54話 ドラゴンの倒し方①

 敵の返り血で真っ赤に染まったトゥーリアが屈託のない笑顔をこちらに向ける。たった今あれほどの殺戮を繰り広げた彼女とは、まるで別人だ。


「どう? ニコ、ミステル! ボクの実力、ちゃんとみてくれた?」

「えーと……」

「お見事です……」


 俺もミステルも、かけるべき言葉がうまく見つからない。とりあえず当たり障りのない言葉で誉めておくことにした。


「ふっふーん! ボクとダイちゃんの手にかかればこんなものだよ」


 トゥーリアは自慢げに胸を張る。その様子は、さながら、お使いをこなして母親に褒められたことを喜ぶ、無邪気な子どものようだ。


「あのー、ダイちゃんって……?」

「ボクの愛剣ダインスレイヴの愛称だよ。可愛いでしょ?」


 そう言ってトゥーリアは大剣を振り抜き、血を払う。


「この通りすごくおっきいから、いつもは【武器召喚】のスキルでしまってるんだけどね」


 そういうと、トゥーリアはスキルを発動し、大剣を虚空へと収納した。


「よーし、それじゃあ、一度おじいちゃんのところに戻ろっか。襲ってきた魔族は倒したことを報告して、それからヴォルカヌス討伐の作戦会議をしようよ!」

「あ、うん。でも、その前に……」


 俺はトゥーリアに近づき、右手を彼女に向けた。


「ん、どーしたの?」


 俺は錬金術のスキルを発動した。対象は彼女の身体一面にこびりついた血糊だ。


分解せよニグレド再結晶せよキトリニタス――大いなる業は至れりアルス・マグナ!」


 トゥーリアの身体が錬金術の光に包まれ、一切の汚れが取り除かれた。


「わぁっ!?  すごい!  何これ!?」

 

 トゥーリアは驚いて自分の手や服を見回す。

 

「錬金術だよ。ケガはないみたいだけど、さすがに全身血塗ちまみれのままじゃ困るでしょ?」

「そっか、ニコは錬金術師アルケミストなんだ! へぇ〜ボク初めて会ったよ。すごいなぁ!」


 トゥーリアは興奮したように声を上げる。

 

「それじゃあバルバロッサのところに戻ろう」


 魔族の死体の後片付けなどは他のドワーフに任せて、俺たちはバルバロッサの大屋敷へと戻っていった。


***


 族長室に戻ると、心配そうな顔をしたルークが駆け寄ってきた。

 

「皆さん! 大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめんね。三人とも怪我一つしてないよ」

「ああ、よかった――」


 ルークは安心したようにホッと胸を撫で下ろした。


「して、魔族はどうなった?」


 バルバロッサが俺たちに問いかける。


「トゥーリアが全部片付けてくれました」

「流石はトゥーリアじゃのう。リザードマンどもを一網打尽か、ワッハッハッ」


 俺たちの報告を聞いたバルバロッサは愉快そうに大笑いをする。


「いったじゃろう? トゥーリアの実力はドラフガルドでピカイチとな」

「確かにトゥーリアの実力は本物でした。魔竜ヴォルカヌスを討伐するためには、彼女の力が必要です」

「ワハハハハッ!」


 バルバロッサはトゥーリアの頭をゴツゴツとした手で撫でた。トゥーリアは嬉しそうに目を細める。

 

「――それで、今後はどのように討伐を進めていくつもりじゃ?」

 

 ひととおり孫娘を褒めちぎった後、バルバロッサは俺に視線を向けて問いかけた。

 

「近く、ガリア火山に向かおうと思います。そのために教えていただきたいことがいくつかあるのですが――」

「言うてみい」

「まずガリア火山の地形や、中の経路について知りたいのです。地図があればありがたいのですが」

「うむ、いいだろう。地図を持たせよう」

「ガリア火山の山道ならボクに任せて! 子どもの頃から何回も登っているから、ふもとから山頂まで、バッチリ道案内できるよ!」


 地図があるうえに、現地に明るい道案内がいるのであれば迷うことはなさそうだ。

 次の確認に進もう。


「次にヴォルカヌスについて知っている情報を教えてください。ヴォルカヌスの居場所はわかっているのですか?」

「ああ、奴の寝床は山頂付近の洞窟の中にある。あまりそこから移動することはないようじゃな」

「大型の竜種はその巨体を保つために、ほとんどを眠って過ごすといいます。寝床が決まっているならば、そこから大きく移動する可能性は低いでしょう」


 バルバロッサの説明に、ミステルが【魔族の知識】による補足をしてくれた。


「なるほど……もし、ずっと眠っているということなら、こっそり近づいて不意打ちできないかな」


 俺は素朴な疑問を口にした。もとより真正面から戦うつもりはまるでない。


「そうですね……竜種は個体によってその特性が大きく異なるため一概には言えませんが、えてして感覚器官に優れており、わずかな気配や物音それに匂いにも敏感に反応します。不用意に近づきすぎるのは危険だと思います」

「うーん……そうだよねぇ」


 俺とミステルが不意打ちの方法についてあーでもないこーでもないと相談していると、トゥーリアが話に加わってきた。


「そもそも、キミたちがヴォルカヌスの寝床を襲うのは難しいかも……」

「どうして?」

「だって、ヴォルカヌスのいる洞窟は、中がそのまま火口に繋がっていているんだよ。ボクたちドワーフならまだしも、キミら人間は、生身じゃ熱くて近づけないと思うよ」

「なるほど、高温の洞窟か……」


 錬金術で耐熱の薬を作れば、ある程度の熱には耐えられるかもしれないが、ただでさえ強力な名を持つ魔族レイドボスと戦うのに、さらに環境のリスクを負うのは得策ではなさそうだ。


「となると、何らかの手段で敵を外に誘き出すしかないな。例えば、洞窟の前にエサを置くとか」

「竜の好物は、血抜きをしていない獣の肉です。特に臭いを放ちやすい内蔵が最適ですね。魔族の死体を入り口に置いておけば、誘い出すことはできるかもしれません」

「新鮮な魔族の内臓が必要だったら、いくらでもボクが用意できるよ!」


 トゥリーアが笑顔でサラッと恐ろしいことを言う。


(とにかく、ヴォルカヌスは寝床から誘き寄せる方法で行こう)


 次に考えるべきことは、ある意味最大の問題。

 どうやってヴォルカヌスを攻撃するかについてだ。


「ヴォルカヌスを巣の外に誘き寄せることに成功したとして、俺たちの攻撃は通用するのかな……」

「竜の体は鋼のように硬い鱗で、全身が覆われています。それにヴォルカヌスは名を持つ魔族レイドボス。その防御力は通常の竜種のソレを大きく上回ると考えた方がいいでしょう。少なくともわたしの通常攻撃が通用する可能性は低いですね……」

「エーテルアローでも?」


 ミステルの【エーテルアロー】は魔力を込めて作成した光の矢を敵に放つ強力なスキルだ。

 初めて出会った時、名を持つ魔族レイドボス、暗幕のナハトに使ってヤツを撤退させたし、前回の戦いではオークの群れを一網打尽にした。

 

「正直、なんとも言えません。ただ、エーテルアローは発動に大量の魔力を必要としますから。ニコも知ってのとおり、発動後に消耗してしまうんです。復活リキャストするまで時間がかかります」

「完全に仕留めることができる、という状況以外で使うのはリスクが大きいと――」

「その通りです」


 ミステルは自身の戦力に基づいた冷静な分析結果を告げる。


「となると……頼みはトゥーリアの大剣か」


 俺はトゥーリアの方に視線を向けた。あれだけの大きさの大剣だ。硬い竜の鱗を斬り裂くことも不可能ではないのではないか。


「ボクに任せてよ! だけど一撃で致命傷を与えられるかはわからないから、できるだけ何回も斬りつけないといけないなぁ……」


 トゥーリアは両手を頬に当てると、顔を赤らめて体をモジモジさせた。


「ウフフ、ボクの振るう剣が竜のかた〜い鱗を引き裂いて、飛び散る血飛沫……砕け散る肉片……はぁステキだなぁ……想像するだけでゾクゾクしちゃう」

 

(うわーウットリしてるよ、こわ。この娘は絶対に職業ジョブ狂戦士ベルセルクだ。そうに違いない)

 

「トゥーリアの攻撃を当てにするのはいいが、問題が二つあるぞ。一つはヴォルカヌスが吐く火炎の吐息じゃ」


 バルバロッサはヒゲをしごきながら言った。


「奴は口から火炎を吐き出すことができる。不用意に近づけば奴の炎のエジキじゃわい。それに、よしんば炎の吐息をかいくぐり、奴に近づくことができたとしよう。奴の背には両の翼がある。これが二つ目の問題じゃ。空に逃げられてしまっては、トゥーリアの刃もさすがに届かんじゃろう」

「あーうー、確かに」


 トゥーリアがバツの悪そうな顔をする。

 

「火炎の吐息と竜の翼か……その対策も考えないといけないのか……厄介だなぁ」


 とはいえ、戦いに勝つための条件や課題はあらかた出そろった。あとはいかに達成するかを考えるだけだ。


 俺は思考の海に、意識を沈めていった。

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