55話 ドラゴンの倒し方②


 俺たちが挑むは竜ごろしドラゴンスレイヤー

 

 討伐対象は魔竜ヴォルカヌス。

 ガリア火山に巣食う巨大な竜であり、強大な力を持つ名を持つ魔族レイドボスだ。

 

 魔族の屍肉を使って、ヴォルカヌスを洞窟内から誘き出し、エサにありついているところを不意打ちで襲い掛かる。

 それが今回の作戦だ。

 

 竜は五感がかなり鋭いらしい。そのため自分達の気配を遮断する必要がある。これはミステルのスキル【気配遮断】に期待だ。


(そう。不意打ちの条件を整えることは、それほど難しくない)


 最大の問題は、その後にある。

 ヴォルカヌスを攻撃する手段だ。

 

 ヴォルカヌスの全身を覆う竜の鱗は、一枚一枚が鋼のように硬く、それらが何層にも重なっている。並大抵の攻撃では傷をつけることすら難しいらしい。

 

 となると、俺たちのパーティで攻撃の手段になり得る選択肢は二つ。ミステルのスキル【エーテルアロー】による攻撃か、トゥーリアの大剣ダインスレイヴによる攻撃だ。

 

 ミステルの【エーテルアロー】は超強力なスキルだけど、その分魔力の消耗が激しく、長時間の復活時間リキャストタイムを強いられてしまう。そのため、ここぞという時しか使うことができない。


 一方、トゥーリアの攻撃にも課題がある。トゥーリア曰く、一撃でドラゴンを倒すことは難しい、とのこと。必然的に何度も斬りかかる必要がある。

 しかし、ヴォルカヌスには強力な遠距離攻撃である火炎の吐息があり、その攻撃をかいくぐって近づいても、空を飛んで逃げられてしまう恐れもある。

 さしものトゥーリアの大剣ダインスレイヴも、空高く逃げる相手には届かない。


 そもそも、トゥーリアの派手な攻撃に頼った戦法は、不意打ちの意味が薄れてしまうのだ。

 

 俺たちの理想の戦い方は――

 

 寝床の外へ誘き出したヴォルカヌスを、安全な場所から一方的に攻撃を加える。

 そして、弱ったところにトドメの攻撃として、ミステルの【エーテルアロー】、あるいはトゥーリアの渾身の一撃をお見舞いする。


 そんな戦い方だ。


 我ながらせこい戦い方だな、と思う。

 

青の一党ブラウ・ファミリアにいたときに、こんな作戦を立案したら、ラインハルトたちに「卑怯者め。正々堂々と戦って打ち勝ってこそ真の英雄だ」とか言われるだろうな。まあ、俺が戦闘の作戦を立案するなんて、そんな機会は一度もなかったけれども)

 

 だけど、構わない。殺すか殺されるかの魔族との戦闘において、相手の弱点や隙を狙うことに、なんの罪悪感もない。

 

 俺たちには聖剣エクスカリバーも、百を超える魔法も、一瞬で傷を癒す奇跡もない。


(勇者ごっこをする余裕は俺たちにはないんだ)

 

 さあ、この不意打ちを成功させるために必要なことは何か?

 考えろ。自分達の手札で可能な最善手を。

 

 俺の頭の中で、いくつもの戦術が浮かんでは消えていく。

 そして、度重なる思考の末に、俺は一つの策にたどり着いた。


 ***


「一つ作戦を考えてみたんだけど……」


 俺はみんなに話しかけた。


「ハイオークとの戦いのときみたいに、何かいいアイデアが浮かんだんですね!?」


 ルークが期待に満ちた表情をこちらに向ける。


「まだ思いつきの段階なんだけどね。だからみんなの意見を聞きたいんだ」

「是非聞かせてください!」


 ルークは前のめりになって言った。

 ミステルは信頼と期待を込めた眼差しを俺に向けて。

 トゥーリアは興味津々と言った様子で。

 それぞれが俺の言葉を待っている。


 俺は小さく咳払いをしてから、自分の考えた作戦を話し始めた。


「作戦はシンプルだよ。竜の外殻が硬いなら、んだ」

「内側から……? どうやって?」


 トゥーリアが首を傾げる。


「ヴォルカヌスを寝床から誘き寄せるために、魔族の屍肉、つまりオトリのエサを使う。そのエサの中に

「攻撃を仕込む……?」


 いまいちトゥーリアはピンときていない様子だ。


「毒餌――ですか」


 ミステルがぽつりと呟く。


「そのとおり。毒、麻痺、睡眠。とにかく相手の自由を奪うような毒物を錬成して、ありったけエサに混ぜ込んでおく。そのどれかが効いてヴォルカヌスの自由を奪うことができれば、戦いを有利に進めることができるはずだ」

「なるほど……錬金術師アルケミストであるニコならではの発想ですね」


 ミステルは感心したように呟いたあと、さらに言葉を続ける。


「あらかじめ懸念を伝えておきます。強力なドラゴン種の中には【状態異常無効】のスキルを持つ種もいます。ヴォルカヌスがそのスキルを持っていると決まったわけではありませんが、毒だけに頼る戦い方は少し危険かもしれません」

「うん、俺もそう思う。だから、攻撃の手段はもう一つ仕込む」


 俺はそう言うと、腰のベルトに巻きつけたポシェットから一枚の錬成符を取り出した。


「バルバロッサ様、こちらの鉄鉱石をお借りしてもよろしいですか?」


 俺は部屋の隅に積まれた鉄鉱石の山を指差して、バルバロッサに問う。

 

「構わんよ。何をするつもりじゃ?」

「ありがとうございます。見ていてください」


 そう言ってから、錬成符に錬成陣を手早く書き込む。

 

 そして、鉄鉱石を一つ手に取ると、上から錬成符をペタリと貼り付けて、部屋の中央、周囲に障害物がないところに置いた。


「これで準備はオッケー。本番では、こいつを餌の中に仕込んでおくんだ。そして、ヴォルカヌスが餌を食べたら……」


 俺は右手を鉄鉱石に向けて、錬金術を発動した。


「【高速錬成ルベド・アルス・マグナ】――」

 

 俺の魔力の流入を受けて、錬成符が光を放つ。

 

 次の瞬間。

 

 カタマリ状だった鉄鉱石は、一瞬にして、栗のイガのようなトゲトゲの、物騒なカタチに姿を変えた。

 

「うわっ!  何これ、すごーい!」

 

 トゥーリアが驚きの声を上げる。

 

 俺は錬金術のスキルを解除した。

 と、同時に鉄鉱石は元の形状に戻る。


 錬成符に書いた錬成陣は、あえて【分解ニグレド】と【再結晶キトリニタス】の段階に留めた。

 つまり、最終工程である物質の固定化は行なっていない中途半端状態。

 だから、スキルの解除と同時に、鉄鉱石は再び元の形状に戻るのだ。


「錬金術による物質の形状変化。これを奴の腹の中で繰り返す。いかにドラゴンの外殻が硬くて攻撃を通さなかったとしても、俺たちと同じ生き物ならば、その内部には柔らかい内臓が入っているはずだ。そこにこのトゲを突き刺せば――」

「身体の内側からダメージを与えられるってことだね!」

 

 トゥーリアが目を輝かせながら言った。

 

「そういうこと。一撃で致命傷を与えられなくても、確実に弱らせることはできると思う。弱ったところでとどめの一撃は――トゥーリアに任せたよ」

「まっかせてよ! それにしてもキミって凄いなぁ。人の良さそうな顔をして、こんなにエゲツない作戦を考えるなんて……うへー痛そー!」


 トゥーリアは目を輝かせながらこちらを見つめてきた。


 よかった。卑怯な作戦だ、と眉をひそめられることはなかった。エゲツないは、褒め言葉として受け取ろう。


「ありがとうトゥーリア。ミステルは……俺の作戦はどう思う?」


 ミステルは俺の問いに対してしばらく考え込んだあと、頷いた。

 

「私たちが今の戦力で立てることのできる、最善の作戦だと思います。さすがニコです」


 ミステルからは最大級の賛辞の言葉をもらえた。彼女の言葉はいつも俺に自信を与えてくれる。


(作戦はこれで決まった。後は必要な準備をするだけだ)

 

 魔竜ヴォルカヌス。


 ドラフガルドのため、そしてルーンウォルズのために。

 必ず討伐してみせる。


 みんなと相談をした結果、ヴォルカヌス討伐は、三日後の決行とした。

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