51話 ドラフガルド

 かつてルーンウォルズを追放されたドワーフ達が造り上げた彼らの里。その名をドラフガルド。


 洞窟の内部は、入り口から見た印象の何倍も広大だった。大洞窟といって差し支えないだろう。おそらく元々の天然洞窟に、ドワーフ達が大規模な土木工事を手掛けたことがうかがえた。

 天井の高さは五メートルほどはあるだろうか。天井の全面に発光性の苔が敷き詰められており、洞窟全体を薄明るく照らしている。また、至る所にカンテラが設置されていることもあり、内部の明るさは申し分なかった。


 入り口から続く一本通路を進んでいくと、ほどなくして開けた広場のような空間にでた。

 天井もそれまでの高さよりもいっそう高くなり、開放感すら感じるレベルだ。

 

 そしてそこには、驚くべき光景が広がっていた。

 

「……すげぇ」

 

 思わずそんなつぶやきが漏れてしまう。


 最初に目に入ってきたのは、広場の周りの壁を囲うようにして広がる住居群だ。

 洞窟の壁を掘り進めて造ったであろうそれは、窓やドアらしき空洞や、上下階を行き来するための造作階段などが規則正しく設置されており、まるで巨大な一つのブロック塀のように連なっている。居室の数はざっと見て百以上はあるだろうか。幾何学的な美しさが感じられた。

 

 広場には様々な露店が立ち並び、そこでは大勢のドワーフ達が行き交っていた。

 あるドワーフはハンマー片手に鍛治をしたり、鉱石の鑑定をしていたり。またあるものは酒を酌み交わしていたり……

 まさに活気あふれるといった様子である。


「ここには何人くらいのドワーフが住んでいるんですか?」


 俺は先導するドワーフに質問をした。

 

「五〇〇はくだらないだろう。ルーンウォルズから追放された者たちの他にも、外から流れてきた者たちもいる。我らの族長は同胞達を拒むことはしない」

 

 これだけの規模の集落を、ドワーフたちは自らの手で創り上げてしまったのか。もはや集落というよりも「街」といったほうが相応しい。

 この街ドラフガルドそのものが、ドワーフ達が持つ高度な建築技術を雄弁に物語っていた。彼らの協力さえとりつけることができれば、外壁の修復などあっという間だろう。

 

 俺たちはドワーフの先導を受けつつ、広場を通過して更に奥へと続く通路を進んでいく。突き当たりに大きなドーム型の建物が見えてきた。

 壁には民族的な模様があしらわれた綴れ織タペストリーがかけられており、重厚な扉の両脇には、兵士と思われるドワーフが立っている。


 俺たちを案内してくれたドワーフは、建物の前まで来るとその足を止め、こちらに向き直った。


「ここが族長が住まう大屋敷だ。族長はこの奥に居られる。中に入るがよい」


 そう言うと、重厚な扉が鈍い音を立ててゆっくりと開かれる。

 いよいよ、ドワーフの族長との面会だ。

 俺たちは、意を決してその内部へと踏み込んだ。


 

 ***


 

 中に入った俺たちを出迎えたのは、部屋の中央後方に設置された大きな椅子にゆったりと腰かけた、赤髪と赤ヒゲをたくわえた、壮年のドワーフだった。

 

「ルーンウォルズの領主達よ。ここまでよく来られた。ワシがこのドラフガルドの族長を務めておる、バルバロッサじゃ」


 彼は威厳に満ちた口調で自分の名を告げた。堂々とした風貌と相まって、まさに王様といった貫禄だ。

 

 俺達は慌てて頭を下げてから、それぞれ自己紹介をする。


「領主ルークに、その従者のニコとミステルか。して、本日は何用でドラフガルドまで来られたのかね?」


 バルバロッサはさっそく核心に迫る問いかけをする。

 

 その問いに答えたのはルークだ。

 来訪の経緯について――ドワーフとの関係を改善するために領主自ら参上したこと、ルーンウォルズの現在の窮状、街を復興するためにはドワーフの技術で作られた外壁の修理が急務であること、を説明した。

 

 そして最後にこう結ぶ。


「過ちを犯したのは……あなた方を身勝手な理由でルーンウォルズから追放してしまったのは僕たちです。あなた方の立場からすれば、僕の申出は到底身勝手なものに感じるかもしれません。けれど、ルーンウォルズが直面する問題を解決するためには、あなた方の力を借りるより他に道がないのです」


 そういい終わると、ルークは片膝を地面につき、深々と頭を下げた。


「だなら僕はここに来ました。領主として。そして、ルーンウォルズに住む者たちの代表として、お願いに参りました。どうかご慈悲を――僕たちに、ルーンウォルズに力を貸してはくれませんか」


 ルークの言葉を聞いたバルバロッサは、赤ヒゲをさすりながら思案するような表情を浮かべた。

 それからしばらく考え込んでいたバルバロッサだったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「ルーンウォルズの領主よ、頭を上げなさい。そなた達の事情、願いはあいわかった」

「それでは――!」


 ルークは期待を込めて聞き返す。

 しかし、バルバロッサは厳しい視線のまま首を横に振った。


「しかし、その願い――外壁の修復に我らの手を貸すことはできん」

「――ッ」


 ルークが言葉を失う。

 俺は彼の代わりにバルバロッサに問う。


「もちろん外壁の修復が成されたあかつきには、十分な報酬は用意するつもりです。それともやっぱり、過去の経緯――自分達を追放したルーンウォルズの手助けはできないということでしょうか……」

「従者よ――勘違いなさるな。確かに我らドワーフは貴殿らの街を追放された。種族の違いなどという……くだらぬ理由でな。だがそれは過去の話。そして当時の領主による判断だろう」


 バルバロッサの言うとおり、ドワーフを追放したのは前領主のダメアン――ルークの義弟おとうとだ。


「当時のわだかまりが無いとは言えん。我らが同胞の中にはそなたらを憎み、そして拒絶する者もいることだろう。しかし、それはあくまでも個人の『感情』の問題。

 一人の人間の愚かな行為をもって、人間全体を愚かと断じ、ましてや交流を断つなどと、そのような愚者バカの振る舞いを、我々はしない」


 バルバロッサはきっぱりと言い放つ。


「それなら、どうして――」


 俺の問いにバルバロッサは目を閉じ、何かを思案するように少し間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。


「……ヤツがガリア火山にいる限り、我らにできることはないのだ……」

「ヤツ……とは?」


「魔竜ヴォルカヌス――ガリア火山に巣食う、名を持つ魔族レイドボスよ」

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