25話 ハニーハント

 次の日。

 野営拠点の後片付けをした後、引き続きオイレの森を探索を開始する。

 

 あっという間に数時間が経過。薬草は山ほど見つかるけれど、もう一つの目当てであるハチミツがなかなか見つからない。

 

 そのまま進むとちょうど水場にぶつかったので、俺たちは一旦休憩をとって、今後の探索方針について相談することにした。


「うーん、なかなか見つからないね」


 水場でノドを潤しながら、俺はつぶやいた。

 昨日とは一転して、目当ての物がなかなか見つからない状況。

 あと数時間のうちにハチミツが見つからなかった場合、一度街に戻って出直しする必要がある。


(できるだけ早く回復薬ポーションを錬成したいんだけどな)


 焦る俺の内心を見透かすように、ミステルが声をかける。


「ニコ、ひとつ相談があります」

「なに、ミステル?」

「私たちはこれまで、通り道に沿って探索を続けてきました。道のそばは当然人が頻繁に訪れますから、ハチも営巣しづらいのかもしれません」

「なるほど、あえて道から外れてみるということかい」

「このまま闇雲に探索を続けるよりは、ハチミツが見つかる可能性は高いと思います。今のところ近くに魔族の気配はありませんし。わたしのスキル【生存術サバイバル】があれば、道に迷うこともありません」

「うん、いいと思う。その作戦でいってみよう」


 休憩を終えてから、ミステルの提案に従い、道から外れて森の奥へ進むことにした。

 しばらく進むと周囲の樹々はより鬱蒼うっそうと茂り、あたりはどんどん薄暗くなっていく。おまけに足元は腰くらいまで草木が生え茂っている。歩きづらいったらない。

 それでも俺とミステルは足元に注意をしながら、ヤブの中を泳ぐようにあゆみを進めていった。


***


 それからほどなくして、ミステルが何かを見つけたようだ。

 彼女は立ち止まり、指を差す。その先には大木が立っており、その根元に大きな穴が空いていた。直径五十センチほどの横穴だ。

 中からは微かにブゥンという昆虫が羽ばたく重低音が聞こえて来る。


「ミステル」


 スキルをお願いと頼もうとしたが、みなまで言わずとも俺の意図は伝わっていた。


「スキル展開。【鷹の目】」


 ミステルはスキルを発動し、目を凝らす。


「間違いありません。あの穴の中に蜂の巣があります」


(やった、ついに見つけたぞ!)


 ミステルの声を聞き、心の中でガッツポーズ。

 だけど、浮かれる俺と対照的にミステルは険しい表情を浮かべている。


「ミステル、どうしたの?」

「あれは……ただの蜂の巣ではなさそうです。あの特徴的な形状は……おそらくキラービー。れっきとした魔族です」

「キラービーって……ヤバそうな名前だね」

「キラービーはBランクの魔族です。大きさは通常のハチとさほど変わらないのですが、数十倍は強力な毒針を持っています。攻撃性も強く、特に巣を襲われた場合、集団で敵を攻撃してきます」

「うわあ、恐ろしいな……」


 ミステルの解説を聞いているだけで嫌な汗が出てきた。


「ただ、キラービーから取れるハチミツは別名『ロイヤルハニー』とも呼ばれるくらい上質なもので、東方のアマツクニでは、不老不死の妙薬としても重宝されているそうです。迷宮ダンジョン化していない森の中にこんな希少な魔族がいるなんて。運がいいのか悪いのか……」


 そんな上質な素材を使えば、かなり強力な回復薬ポーションを錬成することができるだろう。リスクも大きい分、リターンも大きいということか。


「キラービーはこちらから近づかない限りは襲ってくることはありません。正直、このままやり過ごしたほうが賢明だと思います」


 俺はミステルの助言を聞きながら、どうにかして安全にキラービーのハチミツを採集できないか思考を巡らす。


「ミステル、キラービーの毒は即効性なのかな?」


 刺された瞬間に即死するような毒だとさすがに洒落にならない。撤退するしかないだろう。


「遅効性の毒だったはずです。ただし、正しい処置をしなければ命に関わるほどの猛毒です。それに何回も刺された時にどれくらいの速度で毒が回るのかはわかりません」


 なるほど、万が一刺されたとしても解毒剤アンチドートを使う余裕はあるということか。


 実はハチミツを集めると決めたときから、俺は蜂の巣から蜜を採集するためのを試そうとしていた。

 しかし、それはあくまで一般的なミツバチ向けに考えた作戦だ。刺されたら死んでしまうような猛毒を持つ魔族相手を想定していない。


 普通に考えれば、ここは仕切り直すべきだろう。これだけ広大な森だから時間をかけて探せば、他にも蜂の巣は見つかると思う。ここで命の危険を冒してまで、キラービーのハチミツを狙うメリットは少ない。

 

 だけど、一刻も早く回復薬ポーションを量産し、ルーンウォルズに届けたい気持ちも強かった。

 魔族の襲撃はこちらの都合を待ってはくれない。今夜にでもルーンウォルズが襲われる可能性もゼロではないのだ。

 

 俺の脳裏にルークやアリシア達の笑顔が浮かぶ。追放された俺たちを暖かく受け入れてくれた人たち。その恩に早く報いたかった。


 そしてもう一つ、別のが俺の胸の内にフツフツと湧いていた。


(ロイヤルハニー。不老不死の妙薬……そんな高ランクの素材で錬成したら、一体どんなアイテムが生み出されるんだろう。ああ、試してみたい……!)

 

 それは探究心という名前の錬金術師アルケミストさがだった。


(やっぱり、ここで引き下がりたくない)


 覚悟を決めた俺は、傍らに立つミステルに話しかけた。


「俺にひとつ考えがあるんだ」

 


 

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