44話 ソフィーの本屋にて

 ドワーフの集落への訪問について、ミステルと相談をした結果、出発は一週間後と決めた。

 

 当然、ミステルも一緒に着いていくことになり、メンバーは俺とミステルとルークの三人ということになった。

 クロエも同行を強く希望したけれど、アリシアを一人残すわけにもいかず、また、ルークが不在の間の政務代行も必要とのことで、しぶしぶ居残りすることに同意した。


 ドワーフの集落があるガリア火山は、この街から馬を使って丸一日かかるとのこと。

 俺は出発に向けて、諸々の準備をすることにした。


「そういえば、ドワーフについて何も知らないんだよな……」


 関係改善に向けて交渉するからには、過去の経緯を踏まえることはもちろん、交渉相手の情報や特徴もしっかりと把握しておきたいところだ。


「そうだな、ソフィーに聞けばきっと色々教えてくれるだろう」


 俺はソフィーの本屋に向かうことにした。


 ***


 本屋に入ると、中でソフィーが本棚の前にしゃがみ込んで、なにやら作業を行なっていた。


「やあソフィー。何してるの?」


 俺は声をかける。


「あ、ニコくん……今、本の棚卸し中なんだ……ちょっと散らかってて、ごめんね……」

「普通そういう作業って店が閉まってるときにやるもんじゃない?」

「どのみち、お客さん来ないし……」


 まあ確かにこの店で俺の他にお客が入っているところを俺は一度も見たことがない。いつ来てもソフィーが一人、カウンターで本を読んでいるだけだ。


「それで、なにか御用……?」

「あ、うん。そうなんだけど……」


 俺は店内を見渡した。背の高い本棚が所狭しと並べられている。この量をすべて一人で棚卸しするのはかなり骨が折れそうだ。


「よかったら手伝おうか? 一人でやるのは大変でしょ」

「え、いいの……? 助かる、けど……」


 幸い今日は他に予定もない。

 いつもソフィーの豊富な知識には助けられているから、こういう時にちょっとでも恩返しをしておくのがいいだろう。


「じゃあ……お願いしようかな……こっちの本棚から順番に、本の背表紙を読み上げてくれる……?」

「了解!」


***


 棚卸しはかなり大変だった。

 気軽に手伝うなんて言ってしまった自分にちょっぴり後悔する。

 そもそもこの店にある本の量が半端ではないのだ。

 本の種類も様々だが、ジャンルごとに分けていくだけでも一苦労だった。

 

(毎回、ソフィーはこれを一人でやっているのか……)


 結局、棚卸しが終わったのは半日ほど経ってからのことだ。


「ふぅー! やっと終わったぁ~!」

「ありがとう。ニコくんのおかげで思ったより早く済んだ……感謝……」


ソフィーがニヤリと笑顔で言った。


「ソフィーがこんな大変な仕事をいつも一人でやってたなんて、知らなかった」

「ずっと本に触れているだけだから、あんまり大変だと思ったことはない、かな。重いものを運ぶのは結構大変だけど……」


 本好きならではの回答だな。


「ちょっと待ってて、今飲み物を持ってくるから」


 そう言うとソフィーはカウンターの奥に引っ込む。しばらくしてからニつのグラスを手に戻ってきた。


「はい、どうぞ……紅茶。今日は暖かいから、アイスで……」

「ありがとう」


 俺達はカウンター横のソファーに並んで座り、冷たいお茶を飲みながら一息つく。


「それにしても、すごい量の本だよね。王都でもこれだけの蔵書数を誇る本屋は少ないと思うよ」

「ここにあるのは半分はわたしの蔵書で、もう読んじゃった本だし……本当はこの十倍は置きたい本があるよ……」

「そんなに!?」

「うん……いつか全部集めて、ここに並べてみたい……」

「それは壮観だろうなぁ……でもそのためにはお店の増築が必要だね」


 そもそもこんな辺境の小さな街に、そんな大きな本屋を開いても、需要もなければ採算もとれないことだろう。

 

(そもそも、なんでソフィーはルーンウォルズで本屋を開こうと思ったんだろう?)


 俺は純粋な好奇心から、ソフィーに質問してみることにした。


「どうしてソフィーはこの店を開こうとしたの?」

「え、それ聞いちゃう……?」


 ソフィーは少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。


「えっと……わりとしょうもない理由というか……なんというか……」

「そういう言い方されると逆に気になるよね」


 ソフィーはゆっくりとその経緯を話しだした。

 

「その……昔からわたし本が好きで、大人になったら本を好きなだけ読める仕事につきたかったの……」

「それで本屋の主人に?」

「ううん。学院アカデミーを卒業した後は、魔法院の魔導書研究所グリモア・ラボで働くことになったんだけど……」

「魔法院!? すごいな、魔術師ウィザード系の働き口としてはエリート中のエリートじゃん!」


 俺は素直に驚いた。


「でも、すぐ辞めちゃって……」

「え、なんで? もったいない」

魔導書研究所グリモア・ラボなら、貴重な魔導書や禁書を読み放題って思ったんだけど……すっごい激務で……本を読む時間すらなくて……」

「あらら」


 ソフィーにとっては地位や名声、収入よりも、本を読むことのほうが大事ということか。

 俺は彼女の話を聞きながら苦笑いしてしまった。


「それで、しばらく実家で引きこもってた時に、ルークくんに誘われて……この街で本屋を開くことになりました……」

「そういうことだったんだ……」

「あの時、ルークくんが誘ってくれなかったら、たぶん実家から追い出されてた……今も引きこもりみたいみたいなものだけど……こうして本に囲まれて暮らせているのはルークくんのおかげ……」


 ルークとしては、辺境の領主に着任するにあたって、ソフィーの持つ豊富な知識の手助けが欲しかったといったところだろうか。うまいことルークとソフィーのニーズが合致したんだな。


学院アカデミー時代のルークはどんな感じだったの?」

「うーんと……今よりもっと明るかったかな。それに優しくて気配りが聞くから、みんなの人気者だったよ……」

「気配り上手っていうのはわかる気がするな」

「女子からの人気も高かったけど、何人か男子からもラブレターもらったり、してた……」

「それも分からなくもない気がする」

「おかげで妄想が……捗りました……ぐへへ」


 最後にソフィーがよく分からないことをつぶやいたけど、俺は聞き流した。

 

(ルークの持っている、不思議な魅力は、当時から健在だったということだな)


「今は大変そうだよね。この街のこと、色々と考えないといけない立場だから…… 」

「そうだね、俺も手助けできるといいんだけどな……」


 そうだ、忘れてた。

 ルークの手助けでドワーフの里にいくから、ソフィーに色々と聞きに来たんだった。

 俺は本屋に来た当初の目的を思い出して、かくかくしかじか、ソフィーに説明をした。


「そうなんだ……ガリア火山に……ドワーフと仲直りしにいくんだね」

「ドワーフのこと……ソフィーの知識を教えてくれない?」


 ソフィーはアゴに指をあてて考え込む仕草をした。


「うーんとね、ドワーフは人間より背は低いけど、頑丈な身体と屈強な筋肉を持つ種族だね……力が強いだけじゃなくて、手先がとても器用だから、種族的に鍛冶師ブラックスミス職人クラフターになる人が多いよ。寿命も人間ヒューマンより長くて、たしか、二百歳くらいだったかな……」


 ソフィーは自分の知識を呼び起こしながら、ぽつぽつと説明してくれる。


「性格は頑固で豪快で一本気……って感じ。同族をとても大切にする一方で、他種族とも交流は持っているから、比較的友好的なはずだよ……あ、でも、エルフとは種族的にソリが合わないっていうのはよく言われてる……かな」


「ふむふむ……他には?」

「あと、すごくお酒好き……かな。ドワーフはみんなお酒を飲んでるイメージがあるかも……」

「なるほど……」

「それから男性はみんな毛むくじゃらだけど、女性はちょっと小柄な人の少女に似た感じかな……えっと、わたしの知っていることはこれくらい」

「十分だよ。ありがとう」


 俺はソフィーから聞いたことを、頭の中でメモをとる。

 豪快で一本気で酒好きな種族か。腹を割って話し合えば案外すんなり和解できるかもしれないな。

 手土産にルーンウォルズの地酒でも持っていってあげるのもいいかもしれない。

 それと、ミステルとは馬が合わなそうだ。主に酒的な意味で。


「ありがとうソフィー。いろいろ話を聞けて、おかげで頭の中が整理できたよ」


 俺は紅茶を飲み干してソファーから立ち上がった。そろそろアトリエに戻ることにしよう。


「どういたしまして……ニコくんも今日は手伝ってくれてありがとう。また、いつでもきてね」


 笑顔で小さく手を振るソフィーを背に、俺は本屋を後にした。

 

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