46話 楽しい旅にしよう
いよいよドワーフの集落へ向かう旅の出発日となった。
俺とミステルは街の正門前で、馬に積んだ荷物の最終確認をしていた。
「これで準備はオッケーかな……」
「はい、野営道具一式に、往復分の物資もすべて馬に載せました。いつでも出発できます」
今回、ドワーフの集落に出向くのは、俺とミステル、そしてルークの三人だ。
留守番となるアリシアとクロエは、正門まで見送りに来てくれていた。
ルークは見送りに来た二人に向き合い、挨拶をする。
「それじゃあいってくるね。留守の間、街のことは二人に任せたよ」
「お兄ちゃん、留守中のことはわたしとクロエに任せて、ドワーフとの交渉をがんばってね。いい報告をまってるから!」
「ニコとミステルが一緒だから大丈夫だと思うが、道中くれぐれも気をつける。ケガするような無茶は絶対しちゃダメ。クロエと約束」
アリシアは兄に対する信頼を込めて、クロエは
「ありがとう、アリシア、クロエ。じゃあ、いってきます」
ルーク達のやりとりを見届けたあと、俺たちは馬にまたがり、ゆっくりと街の外へと馬を進めた。
「みんな、いってらっしゃーい! お土産ー! 忘れないでねー!」
背中を振り返ると、笑顔で大きく手を振るアリシアと、そのかたわらで、胸元で小さく手を振るクロエの姿が見えたので、俺は右手を上げてそれに答えた。
俺たちは、二人に見送られながら、ドワーフの集落があるガリア火山に向けて出発した。
***
街を離れて、草原地帯を進んでいく。
「それにしても天候に恵まれて本当によかったですね」
俺の後ろからルークが声をかけてきた。
ちなみに今回の旅のために、ルークが所有する馬を二頭駆り出した。うち一頭に俺とルークが、もう一頭にミステルが乗っている。
ルークの言葉に釣られて空を見上げると、青空が広がっていた。たしかに旅をするには絶好の天気といえる。
「あの……こんなこと言うと気が抜けてるって呆れられるかもしれないけど。僕……この旅のこと、とっても楽しみだったんです」
ルークは恥ずかしそうな声色でおずおずと言葉を発した。
「子供の頃は、両親が屋敷の外に出ることを、あまり許してくれなかったし……
「そっか……」
ルークの言葉を聞いて、思わず同情してしまう。
領主ほどの立場になると、日々やらなければいけない政務が沢山あるだろうし、その肩にのしかかる責任と重圧は、一介の冒険者の自分とは比べ物にならないくらい大きなものだろう。
現にこの旅だって、ドワーフとの関係改善という大きな使命を背負っているわけで……
(そうだな、せめて束の間。この道中だけでも、楽しい旅の思い出として、彼の記憶に残ってほしいな)
「じゃあ今回の旅で、ルークには旅の楽しさをいっぱい知ってもらうとしようか」
「旅の楽しさですか?」
「そう。こうして、いい天気の中のんびりと馬に乗るのも楽しいし、絶景ポイントに寄り道するのもいいね。夜になったら満天の星の下、楽しい野営が待ってるし、美味しいご飯もあるよ!」
俺は思いつく限り、旅の楽しみをルークに伝える。
「旅の間、索敵はわたしがずっとしていますし、ニコが調合してくれた魔族よけの香水も使っていますから、魔族に襲撃される可能性も低いです。ルークくんもリラックスして旅を楽しんでくださいね」
隣の馬上からミステルも優しい表情を向けた。
きっと彼女も俺と同じ気持ちに違いない。
「ありがとうございます。ふふ、楽しみだなぁ……!」
ルークの声は弾んでいた。
今回の旅はもちろん大事な使命を帯びたものだけど、急ぐ旅というわけではないんだ。
道中は和やかに楽しみながら、ドワーフの集落に向かったっても別にバチは当たらない。
俺はそんなことを思いながら、気持ちのいい空気の中、ゆっくりと馬を走らせた。
***
やがて草原地帯を抜けると、
ゆるやかにつづく丘を登っていくと、眼下に広がる景色から次第に緑が少なくなっていき、代わりにゴツゴツとした岩が剥き出しになった荒涼とした風景に変わっていく。
そして視界の先に巨大な山の姿がうっすらと見えてきた。あれがおそらくガリア火山。俺たちの目的地であるドワーフの集落は、あの山のふもとにあるはずだ。
「ニコ。この先はだんだんと傾斜が激しくなっていくようです。日も傾いてきたことですし、今日はこの辺りで野営をしたほうがいいでしょう」
「わかった」
ミステルの提案を受け、俺たちは手綱を引いて馬の速度を落とす。
野営に適した場所を探しながら馬を歩かせていると、やがて少し開けた場所に辿り着いた。
馬を止めて周囲を確認する。地面の状態も悪くなさそうだし、近くに枯木が立っていて、馬を繋ぐこともできる。それにどこからか水のせせらぎが聞こえてくる。ほど遠くない場所に水場もあるようだ。
(ちょうどいい。ここを今夜のキャンプ地としよう)
馬から降りて荷を下ろす。
さて、いつもならミステルがこれから夕食の調達に向かうのだが……
「ニコ、ルークくん。あっちを見てください」
ミステルが指差した方向を見る。
そちら側は今立っている場所と比較すると低地になっており、ちょうど水場になっているようだった。
なにかの生き物が数頭、水を飲んでいる姿が見えた。ここからじゃ遠くて俺の視力では種類までは分からない。
「水場に……なにか動物がいるね」
「グレートディアの群れです。ちょうどいいです。あれを今夜の夕食にしましょうか」
そういうとミステルはひらりとした身のこなしで近くの大きな岩の上に飛び乗る。そしてその場所から大弓を構えた。
「スキル展開。【鷹の目】、【狙撃】――」
ミステルがスキルを詠唱すると、手にした大弓がボンヤリと青白い光をまとった。そのまま獲物に向けて弦を引き絞る。
「こ、こんな遠くから……?」
俺の隣でミステルを見上げているルークは、あっけに取られたようにつぶやいた。
ミステルと標的の間の距離は、どれくらい離れているんだろうか。
少なくとも、人間よりも感覚が鋭いであろう野生生物が、まだこちらの存在に気づかないほどの距離だ。
矢をつがえるミステルからは、まるで獲物を狙う
矢の軌道、天候、風向き、風力。さまざまな要素を踏まえて、標的に狙いをつけているのだろう。
ミステルが引き絞った弓の弦を解放すると同時に、放たれた矢が風を切る音が響いた。
放たれた矢は一直線に飛び、そして……
「命中しました」
はるか先のグレートディアに見事に命中したようだ。
残りのグレートディアたちは、予期せぬ襲撃を受けて散り散りになって水場から逃げ出していく。
「少しお待ちください。獲物を回収してきますので」
そう言ってミステルはひらりと下におりると、仕留めた獲物に向かっていった。
「すごい……あんな遠くにいる敵を射抜くことができるなんて……」
ルークはまだ信じられないという表情を浮かべていた。
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