26話 エクストリーム・ハニーハント

 俺はミステルに、キラービーのハチミツを手に入れるための作戦を説明した。


「なるほど……ニコならではの作戦ですね」

「ミステルの助けも必要なんだけど……」

「それはいいのですが……いくらなんでもニコが負うリスクが大きすぎませんか。その方法でキラービーの集団攻撃から身を守り続けることができるのでしょうか」


 ミステルは心配そうな顔をする。

 確かに彼女の言う通り、この作戦には俺に大きな危険が伴う。安全の保証もない。


 でも、ロイヤルハニーを狙うのは半分以上俺のワガママ。

 だからリスクは俺が全部背負う。そんなのは当たり前のことだ。


「大丈夫だよ。失敗しそうになったらすぐに逃げ出すし、それに万が一のときのために解毒剤アンチドートの予備は沢山あるからさ」


 半分自分に言い聞かせるように、俺はミステルにいう。

 ミステルは俺の顔を見つめた後、何かを決心したような表情になった。


「わかりました。信じます、アナタを」

「ありがとう。それじゃあ早速いってくるよ。ミステルは離れたところで待機してて。俺が合図をしたらよろしくね」

「本当に無茶だけはしないでくださいね」


 ミステルを少し離れた場所に避難させると、俺は肌の露出を少しでも減らすために、フードを被り直し、手には厚手の手袋を装備した。

 

 そして、俺は早速作戦を実行に移す。


「スキル展開――【基礎魔法】」


 俺は右手を前にだして詠唱を開始する。


「地の底に眠りし豊穣なる力よ――我が意に応じて、その豊かなる力顕現させ給え」


 まず発動したのは土魔法。俺の右手のひらからサラサラと砂が生まれる。


 さらに俺は左手を上に掲げて風魔法を発動した。


「空の彼方より舞い降りし遥かなる力よ――我が手から連なって、舞えや踊れや、螺旋となりて渦をまけ」

 

 詠唱をキッカケにして、俺の身体を中心に渦を巻くように気流が発生する。最初はゆっくりと、そして徐々にその渦の速度が早まっていく。

 土魔法で生み出した砂が、その旋風に煽られて、砂塵さじんとなって舞い上がった。

 俺は慎重に風の流れをコントロールしながら、砂塵さじん旋風つむじかぜのように、自分の周囲を回転し続けるように調整をする。


 俺の立てた作戦は、土魔法と風魔法を組み合わせて発生させた砂塵旋風さじんせんぷう――いわば砂塵さじんの鎧を身にまとい、キラービーの襲撃を防ぎながら、ハチミツを採集するというものだった。

 

(とはいえ、予想以上にしんどいな)


 少しでも気を抜いたら風の流れはコントロールを失い、砂塵さじんは四方に散ってしまう。


 おそらく基礎魔法レベルの風力では、キラービーの襲撃は防ぎきれない。そこで土魔法を組み合わせて旋風の中に細かい砂を混ぜることで、ある程度の防御力をもたせる必要があった。

 それでもどこまで敵の攻撃を防げるかは未知数だ。


(上級魔法が使えればこんな苦労はしないんだけどな)


 心の中で愚痴をつぶやく。

 だけど、ない物ねだりをしてもしょうがない。いつだって手持ちの手札で戦うしかないんだ。


 俺は額に汗を浮かべながら、必死になって魔法の調整を続ける。

 しばらくすると旋風の不安定な揺らぎが徐々に収まってきた。

 少しずつ風の制御に慣れてきたらしく、なんとか砂塵の鎧を維持することができているようだ。

 あとはこの状態で、キラービーの巣まで向かい、ハチミツをいただくだけだ。


 ちなみにこの作戦には重大な問題点がひとつ。砂塵の鎧は当然俺の顔部分も覆っている。つまり視界が完全に遮られているのだ。


「ミステル。頼んだよ」


 俺はあらかじめ示し合わせた通り、ミステルに合図を送った。


「スキル展開。【鷹の目】――!」


 ミステルがスキルを発動した。

 

(そう、俺の視界がないなら、代わりにミステルに周囲の状況を確認してもらえばいいんだ)


「目標まで十五メートルです。真っ直ぐ進んでください」


 ミステルの案内を頼りに、ゆっくりと歩を進める。


「気をつけてください。キラービーが警戒態勢に入っています!」


 キラービーが舞う羽音がどんどん大きく、重なり合って重厚になっていく。巣まであと数メートルといったところか。キラービーはどんどん巣から外に出てきて、侵略者である俺を威嚇しているようだ。


「攻撃きます!」


 ミステルの声が聞こえた。

 俺は息を呑んだ。

 

(どうだ!? 防ぎ切れるか……!?)


 無数の羽音が俺に向かって降り注ぐ。しかし、キラービーは砂塵の旋風に煽られたらしく、その毒針は一本たりとも俺の体に到達することはなかった。


「やった……! 成功だ!」


 狙いどおり。砂塵の鎧は俺の身体をキラービーの攻撃から守ってくれている。

 俺はそのまま巣までぐんぐん歩を進めた。


「目標地点に到達しました。キラービーの巣は目の前です!」


 ミステルの案内を頼りに、俺は砂塵の渦の中に手を伸ばす。

 そこには確かに蜂の巣があった。


(慌ただしくさせてごめんよ、少しだけハチミツを分けさせてね)


 俺はナイフを使って巣の一部を切り取る。

 触れた触感で、キラービーが中に入っていないことを慎重に確認しながら、抱え込むようにして持ち去った。

 

(よし、あとはここから離れるだけだ)


 そう思った刹那、切り取った巣の中から一匹のキラービーが飛び出してきた。


(しまった……! 一匹奥に潜んでいたのか!)


 慌てて追い払おうとするが、時すでに遅し。キラービーは俺の首筋に毒針を突き刺した。


「ぐあぁああああああ!!」


 熱した鉄を押し付けられたような激痛が襲う。途端に旋風のコントロールが乱れた。


(まずい、まずい、まずい!)


 ここで魔法を解除してしまったら、キラービーの大群に無防備な状態で襲われることになる。どんなに苦しくてもなんとか砂塵の鎧だけは継続しなければならない。

 俺は激痛の中、必死でスキルを展開し続けた。


 幸い俺を刺したキラービーはそのまま砂塵に飲み込まれたらしく、再び刺してくることはなかった。


 ふらついた足取りで一歩ずつ、キラービーの巣から離れる。キラービーの羽音が徐々に小さくなっていった。

 そのまま二〇メートルほど後退すると、それ以上こちらに襲って来ることはなさそうだった。


「ニコ!」


 朦朧とする意識の中、俺の名を呼ぶ聞こえた。

 魔法を解除する。

 身体中から力が抜け、その場に倒れ込んだ。駆け寄るミステルの姿が見えた。


「ニコ! しっかりして下さい!」


 俺はぼんやりとミステルの顔を見上げた。


「ミステル……、ハチミツはばっちり、手に入れたよ……」

「そんなことより毒が……!」


 ミステルが泣きそうな顔で俺の名前を呼び続ける。


「大丈夫……。解毒剤アンチトードがあるから……」


 俺はポシェットの中から薬を取り出そうとした。が、手が痺れてうまく取り出せない。


「ごめん……手が……うまく、動かなくて……薬……飲ませて」


 それだけ伝えると、俺の意識は遠のいていった。

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