30話 弟子ができちゃいました


「こ、こんなに品質の高い回復薬ポーションは初めて見ました。しかも【滋養強壮じようきょうそう】の付加効果エンチャントまでついているなんて……!」


 俺が錬成した回復薬ポーションの鑑定結果を見て、ルーンウォルズ唯一の医者が驚きの声をあげた。


 ここは病院だ。薬瓶の小分けが完了してから、俺とアリシアはまず病院に向かった。


「どうですか?  先生。これなら魔族との戦闘で傷を負った人の回復にも使えますし、病人向けやちょっとした疲労回復にも使えるので、きっと多くの患者さんを助けられると思います」

「ええ、ええ、間違いありません。ありがとうございます、ニコ様」

「とりあえずのストックは三〇〇個ありますので。無くなりそうになったら連絡してください。すぐに追加分を錬成しますから」

「それで、その……、、お代のほうはいくらくらいになるのでしょうか」


 医者はおそるおそるといった様子で尋ねる。病院といっても街の小さな診療所だ。いかに良薬であったとしても、価格が高額であれば手が出ないのだろう。


「お代はいりません。この回復薬ポーションは寄付します」

「……!?  寄付ですと? こんな高品質な薬を、いいんですか?」


 ちなみに一般の回復薬ポーションは一瓶五○エルクだ。当然品質がよくなるともっと高くなる。ありふれているが決して安くはない薬なのだ。


「俺はこの街の復興に力を貸すという依頼を領主様から受けていますので。報酬はそこから十分にもらっています。だから遠慮なく受け取ってください」

「ああ、なんとお礼を言えばいいのか……。本当にありがとうございます」


医者は改めて深々と頭を下げた。


「魔物の襲撃から三年。どんどん廃れていく街の姿をみて、わたしもそろそろ潮時かと弱気になっていましたが。これだけ高品質の薬を使えるのなら、弱音を吐いている場合じゃありませんね」

「領主ルーク様もこの街のために全力を尽くしています。どうか彼を支えてあげてください」

「そうですね、わかりました」


 俺たちは病院を後にして、その足で次は衛士団に移動する。

 

 衛士団でも病院での反応と同様だった。まずは薬の品質に、次に無償で寄付をするという行為に、それぞれ驚かれて、感謝された。

 

 今回の回復薬ポーション錬成は色々と苦労したけれど、その苦労が報われた瞬間だった。

 こうして俺は病院に三○○、衛士団に二○○。合計五○○の回復薬ポーションをすべて寄付した。


***


 その帰り道。夕焼けに染まりつつある空の下、俺とアリシアは二人並んで歩いていた。

 俺の隣を歩くアリシアはひどく上機嫌で、鼻歌を歌っている。


「みんな喜んでくれてよかったね」

「そうだね、それだけこの街は薬品不足に苦しんでいたってことなんだろうな。これでちょっとでも状況がよくなればいいんだけど」

「ふふ、皆がニコの作った回復薬ポーションを褒めてくれたときね、なんだか私、自分のことみたいに嬉しくなっちゃった。ニコが頑張って作った回復薬ポーションが、これからたくさんの人の役に立っていくんだね」

「うん、これから回復薬ポーションを増産して、少しずつ商会にも卸していこうと思うんだ。そうすればもっともっと、沢山の人の手に渡るようになるはずだよ」


 本当に今日は働き尽くしの大変な一日だった。だけどその分充実した一日でもあった。俺は達成感と心地よい疲労感に包まれていた。


「……ねぇ、ニコ。変なこと聞くかもしれないけど笑わないで聞いてくれる?」

「どうしたの?」

「その……、錬金術って、わたしでも勉強すれば使えるようになるかな?」

「アリシアが? 錬金術を?」


 意外な質問に思わず聞き返す。まさかアリシアからこんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。


「はじめてニコの錬金術を見た時、感動した。ときめいたの。魔法じゃないのに、まるで魔法みたいな力で。みんなを笑顔にして……わたしも使ってみたいって本気で思ったの」


 たしかに出会ってすぐの頃から、アリシアは俺の錬金術に興味津々だった。


「それに……」

 

 アリシアは少しだけ寂しそうな顔をして視線を落とした。


「わたしもお兄ちゃんの役に立ちたくて。お兄ちゃんここに来てから、ずっと無理しているから。いつもニコニコしてるけど、なんとなくわかるんだ」

「アリシア……」

「だからわたしが錬金術を使えたら、お兄ちゃんの役に立てるって思ったの。だけど、やっぱり難しいよね……」


 あはは、と苦笑いするアリシア。


「しっかりと時間をかけて、本気で錬金術を学べば、無理じゃないよ。もちろん素質とか才能もあるとは思うけどね」

「ほんと!?」


 アリシアは俺の言葉を聞いて、パッと表情を輝かせた。


「あ、でも、本気で勉強するなら錬金術師アルケミスト学院アカデミーで学ぶのが一番だね。現に俺もそこで勉強したし」

「うーん、お兄ちゃんを置いてこの街を離れるわけにはいかないのよね……」

学院アカデミーがダメなら、腕のいい錬金術師アルケミストに弟子入りするのも方法の一つだけど……」

「え、本当? それならすぐに弟子入りできるよ」

「え? この街に俺以外に錬金術師アルケミストなんていたっけ……?」


 俺は首をひねる。


「いるよ。目の前に一人、わたしにとっての最高の錬金術師アルケミストが」


 アリシアはまっすぐ俺を指さした。


「え、俺?」

「うん、そう。だって、ニコの作る回復薬ポーションは最高だよ! あんなにすごい品質のアイテムを作れる人なんて、他にいないと思うの!」

「いやいやいや! それは買い被りすぎだよ! 俺なんてまだまだ錬金術師アルケミストとして未熟者で、とてもじゃないけど、人に教えることなんてできないよ!」


 俺は全力で否定するが、アリシアは譲らない。


「教えてくれなくてもいいの! ニコの錬成を間近で見せてくれて、わたしの質問に答えてくれればそれでいい。わたしはニコから学びたい。そしていつかはせめてニコのサポートができるようになりたい。それが今の目標」


 そう語るアリシアの目は真剣そのものだ。

 一時の勢いに身を任せているわけではないらしい。


「その、さっきも言ったとおり、俺はまだまだ未熟だし、人に上手に教えることはできないと思うけど、それでもいいの?」

「うん、それでもいい。だからお願いします、師匠」


 アリシアは深々と頭を下げた。


「わかった。そこまで言うなら、俺に出来る限りの協力はさせてもらうよ」


「やった、ありがとう! 師匠」


 アリシアは嬉しそうな顔で笑う。


「いや、その師匠っていうのは、恥ずかしいからやめてほしいんだけど」

「え、じゃあなんて呼べばいいの? 先生? マスター? ご主人様?」

「これまで通りニコでいいよ」

「それじゃダメ! こういうのはケジメが大切なんだから」


 お嬢様のくせに妙なところでかたくなだ。


「もう好きにして……」

「はい、師匠!」


 こうして俺に錬金術の弟子ができてしまった。


 

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