41話 勝利を祝う会
祝賀会はルークが酒場を貸切にする形で行われた。
昨日の防衛戦に参加した衛士たちや商会の人間、冒険者たちが集まり、酒場の中は陽気な喧騒に包まれている。
「みんな、
アベルが声を張り上げると、周囲から歓声が湧いた。
「ひょー! さすが領主様!」
「いいぞ、いいぞー!」
「太っ腹ー! 最高だー!」
続いてアベルが大声で音頭を取る。
「我らの勝利を祝して! 乾杯!」
「カンパーイ!」
乾杯の音頭を機に、宴が始まった。
男たちは酒を酌み交わし、テーブルの上に所狭しと並ぶ数々の料理に舌鼓を打ちながら、思い思いに語らい、大いに笑う。
皆、戦いの
俺とミステルはテーブルの隅の席に座り、もくもくと料理を堪能していた。
「ニコ殿! ミステル殿! 今日の主役はアナタ達二人なのですから、そんな隅っこに座ってないで、こっちに来ましょうや」
片手に
すでに大分酔いが回っているらしく、普段の彼らしからぬ満面の笑みを浮かべ、砕けた口調になっていた。
「ありがとう、アベルさん。だけど遠慮しておきます、大勢の人に囲まれるのはあんまり得意じゃないんです」
「同じくです、わたしも遠慮しておきます」
と言いつつ、俺の場合はムサい男たちに囲まれて酒を飲むより、ミステルと一緒にいた方がいいというのが本音だ。
「それにしてもニコ殿、先の戦いで見せた策は本当に大したものでしたなぁ! 失礼ながら支援職の身で、戦場であそこまで見事な策を展開できるとは、思いもよりませんでしたよ!」
「いや、そんな上等なものじゃなくて、自分のスキルでできることを必死で考えただけだよ」
「実際に戦いの場で、それを実行できる者は少ないですよ。大抵の人間はオタオタするだけですからねぇ。この街が再び危機に見舞われたときも頼りにしていますぞ!」
「うん、俺にできる限りのことはするよ」
アベルはそういうとガッハッハと豪快に笑いながら再び宴の中心に戻っていった。
「アベルさんお酒に酔うと別人ですね」
ミステルがアベルの後ろ姿を見ながらそう呟いた。
俺は
ちなみに彼女はまだお酒を飲んでいない。本人曰くお酒を飲むと
もちろん口には出さない。
「ニコさん、ミステルさん! 楽しんでいますか?」
「やぁルーク」
アベルとの入れ違いで、今度はルークがやってきた。
「隣、座ってもいいですか?」
「もちろん」
ルークは俺の隣の席に座る。俺はルークのグラスに果実酒を注いでやった。
「ありがとうございます。んぐ……ふぅ……」
ルークは一口それを飲むと、ため息をついた。
「ルークも大変だね。防衛戦に現地で参加して、その次の日に
「いえ……直接戦った皆さんに比べれば僕なんて全然……でも、皆さん喜んでくれたみたいでよかったです。少しは領主として、皆さんに恩返しできたかな」
「大丈夫、ルークが領主として街のために精一杯頑張っていることは皆知ってるよ。だから逆に無理しすぎちゃダメだよ」
ルークは自分の領主という立場に責任を感じているのか、いつもどこか気負っているような印象がある。
(もう少し肩の力を抜いていいと思うんだけどな)
「ニコさんにそう言ってもらえて嬉しいです。……それと、昨日は危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました」
ルークは改めて感謝の言葉を口にした。
「いやいや、あのときはただ必死だっただけさ」
「ふふ、ハイオークと戦っている時のニコさん……すごくカッコ良かったです」
そう言ってルークは頬を赤く染めた。
なぜ、頬を赤く染める?
「やだ、僕は何を言っているんだろう。酔ってるのかな……!」
そういうとルークはさらに顔を赤くして、少し潤んだ瞳で俺の顔を見つめてくる。
(なんなの? 最近の男の子はこんなに可愛いものなの?)
俺がそう悶えていると――
「ニコ、今の話はどういうことですか? ハイオークと戦ったというのは……?」
ミステルが俺の服の裾を掴み、ジト目でこちらを見つめてきた。ただ質問しているだけなのに、圧が物凄い。
「あ、いや、その……」
「ニコさんは仕留め損なったハイオークに襲われた僕をかばってく、たった一人で戦って、見事にハイオークを討ち取ったんです! ニコさんがいなかったら僕はハイオークに殺されていたかもしれません!」
言葉を濁す俺の代わりにルークが説明した。
「ちょっ……ルーク!」
「ニコ、朝に話していた『ちょっとしたトラブル』とはそのことですか?」
「あ、いや……まぁ、そういうことになるかな」
「ニコ……危険なことを絶対しないって……わたしとの約束……破りましたね」
そう呟くとミステルは俯いて黙り込んでしまった。
な、なんか怖いぞ……
「いや、でもルークを助けることができたし、俺もこの通りピンピンしてるわけだし、結果オーライだよ!」
慌ててフォローを入れる。
「ハァ……ニコは何も悪くありません。悪いのは後先のことを考えずに、スキルで力を使い果たしてしまったわたし。もっと……もっと……強くならなくちゃ……ニコにふさわしい……」
「あ、あの……ミステルさん?」
ブツブツと呟きながらミステルはグラスに果実酒を注いで……
や、やばい!!
止める間も無く、それを一気に飲み干した。
「……ニコぉ」
あちゃー、ダメだ。みるみるうちに顔が赤くなり、完全に目が座っている。
俺は急いでグラスに水を注ぐと、ミステルに手渡した。
「大丈夫? ほら、とりあえずこれ飲んで……」
「そんなものわぁ……いらないのです!」
ミステルはそれを拒否して、空いた自分のグラスにさらに酒を注いで、一気にあおった。
ああ、今度は蒸留酒だ。けっこうどぎついやつ。
「ふわぁ〜」
ミステルはふらつく。
「キラービーのときも〜、今回も〜、いっつもいっつも! どうしてニコは無茶ばかりするんでしゅかぁ!!」
あっという間に呂律が回らなくなっていた。
「自分の命が危なくなりゅかもしれないのにぃ、他人のことばっかり考えて……」
「み、ミステル……?」
なんと、ミステルの瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「ヒック、あなたが死んだら、悲しむ人がいるんですにょ! わたしだって……グスン……もしあなたの身になにかあったら……」
ボロボロと大粒の涙をこぼすミステル。
「わ、わかったよ……心配かけちゃったね」
よしよしと頭を撫でてあげる。
するとミステルは勢いよく抱き着いてきた。
「ちょ、ちょ……!」
心臓の鼓動が跳ね上がる。
「うぅ……バカバカバカバカ……バカァ……」
ミステルはそのまま俺の胸の中で泣き出してしまった。
「み、ミステル……、大丈夫?」
「大丈夫じゃありましぇん! いつも……いつも、不安になるんでちゅ! あなたがいなくなったらどうしようって……!」
俺はうろたえながら、ヒックヒックと嗚咽を上げる彼女の頭を優しく撫でる。
「ご、ゴメンね、ミステル……いつも心配かけて」
「あやまりゃないでくださぃっていっちゅも言ってるじゃないですか! あともっと頭を撫でてくださぃ」
俺は嗚咽に震えるミステルの頭を、ひたすら撫で続けるしかなかった。
***
それから半刻。
「すぅ……すぅ……」
ミステルは俺の胸の中に抱きついたまま、穏やかな寝息を立てている。ひとしきり泣いた後はあっという間に眠ってしまった。
(え、ちょ……これどうすればいいの?)
「ははは、モテる男は辛いねぇ」
「まったくじゃ、若いもんはいいなぁ!」
「ほっほっほ」
「うらやましけしからん」
「リア充死ねリア充死ねリア充死ねリア充死ねリア充死ねリア充」
側から見ると抱きつかれているような――まぁ実際に抱きつかれているのだが。
そんな俺たちを冷やかすように、周りからはからかいの声が聞こえてくる。
(いやいや、そういう状況じゃないんだって)
俺はため息をついた。これは、しばらくこうしているしかなさそうだ。
「ルーク、ごめん。お酒を一杯ついでくれる? できればキツいやつ」
「あはは……わかりました」
今日は飲もう。
今日くらい、俺も酔ってもいいじゃないか。
俺はルークから受け取ったグラスを、勢いよくあおった。
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