27話 孤独な少女の膝枕

「うーん……」


 どれくらい気を失っていたんだろうか、木漏れ日から差し込む光に眩しさを感じて、俺はまぶたを薄く開けた。


 ぼんやりとしていた視界が次第にクリアになっていくと、同時に心配そうに見つめているミステルの顔が映った。


「あれ、ミステル……」

「よかった……! 目が覚めたんですね」

「ここは……?」


 俺は起きあがろうとして身体に力をいれようとするが、毒の影響かうまく動かすことができない。身体の感覚も十分に戻っていなかった。


「ダメです。まだ身体を動かさないでください。もう少しだけ安静にしておかないと」


 ミステルは優しく押しとどめるように、俺の額を撫でた。


「ここは昨日わたし達が野営をした場所です。周囲に敵の気配はありませんので安心してください」

「俺……キラービーに刺されて、そのまま気を失ったのか」

「はい。でも、解毒剤アンチドートはわたしが飲ませましたので、毒の心配はありません」

「ミステルがここまで運んできてくれたの? 迷惑……かけちゃったね」

「迷惑だなんて言わないでください」

「うん……ゴメン」

「謝るのもダメです。それと……今回みたいに一人で無茶をするのはもう二度とやめてください」

「うん……努力するよ」

「約束ですよ?」

「わかった、約束するよ」


 ミステルは俺の言葉を聞くと、安心したように微笑んだ。よく見ると、彼女の目元が腫れぼったくなったように赤くなっていた。


「もしかして泣いていたの?」

「ち、違います! これは目にゴミが入っただけです!」


 ミステルは慌てて顔を背けた。


 ミステルは一見クールで冷たそうに見えるけど、本当は仲間思いで心優しい女の子だ。きっと本気で俺のことを心配してくれたんだろう。悪いことしてしまった。


 ゴメンと言おうと思ったけど、謝るのはダメと言われたばかりだったので言葉をグッと飲み込んだ。

 

 その代わり、ミステルに向かって精一杯、微笑んだ。


 しばらく身体を休めていると、段々と痺れも薄れてきて身体の感覚が戻ってきた。

 と、同時に自分の後頭部になにか柔らかいものが当たっていることに気がついた。


(……んん?)


 自分が今置かれている状況を整理することにする。

 

 さっきから俺は仰向けになって寝かされている。

 そして、視界にはミステルの顔がずっと入っている。距離もけっこう近い。しかも彼女の手は俺の頭をずっと撫でている。そして後頭部に感じる柔らかく心地よい感触。


 これはつまり……


「あのー、ミステル……俺、どれくらい気を失ってたのかな?」

「三時間くらいです」

「その間、ずっとこうしてくれたの?」

「はい、ニコが起きられるようになるまで、ずっとこうしていますよ」

「そっかぁ……」

 

 俺は状況を完全に理解した。

 どうやら俺はずっとミステルにひざ枕されながら、頭を撫でられていたらしい。


(ひざ枕……これが、かの有名なひざ枕……)


 恥ずかしながら初めての経験だ。


 女の子に、しかもこんなにかわいい子にひざ枕をしてもらっているなんて。なんという至福の時間なんだ。

 こんな状況シチュエーションを味わえるなら、いくらでも気絶していいんじゃないかって思えてきた。

 それにこの柔らかさと温もりはクセになる……いつまでもこうしてたい気分だ。


 ミステルはゆっくりと俺の頭を撫でている。ミステルの手つきはとても優しくて、まるで母親が子供をあやしているような感じだった。


(気持ちいいなぁ。ああ……、時間よ止まって……)


 もう身体の感覚は完全に戻っていたけれど、ひざ枕が終わってしまうのが名残惜しくて、なかなか起き上がりたくなかった。

 

(あれだけ苦労したんだ。これくらいのご褒美はあってもいいだろう?)


「ニコ、顔が赤いですよ。それに心拍が急上昇してます……はっ、やっぱり毒がまだ!」

 

 ミステルは俺の内心などつゆ知らず、心配して顔を覗き込んできた。

 

(いやいやいや、近い近い)

 

 吐息がかかるくらいの近い距離まで、ミステルの綺麗な瞳が、桜色の唇が、目前に迫ってきた。


 「うっひょい!?」


 俺は間抜けな叫び声を上げながら驚いて飛び起きた。

 ミステルの頭に頭突きしそうになるが、彼女がサッと回避する。

 俺はバランスを崩してそのまま前のめりに倒れそうになったが、ミステルが素早く支えてくれたおかげで、地面に顔面をぶつけることはなかった。


「きゅ、急に飛び起きたら危ないですよ!」

「ご、ごめん……! だって……」


 あんなに顔を近づけられたらそりゃびっくりするよ、うん。

 あ、でも、慌てて起きちゃったのはもったいなかったかな、せっかくだからもう少しひざ枕の感触を……


「ニコ、まだ毒の影響があるんじゃ。もう少し安静にしていたほうが」

「いや!大丈夫! ミステルの看病のおかげで元気いっぱい! さぁ目的のハチミツも手に入れたことだし、日が落ちるまでにルーンウォルズに戻ろうか!」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すために大声で叫んだ。

 

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