28話 アトリエの錬成具を使ってみよう

 オイレの森からルーンウォルズまで戻ると、俺はそのままアトリエの工房に直行した。


「病み上がりなんですから無理はしちゃダメですよ」


 ミステルは俺の体調を心配してくれたが、自分の身体のことは自分が一番わかっている。

 街に着く頃にはすっかりキラービーの毒も抜けていたので、すぐに回復薬ポーションの錬成に取りかかりたかった。


(アトリエに備えられた、いろいろな錬成具を試してみたかったんだよな)


 『錬成具』とは、文字通り錬金術を行使するための道具のことで、錬金術師が自身の錬成陣を刻むことで、使用することができる。

 

 このアトリエには二つの錬成具が備わっていた。


 まず一つは『錬成釜』だ。

 

 錬成釜はその名の通り大きな釜のような見た目をした錬成具だ。釜の底に錬成陣を刻んでから、中に素材を入れることで自動オートで生成を行うことができる。

 今回のように特定のアイテムを大量生産したいときなどは、いちいちスキルを使うより、錬成釜を使うと非常に効率的だ。


 もうひとつの錬成具が『錬成符』だ。

 

 錬成符はカードタイプの錬成具で、術師が錬成陣を書き入れることで使用することができる。

 一度、錬成陣を書き入れてしまえば、錬成符が破れたりしない限り永遠にスキルなしで錬成が可能だ。

 何より便利なのが、錬成符を好きなところに設置することで、術師から遠く離れた場所でも遠隔で錬成を行うことができるという点だ。しかもその発動条件も術者が任意に設定可能。

 

 ただし錬成釜と違って材料を入れればなんでも作れるわけじゃなく、一つの錬成符で作れるアイテムは一種類だけという制約がある。

 

 ちなみにこの錬成符……普通に買うとなるとべらぼうに高い超高級品だ。以前住んでいた錬金術師アルケミストが使っていたものが手付かずに沢山残っていたのは本当にありがたい。


 錬成釜にしても錬成符にしても、スキルの代わりとなるアイテムなのだ。使い方次第で様々な応用が効く。


青の一党ブラウ・ファミリアでも、これさえあればずいぶん楽だったんだけどなぁ」


 俺は幾度となく錬成具の導入を提案したけれど、ことごとく却下されてきた。


『そんなものなくても錬成できるんだから必要ない。お前が楽したいだけだろう』


 ラインハルトに言われた言葉を思い出す。結局彼は錬金術師アルケミストの苦労なんてこれっぽっちも分かろうとしなかった。


 けれど、これからは自分自身のアトリエで、思う存分、錬成具を使うことができるんだ。


 俺は回復薬ポーションの錬成にあたり、さっそくこれらの錬成具を使うことにした。


(ふへへ、さっそく試すぞ!)


 回復薬ポーションの錬成に必要な素材は、薬草と精製水。まずは精製水を大量に作らないといけない。


 俺はさっそく錬成符を使ってみることにした。錬成符に精製水を作成するための錬成陣を書き入れる。


「錬成対象は水道の蛇口から出る水。発動条件は、蛇口をひねった時に設定……っと」


 そして、それをアトリエに備えられた手頃な蛇口に設置する。


 これで準備は完了。簡単なものだ。


「さてと……、うまくいきますかね」


 俺はその蛇口をゆっくりと捻った。

 すると、設置した錬成符は青白く輝きだし、蛇口全体がその輝きに包まれる。蛇口を閉めるとその輝きは失われた。うまく錬成符が機能した証拠だ。


 俺は蛇口からでた水をビーカーに汲んで【分析アナライズ】した。


――――――

――――――

 【精製水】

 解説/不純物を取り除いた純粋な水。

 効果/様々な薬の材料として使える。

 品質/S

付加効果エンチャント/なし

――――――

――――――


(よっしゃあ! 完璧!)


 俺は小さくガッツポーズ。

 ばっちり精製水が水道から出ている。錬成符の使用は大成功。これで蛇口をひねるだけで精製水は使いたい放題だ。


 精製水は回復薬ポーションに限らず薬品の錬成に欠かせない素材。これで薬品錬成の効率は爆上がりだ。

 

 しかも品質Sがついたのは嬉しい誤算だ。ルーンウォルズの水質がそれだけいいということだろう。


(さて、お次は錬成釜を……)


 次の段階、錬成釜を使った回復薬ポーションの大量錬成に取り掛かろうとした時、アトリエのドアベルが鳴った。


 誰か来客だろうか。

 俺は工房から出て玄関の扉を開けた。


「あれ? アリシア。どうしたの?」


 扉の向こうにはアリシアが立っていた。今日はルークやクロエさんはおらず、一人で来たようだった。


「えへへ、さっきミステルと会って。ニコのことを聞いたら、アトリエでアイテムの錬成をしているって聞いたから来ちゃった」


 ミステルはオイレの森でオークと遭遇したことを、念の為ルークに報告しにいくと言っていた。多分そこでアリシアと会って、立ち話でもしたんだろう。


「ねえ、わたしも工房の中に入っちゃだめかな?」

「え? 工房に?」

「もちろん作業の邪魔は絶対にしないから」

「邪魔なんてことはないけど、退屈じゃないかな?」

「ううん! そんなことない。わたし、ニコの錬金術をもっとそばで見たいの!」


 どうやらアリシアは錬金術にすっかりハマってしまったようだ。そんなに危険なものもないし、工房に入れてあげてもいいだろう。


「了解、じゃあこっちにおいで。これから回復薬ポーションを錬成するところなんだ」

「やったぁ!ありがとうニコ」


 アリシアはぴょんぴょんと飛び跳ねるように喜んだ。

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