42話 大浴場、再び

 

 宴会がお開きしたあと。


 俺はすっかり眠りこけてしまったミステルをアトリエに運び、彼女をベッドに寝かしつけると、一人、領主邸へとやってきた。

 

 目的は大浴場。昨日の戦いに加えて、今日の宴会でお酒を飲んだので、大きな湯船にゆっくりと浸かって、身体の疲れと酔いを癒したかったのだ。


「大浴場を使いたい? ニコならいつでもオッケーだぞ」


 クロエさんにあらかじめ断って、大浴場に入る。



「ふぅ……」


 体を洗い、温かい温泉に身をゆだねると、思わず大きなため息が出た。


「さて、これからどうするかな……」


 俺は湯船に浸かりながら、ぼんやりとこの先のことに思いを巡らせた。


 今回のハイオークの襲撃は運良く防ぐことができた。

 だけど、外壁の崩落問題そのものは解決したわけではなく、この街は依然として、魔族の襲撃の危険に晒されている。


(いくら街の中の環境を良くしたとしても、外から魔族が襲ってくるんじゃ、危なっかしくて住めたものじゃないよな。当然、去っていった人たちが街に戻ってくることはないだろう)


「やっぱり、街の復興のためには、外壁の修復は必須だよなぁ……」


 外壁はドワーフの技術で造られており、彼らの力がなくしては修復は不可能。

 なのに前領主がそのドワーフたちを追放してしまった。

 それも種族差別という理不尽な理由で。


 追放されたドワーフたちはガリア火山のふもとに集落を築いているとのことだ。

 領主がルークに変わってから、関係改善のために何回か働きかけをしているみたいだけど、なかなか簡単にはいかないみたいだ。


「これは……思い切ってドワーフの集落に直接乗り込んでみるしかないのかな……」


 過去の経緯があるから、当然、ドワーフ達はルーンウォルズの人間に対して排他的になっていることだろう。

 でも、俺のような外部の人間が、上手く彼らの間を取り持つことができれば、案外すんなりと仲直りできるかもしれない。


 いずれにせよ外壁の修復がなされない限り、ルーンウォルズの復興はあり得ない。

 俺たちはドワーフに正面から向き合わなくてはいけないのだ。


(よし、近いうちにガリア火山に行くように、ルークに提案しよう)


 俺は今後の活動方針を心の内で固めた。

 やっぱり、温泉はいいものだ。心身がリラックスしていると、不思議と思考も整理されてくる。


 俺はしばらくボーっとしながら、湯船の温もりを感じていた。

 すると脱衣所の方からガラガラッと戸が開く音が聞こえた。


(やばい、またアリシアちゃんか!?)


 俺は咄嗟にタオルで股間を覆い隠すと、浴槽の中に縮こまる。


「――! ニ、ニコさん!?」


「なーんだ、ルークか」


 中に入ってきたのはアリシアではなく、ルークだった。

 俺はほっとして胸を撫で下ろす。


「いや〜、またアリシアちゃんと鉢合わせかと思って慌てちゃったよ」

「な、なんでここに!?」

「広いお風呂にゆっくり浸かりたくてさ、クロエさんに頼んで入れさせてもらったんだ」

「ク、クロエ〜、なんで教えてくれないのかなぁ……! あの、すみません、僕……! ニコさんが入浴してること、知らなくて……! すぐ出ますね!」

「いやいや、別に気にしないよ。男同士だしね」

「いえ、そうじゃなくて……いや、そうなんですけれど……あぅ」

「そんな、女の子みたいにタオルで体を隠してないで。二人でゆっくり話せる機会もなかったことだし、せっかくだから裸の付き合いといこうじゃないか」

「は、は、は、裸……あわわ……」


 ルークはなぜか顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。


「どうしたのルーク? さてはキミ相当酔ってる?」


 俺は心配になって湯船から立ち上がり、ルークのそばに寄ろうとした。


「ひゃあ! ぼ、僕は大丈夫ですから……! ど、どうかそのまま、湯船につかっていてください……!」

「そ、そう?」


 ルークに制止されたので、俺は再び湯船に浸かった。

 ルークは大きめのバスタオルを体に巻きつけたまま、恥ずかしげにもじもじと、入り口付近で立ち尽くしている。


「ルーク、はやく湯船に浸かりなよ。ずっとそこにいたんじゃ風邪ひいちゃうよ?」

「そ、そうですね……」


 ルークはタオルを全身に巻きつけたまま、素早くかけ湯をすると、ぎこちない動きで湯船に入り、俺とは反対側の縁に背を預けて体育座りをした。


「あのー、なんでそんな隅に……?」

「いえ、その……隅っこが落ち着くので……」

「ああ、そう……」


 なんだか様子がおかしいけど、どうしたんだろうか。

 俺のことをそんなに嫌ってるってことはないと思うんだけど……体はちゃんと洗ったからクサイってこともないとおもうぞ。


 ま、深く追求することはやめておこう。もしかしたら自分の体に自信がないのかもしれないしな。


***


「そうだ、ルーク。さっき湯船の中で考えていたことなんだけど……」


 俺はルークにドワーフの集落に行くことを相談した。


「そうですね……街の復興のためには彼らの助力は不可欠ですから。僕もいつかは彼らに向き合わなくてはならないと思っていました……その、ニコさんが一緒にいてくれるなら、とても心強いです」

「それじゃあ一緒に言ってくれるかい?」

「はい、もちろんです」


 ルークも乗り気になってくれた。領主自らが関係改善のために足を運ぶのだから、門前払いをくらうことはないだろう。

 交渉のテーブルについてから、どこまでうまくやれるかは俺の力の見せ所だ。


「ありがとう、それじゃあミステルとも相談して、出発の日取りを決めるよ。また連絡するね」

「ミステルさんと……はい、そうですよね……」


 少しルークの声のトーンが沈んだ気がする。


「ルーク? どうしたの? 何か心配ごと?」

「あ、いえ……そういうわけじゃないんです」


「ニコさん、その……変なこと聞くかもしれないんですが……ニコさんとミステルさんは、やっぱりお付き合いされているんですか……?」

「はぁ?」


 唐突な質問に面食らう。


「いえ、深い意味はないんです。ただ、その……さっきの宴会のときもそうでしたけど……二人はとても強い絆で結ばれている気がして……一緒に住んでいますし、やっぱり男女の関係なのかなって」


 ルークは言葉を濁しながらモジモジとしている。

 なんだなんだ? 他人の色恋が気になるお年頃なのか?


「いやいや、俺とミステルはそういう関係じゃないよ」

「じゃあ、どういう関係なんですか!?」

 

 うーん、改めて問われると答えが難しい。


 パーティーの仲間、連れ合い、友達、家族、恋人

 そのどれもがしっくりこない表現だ。


「強いていえば、相棒かな……お互いがお互いを信頼しているからこそ、戦いのときに背中を預けられるし、家族や恋人じゃなくても、同じ屋根の下でも暮らせるんだよ。ミステルがどう思ってるかは別として、俺はそう思ってるよ」


 俺の言葉をルークは小声で反芻はんすうする。


「相棒……そっか……うん……それなら……」


 なんだろう、今度は声のトーンがやたらと上がった。


「それにしてもどうしたの、突然そんなこと聞いて。あ、もしかしてミステルのことが気になってる?」

「ち、違いますよ!」


 ルークは慌てたように否定した。


「ごめんなさい、その、お二人のことをもっと知りたくて。でも大丈夫です。聞きたいことは聞けましたから。ありがとうございました」

「? なんだかよくわからないけど、どういたしまして……」


 ルークの様子がさっきからちょっとおかしいけれど、お酒の影響なのだろうか。

 

 そういう俺も酒が入った状態で長く風呂に浸かっているから、すこしのぼせ気味になってきた。そろそろ風呂から出たほうがいいかもしれない。


「じゃあ俺は先に上がるね」

「はい、僕はもう少ししてから上がりますので」


 ルークを残し、湯船を出る。

 脱衣所で着替えてから廊下に出ると、クロエさんと出くわした。


「あぁクロエさん。お風呂ありがとうございました。いい湯でした」

「そんなことより、主人あるじ様とのお風呂、どうだった? 押し倒されたか?」

「え? 別になにもなかったですけど?」

「ちっ、ヘタレめ……」

「はい?」


 クロエさんは意味不明なことを呟くと、そのままスタスタと奥に歩いていってしまった。


(うーん? 一体なんなんだ?)


 俺は首を傾げながら、アトリエに戻った。

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