーを持ってきました。よかったら一緒に飲みませんか?」
「もちろん」
断る理由なんてあるわけがない。
俺は喜んで彼女の誘いを受け入れた。
***
ミステルは手際よく準備をして、二人分のハーブティーを淹れてくれた。
部屋の中にハーブのいい香りがふわりと漂う。
「はい、どうぞ。熱いですから気をつけて」
「ありがとう」
ミステルが差し出してくれたカップを受け取る。
早速一口飲むと、爽やかな風味とすっきりとした味わいが心地よい。思わずほっと、ため息が出てしまった。
「美味しい。やっぱりミステルが入れてくれるお茶が一番好きだな」
俺は、そのまま隣に座ったミステルに向かって微笑んだ。
ミステルはお風呂上がりなのだろう。少し湿った銀色の髪からは、石鹸のいい香りがした。
ちなみに客室には、一人用の机と椅子しかなかったので、俺とミステルはベットに二人並んで腰掛けている。
「ふふっ、お世辞でも嬉しいですね」
「えーお世辞じゃないんだけどなぁ」
「だってニコはわたしの作るもの、全部おいしいって言うから」
「だから本当に全部おいしいんだって」
「……うれしい」
ミステルは笑顔を浮かべながら、自分のカップに口をつけた。
俺たちの間に、穏やかな時間が流れる。
しばらく取り留めのない話を交わし、話題が尽きると、しばしお互いに無言になる。
だけどそれは気まずい雰囲気ではなくて、むしろどこかくすぐったいような、不思議な心地いい感覚だった。
思えば、オークの襲来から今日まで、慌ただしく日々が過ぎていったせいで、こうしてゆっくりとミステルと二人きりの時間を過ごすのは、随分と久しぶりのような感じがした。
(不思議だな。ミステルといると、さっきまでの緊張がウソみたいだ。リラックスできる)
そうして、どれくらい時間が経っただろうか。
一通りの語らいを終えた頃、ミステルがぽつりと口を開いた。
「そういえば、ニコ。わたしとの約束……覚えていますか?」
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