31話 スローライフは慌ただしく

 ルーンウォルズでの仕事を本格的に始めてから、慌ただしく日々は過ぎていった。


 俺とミステルは、ルークの元に寄せられる、街の人からの依頼を請け負うことにした。


 依頼の内容は多種多様だ。街の近くに現れた魔族の討伐だったり、下水道に大量発生したジャイアントローチの駆除みたいな誰もやりたがらない仕事や、逃げ出した飼い猫の捜索なんて依頼もあった。

 

 こんなに小さい街なのに依頼は次から次へと寄せられる。それだけこの街には人手が足りておらず、みんなが困っている証拠だった。

 

 どちらかというと冒険者の依頼というより、街の便利屋といった仕事がメインだったけど、俺とミステルは黙々と依頼をこなしていった。


「ニコさん、いつも悪いねぇ」

「アンタたちは命の恩人だよ!」

「ミケを見つけてくれてありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ニコ様たちのおかげで本当に助かりました」


 小さい街だからこそ、依頼人の顔が直接見える。

 依頼を達成すると、そのたびに依頼人は笑顔になって俺たちに感謝の言葉を伝えてくれた。

 

 その度に俺は誇らしい気持ちになったし、ミステルもどこか嬉しそうだった。青の一党ブラウ・ファミリアにいた頃には味わうことのなかった爽やかな充実感だった。


 もちろん、依頼の請負の合間に、錬金術でアイテムを生産することも忘れない。回復薬ポーション解毒剤アンチドートといった戦闘用の薬の他にも、風邪薬や傷薬、果ては石鹸や香料まで、いろいろなアイテムを錬成した。


 特に喜ばれたのが『身隠しの香水』だ。これは、人族が放つ匂いを消臭して、魔族を寄せつけないようにするアイテムだ。

 本来は旅人や商人などが使うものだが、この街の人は狩猟や採集のために近くの森や山に入ることが多いので、需要がかなり高かったようだ。


 それから、定期的に回復薬ポーションを卸すようになってから、頻繁に商会に出入りするようにもなった。


「ん〜、相変わらずホレボレする品質だねぇ。いや〜、ニコの旦那が来てくれて、本当にこの街は大助かりだよ」


 俺が作成した回復薬ポーションを鑑定して、がはははは、と豪快に笑うのは雑貨屋のオヤジ。名前はゴッツという。

 俺が薬を卸すようになってから、この店にはよく顔を出しているのだが、すっかり馴染みになってしまった。

 最近は安価な良薬を求める客が増えて、どんどん忙しくなっているらしい。


「でもちょっともったいないねぇ。この品質なら価格を十倍倍でつけたとしても、王都でだって売れるだろうに」

「それは言い過ぎだって」

「俺は商いには嘘はつかないよ。まあ、その謙虚なところもアンタのいいところだけどさ。ほら、いつもの素材を取り寄せておいたよ」

「悪いね。助かるよ」

「なーにいってんだ。感謝しなきゃいけないのは俺たちのほうだよ。それを使ってバンバンいい薬を作ってくれよ」

「うん、がんばるよ」


 こんな感じでゴッツは定期的に、薬に必要な素材を仕入れてくれるようにもなった。


 こうなってくると段々と一日の流れも決まってくる。


 朝起きると大体俺が朝食を作る。

 ミステルは俺より早起きして、外壁周りに魔族の痕跡がないか、見回りをするからだ。

 彼女が見回りから戻ってきたら二人で朝食だ。食後はミステルの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、一日の活動方針について話し合う。


 午前中は二人で一緒に依頼をこなすことが多い。もしくは素材を集めに、近くの森や山を探索したりもする。その場合はだいたい一日掛かり、一泊二日で野営をすることもある。


 昼食は朝のうちに作ったお弁当を食べることが多い。サンドイッチだったりおにぎりだったり。その日の気分で俺が二人分用意する。

 

 そして昼食をとってから夕方まで、俺は工房にこもってアイテムを錬成する。

 ミステルはこの間、単独で依頼を受けたり、弓の訓練や武器の手入れをしたりしているようだ。


 夕方になって日が落ちたら今日の仕事は終わりだ。夕食は二人でアトリエで食べたり、たまに街の酒場で外食したりする。残念ながら基本的にアルコールは抜きで。

 

 食事が終わったら、二人でたわいもないことを話して、眠くなってきたらお風呂に入って就寝だ。

 ちなみに週末は領主邸の大浴場に通っている。週に一度のささやかなご褒美だ。

 

 これが大体の一日のルーティンだ。

 

 そうそう、忘れてはいけないのは押しかけ一番弟子、アリシアの存在だ。

 


「ほんとに来たんだ……」

「当たり前だよ! わたし本気で錬金術を覚えたいんだから」


 彼女の口から錬金術を習いたいと聞いた翌日。彼女はさっそくアトリエに押しかけてきた。


「えっと、俺のできることは協力するって確かに言ったけど……、誰かに錬金術を教えるのは初めてだからさ、その、あんまり期待しないでよね」

「はい、師匠。期待しません!」


 アリシアは大きな声で返事する。うん、元気があってよろしい。


「じゃあ、まずはこれを読んで」


 俺は一冊の本をアリシアに手渡した。


「錬金術教本……?」

「俺が学院アカデミー時代に使った教科書。捨てなくてよかった。まずはこれを読んで、錬金術の基礎理論とか仕組みを学ぶといいよ」


 アリシアはパラパラと本をめくる。見つめる瞳は真剣そのものだ。


「分からないことがあったらなんでも質問して。その一冊を自分なりに理解できたと思ったら、実践に入っていこうか」

「わかりました! 師匠!」


 うんうん、素直で大変よろしい。

 

 いろいろ教え方を考えたけれど、やっぱり最初は基本が大切だ。下手に実践的な訓練から入るよりも、退屈な座学だったとしても錬金術の基礎をみっちり学んでもらったほうが、結果として上達の近道だ。それに彼女の本気度を図ることもできる。

 

(……けっして俺が教えるのをラクしようとしているわけではない)


 それからというもの、アリシアは午後になると「師匠! 今日もよろしくお願いします!」といって、アトリエに押しかけてくるようになった。そして質問攻めの毎日だ。


「師匠、この錬成陣はどうしてこうなるの?」

「ああ、それはこの素材の性質を利用したもので……」


「師匠ー!ここのところがよくわからないよー!」

「うーんと、それはね、水と油は乳化すると混ざるように、異なる物質を結合させる性質があるんだよ」


「師匠、これはどうやったらできるの?」

「ああ、それね。素材に熱を加えて変形させてあげるんだ」


「師匠!これなにに使うの? なんの役に立つの?」

「これはね、金属と植物性素材を融合させて、新しい合金を作るときに使うんだ。身近な例だと……」


 結論からいうと、アリシアの熱意は本物だった。

 態度は素直だし、こちらが教えたことをスポンジのように吸収していく。

 彼女はひたむきな努力ができる子だった。


「すごいね、アリシア! もうここまで進んだんだ」

「えへへ、師匠の教え方がいいからだよ。いつもありがとう!」


 こうなってくると教えてる側も楽しくなってくるものだ。アリシアの存在もまたアトリエの生活にすっかり馴染んでいった。


 ただ一つ気になるのは、ミステルがたまに「工房に二人きり……なんとかしないと……」とブツブツ呟いているときがあることだ。あれは一体なんなんだろう。


 とまあ、こんな感じで、俺たちがアトリエに住み始めてから、あっという間に一ヶ月が経過した。

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