52話 魔竜ヴォルカヌス

「魔竜……ヴォルカヌス?」


 俺はその名を反芻はんすうする。


「ああ、ひと月ほど前からガリア火山に現れたドラゴンじゃ。巨大な力を持つ魔族は、その瘴気しょうきにより他の魔族を引き寄せる。奴がガリア火山に巣食うようになってから、山は魔族の巣窟と化し、いつしか全体が迷宮ダンジョン化してしまった」


 バルバロッサは眉根を寄せながら、言葉を続ける。

 

「それからというもの、鉱石の採掘もできんし、里の入り口まで降りてくる魔族の対策せにゃならん。現在のワシらに、とてもじゃないが他所よその街にかまけている余裕はないんじゃ」


 なるほど。過去の経緯うんぬんの問題ではなく、差し迫った現在の問題として、ドワーフ達は魔族の脅威に晒されているというわけか……

 

「ヴォルカヌスをなんとか討伐できないのですか?」

「それができれば苦労はせんわい。何度か腕に覚えがある者が討伐に向かったが、奴の元に届くことなく、全員が返り討ちじゃ」

「冒険者ギルドに依頼をするとか」

「相手が名を持つ魔族レイドボスとなると、相当な手練れのパーティでないと太刀打ちすらできないだろう。そんなパーティはこの辺境の地には居らんよ。中央エルミアの連中に依頼をしたところで、辺境の火山に住み着いた魔族など、奴らからしたらなんの脅威でもない。それをここまで派遣するためには、莫大な依頼金が必要になるじゃろうな……」

「うーん……確かに」


 俺は腕を組み、考え込む。

 とはいえ、ドワーフの協力を得るための問題は、ある意味明確になった。過去のしがらみを踏まえた解決策を考えるよりはよっぽどシンプルだ。

 

 迷宮ダンジョンと化したガリア火山に巣食う、魔竜ヴォルカヌスを討伐することができれば、ドワーフ達は元の生活を取り戻し、俺たちにも協力をしてくれるだろう。


 問題はどうやってヴォルカヌスを討伐するか。

 

 相手は巨大な力を持つドラゴン。おまけに名を持つ魔族レイドボスだ。俺たちがこれまで戦ったゴブリンやオークとは格が違う。

 

(真正面から戦ったとしても勝ち目は薄いだろう。だけど、事前に策を講じて戦うことができれば、あるいは……)


 俺がそんなことを考えていると、バルバロッサが俺の考えを見透かしたように声をかける。


「ルーンウォルズの従者よ。ヴォルカヌスを倒そうなどと考えているとしたら、それは無謀というものじゃぞ」

「もちろん、正面から戦って勝てるとは思っていません。だけど、なにか策を講じれば……」

「策とな……?」


 残念ながら具体的な策は思いつかない。

 俺が返す言葉に探しあぐねていると、代わりにルークが身を乗り出してバルバロッサに訴えた。


「ニコさんはかつてルーンウォルズを襲撃した、ハイオーク率いる魔族の大軍団を一網打尽にした街の英雄なんです! 今回だってきっとニコさんなら……!」

「ルーク! それ言いすぎ!」


 え、英雄って……

 そんな大層なものじゃないよ。実際にオーク達を倒したのはほとんどミステルだし。


「ほう、ハイオークの軍勢を。なるほど……領主がその従者に選ぶだけのことはある。歴戦の強者つわものということか。人は見かけによらんな」


 バルバロッサは感心したかのように、口元に笑みを浮かべる。


(な、なんか誤解したイメージがバルバロッサの中に出来上がってる気がするぞ)

 

 まあ、かえって好都合だ。俺たちの実力を信頼してくれれば、なにかと行動もしやすくなるだろう。

 俺はここがチャンスとばかりに、片膝をついて頭を下げながら、バルバロッサに申し出た。


「バルバロッサ様。ガリア火山に巣食う、魔竜ヴォルカヌスの討伐――我々にお任せください。ルーンウォルズとドラフガルドの友好の証として、見事に討伐してみせましょう。そして、その討伐が成された暁には……我らが街の復興に、助力をお願いしたいのです」


 正直、現時点でヴォルカヌスを倒すことができる手立てなど見つかっていない。いわば俺の言葉は完全なハッタリだ。

 だけど、ドワーフの信頼を得るためには、たとえハッタリだとしても自分を大きく見せるしかない。

 

 それにたとえ討伐が失敗したとしても、ドワーフ達の懐は痛まないのだ。

 哀れな冒険者が魔竜の犠牲になるだけ。彼らの問題は解決こそしないものの、現状から事態が悪化するわけでもないのだ。ならばドワーフ達にとっても悪い提案では無いはずだ。


 バルバロッサは俺たちを値踏みするかのように、真っ赤なヒゲをいじりながら、じっと見つめる。

 やがて、彼はニヤリと笑った。


「フッ……面白い。そこまで言うのであればやってみるがいい。そなたらのドラフガルドの滞在を許そう。討伐に必要な物資などがあれば、申し出るがよい。できる限りの協力を約束する」

「ありがとうございます……!」


 俺は片膝をついたまま。拳をグッと握りしめた。


「ただし、ひとつ条件がある」

「条件ですか?」

「我らが同胞を一人、討伐に同行をさせてもらおう。ヴォルカヌスはドラフガルドの問題である。部外者任せで解決しても、それは我らの恥になるだけだからな」

「ドワーフの同行ですか……?」

「なに、そなたらにとっても悪い話ではないはずだ。この里でも一番の腕利きよ。名はトゥーリアという。今から呼んでくるから少し待っておれ」


 そういうとバルバロッサは控えていた配下に何事かを伝達した。

 そして待つことしばらく。


 ドタドタドタ……バーン!


 族長室の扉が勢いよく開かれた。

 

 扉の向こうに立っていたのは、筋骨隆々でずんぐりむっくり、顔中がヒゲでもじゃもじゃ。いわゆる典型的なドワーフの男性……ではなく。


 子供のような背丈に、可愛らしい顔をした赤髪の女の子だった。


「おじいちゃーん! 久しぶり! トゥーリアだよー!」

 

 

 

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