53話 ドラフガルドの流血姫
族長室に入ってきたのは腰ほど伸びた赤髪を一本に結えた小柄で愛くるしいドワーフの少女だった。
バルバロッサがこの里一番の腕利きというから、てっきり歴戦の戦士風のドワーフが入ってくると思ったので、思わず拍子抜けしてしまった。
そのままドワーフの少女はバルバロッサに飛びついた。
「おじいちゃーん! 半年ぶり! 会いたかったよー!」
「ほっほっほっほっ、久しぶりじゃのう。外の世界を巡る旅はどうじゃった?」
「うん! サイッコーだったよ! いろんな場所にいって、いろんな景色を見て、沢山の人に出会って。一番感激したのは――」
そのまま二人は楽しげに会話を始めた。
バルバロッサのことを「おじいちゃん」と呼んでいるこの娘はバルバロッサの孫娘なのだろうか? 髪の毛も同じ赤髪だし。
バルバロッサは先ほどまでの威厳に満ちた雰囲気はどこへやら。目尻を下げて慈しみの表情を浮かべながら、少女の語りに耳を傾けている。
しばらくすると、少女はこちらの存在に気付いたのか、くりくりとした大きな瞳をこちらに向けてきた。
「あれ、キミ達はだあれ? ドワーフじゃないよね? おじいちゃんのお客さん?」
***
バルバロッサが俺たちの紹介とこれまでの経緯を少女に説明する。
少女はふむふむといった様子で頷きながら話に聞き入り、最後に手を叩いて大きく頷いた。
「なるほどね〜。ボクが旅に出ている間に、まさか里がそんなことになっていたなんて。どうりで帰りの道中、やたらと魔族に出くわすと思った。あっはっはっ」
そして彼女は俺たちに向き直り、ニッコリと笑みを浮かべて自己紹介をした。
「はじめまして! ボクはトゥーリアって言うんだ! よろしくねっ」
俺たちは順番に自己紹介をする。
「うん! ニコにミステルにルークだね! ドラフガルドのために力を貸してくれてありがとう! ボクも一緒に戦うよ」
トゥーリアは元気よくガッツポーズをした。
しかし、正直なところ、この少女は本当に魔族と戦えるのか、俺は少し不安だった。
バルバロッサは里で一番の腕利きといったけれど、このドワーフの少女からは、そんな覇気はまったく感じられない。
俺の心の内を察したように、バルバロッサが口を開いた。
「心配せんでも、ワシの言葉にウソはない。我が孫娘、トゥーリアの実力はこのドラフガルドでピカイチじゃ。右に出るものはいない」
バルバロッサはキッパリと言い切る。
「本来ならばヴォルカヌス討伐の一番の適任はこのトゥーリアだったのじゃが、ちょうど外界を巡る旅に出ていての。長い間、里を不在にしていたのじゃ」
「ちょうど昨日コッチに帰ってきたんだよ〜」
「そなたらに同行させるには、うってつけのタイミングじゃった」
なるほど、バルバロッサがウソをつく理由もないし、なんと言っても自分の孫娘を危険な魔族討伐に送り出すのだ。相応の実力があるのは間違い無いだろう。
(だけど、見た目と本当に釣り合わないなあ)
そのとき、慌ただしい足音と共に、族長室の扉が開かれた。
「敵襲――! ガリア火山方面から、魔族の敵襲です――!」
見張り役のドワーフが息を切らせながら大声で叫んだ。
それを聞いて、俺たちの間に緊張が走る。
「ぬう、今日もお出ましか。忌々しい魔族どもめ……」
バルバロッサは苦虫を噛み潰したような険しい表情を浮かべた。
「行こう、ミステル!」
「わかりました!」
俺はミステルに声をかけて、部屋を駆けだす。
「あ、待ってー! ボクを置いてかないでよー!」
後ろからトゥーリアの声が聞こえた。
***
ドラフガルドの入り口まで辿り着くと、すでに門を護るドワーフ達が魔族と戦闘を繰り広げていた。
魔族の数は五体。二足歩行をした緑色の大きなトカゲのような姿をしており、その手に生えた鋭い爪でドワーフ達に襲い掛かっていた。
「あれは……リザードマンですね。野生のトカゲなどが竜の
ミステルはそういうと、大弓を背中から取り出して矢筒に入っている数本の矢を引き抜き、そのままリザードマンに狙いを定めようとする。
が、その矢が彼女の手を離れる前に、トゥーリアが俺たちの一歩前に歩み出ると、ミステルを静止した。
「まって二人とも。ここはボクに任せてくれないかな?」
「トゥーリア?」
「これから一緒にヴォルカヌスと戦うんだから。二人にボクの力を信頼してもらわないといけないからね。それに――」
「久しぶりに思いっきり暴れられると思うと――ゾクゾクが止まらないんだ」
トゥーリアの瞳から光が消える。
口元にうっすらと笑みを浮かべた。
それは先ほどまでのあどけない少女の表情ではなかった。
(なんだ――? 背筋が凍りつくような、この殺気は――)
そして、トゥーリアは大きく息を吸い込み、
「ドワーフの戦士達よ! バルバロッサが孫娘、トゥーリアが
トゥーリアの獣の咆哮のような声があたりに響き渡ると、ドワーフ達は即座に身を引く。
同時に五体のリザードマンの視線がトゥーリアに集まった。
どうするつもりだろう。彼女は武器を持っていない。丸腰で戦うつもりなのだろうか。
俺の心配をよそに彼女は右手を高らかに掲げる。
そして――
「
トゥーリアが詠唱をすると、青白い光と共に、彼女の身の丈ほどあるであろう、巨大な大剣が虚空から現れた。
なんだ
あれが彼女の武器なのか――?
「ダインスレイヴ、久しぶり。今日はいっぱい遊ぼうねっ」
その右手が柄を握り、彼女が愛おしそうに大剣に語りかけた、次の瞬間。
彼女の姿が消えた。
いや、正確には速すぎて目で追えなかっただけだ。一瞬にして、トゥーリアは、五体のリザードマンの懐に飛び込んでいた。
「ふっ!」
トゥーリアが短く息を吐くと同時に、大上段から振り下ろされた大剣が、一体のリザードマンを叩き斬る。
いや、叩き潰すといった表現が適切だろうか。哀れなリザードマンは逃げる間もなく、あっという間に潰れたトマトのようにベチャッとなった。
「あっはっはっ!」
間髪おかずにトゥーリアは振り下ろした大剣を地面と平行になるように構え直すと、そのまま自身の身体を
ベチャッ! ベチャッベチャッ!
真っ二つに身体を引き裂かれたリザードマンが壁に激突する音が響く。
残り一体のリザードマンはなんとかトゥーリアの回転切りから逃れることができたようだが、完全に戦意を喪失したようで、トゥーリアに背を向けて逃げ出そうとしていた。
「逃がさないよッ!」
トゥーリアは地面を蹴り上げるようにして跳躍し、逃げ出したリザードマンを頭から一刀両断にした。
まさに瞬殺。
五体のリザードマンはあっという間に、トゥーリアの手によって血濡れた肉塊と化した。
「もう終わりかぁー、あーあ、もっと遊びたかったのになぁ」
リザードマンの鮮血や臓物に
これは後にドワーフ達から聞いたことなのだが。
彼女の異名――
ドラフガルドの
これが俺たちとトゥーリアの出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます