19話 アトリエを手に入れた!

 その後も案内は続き、雑貨屋や診療所、教会、学校など街の主要な施設を回った。

 日も傾き夕方になった頃、領主邸にほど近い、とある建物の前で馬を止めた。


 外観は他の建物と同じく蜂蜜色の石積で造られており、屋根に煙突が突き出している。入口の扉には、大きな丸いガラス窓と、木彫りの看板が掲げられていた。

 看板は古ぼけて文字が消えてしまっていたが、以前はこの建物がなにかの店舗として使用していたことが伺えた。


「ここは?」

「この建物は以前、とある錬金術師アルケミストのアトリエとして使われていたらしいです。今はその人は街を去り、それから長く空き家になっているんですが」

「へぇ、元アトリエかぁ」


 アトリエとは錬金術師アルケミストにとっての作業場だ。居住スペースの他に工房や倉庫、薬草や香草を育てるための植物園などが備えられているのが一般的だ。

 俺は錬金術師アルケミスト学院アカデミーを卒業した後、すぐに冒険者ギルドに加入したため自分のアトリエを持ったことはないが、それでも錬金術師アルケミストとして、いつかは自分のアトリエを持ちたいというささやかな夢を持っていた。


「仲介ギルドからニコさんの職業ジョブの情報が届いた後、すぐこの場所のことが思い浮かんだんです。この街にいる間は、ここをニコさんのアトリエとして使ってもらえれば、お役に立てるんじゃないかと思って」

「え? 使ってもいいの?」

「はい。古い建物ですし、中はしばらく人が住んでいなかったので多少傷んでいるかもしれませんけど……まずは中に入りましょうか」


 俺達はルークに促され、建物の中へと入った。


 中に入ると天井が高く吹き抜けになっており、開放感がある作りになっていた。内装は木を基調とした落ち着いた雰囲気で、多少埃っぽいけれど、長く人が住んでいないという割に痛みもあまりなさそうだ。


 間取りは一階に居間、台所、洗面所、工房、貯蔵庫。

 二階には、同じくらいの広さの空き部屋が三部屋ある。更に屋根裏部屋もあった。

 そして薬草などを育てられる庭が、玄関とは反対側に備えられていた。外から見た印象よりも中は広く感じる。


「中の印象はどうですか?」


 ルークが尋ねる。


「……あの、本当にここに住んでいいの?」

「もちろんです。だけど、住むとなるとちょっと掃除や手入れが必要ですね。例えば寝泊まりは領主邸でして、アトリエとしてだけ使うということでも大丈夫ですよ」


 正直、自分の思い描いていた理想のアトリエがここにあった。機能も広さも必要十分。そのうえ工房には、錬金釜などの錬金術に使用する器具がひと揃いしている。

 それに歴史を感じさせる、隠れ家的な雰囲気が堪らない。こんな好条件の物件を逃す手はない。


「ぜひここに住ませてください!!」


 俺は目を輝かせて即決した。

 


***


 俺たちは一度アトリエを後にして領主邸へ戻った。

 アトリエに住むための準備をしなければならない。


 えーと、まずは掃除をして。寝具は領主邸のものを貸してくれるらしいから、それを運び込む必要があるな。それと日用品を雑貨屋で買い込んでおこう。家具も備え付けのものがあったけれど、使い勝手によっては買い足す必要があるかも。


 そんなことを考えながら部屋で自分の荷物を整理しているといつの間にか深夜になってしまっていた。


 そろそろ、準備は切り上げて寝ないとな。

 そう思ったとき、扉をノックする音が聞こえた。


「ニコ、夜分にすいません。起きていますか?」

「どうぞ、開いてるよ」


 部屋に入ってきたのはミステルだ。もうパジャマに着替えており、風呂上がりなのだろうか石鹸のいい香りがした。


「どうしたの?こんな時間に」

「はい、ちょっと相談したいことがありまして」

「相談?」


 ミステルは少し顔をふせ、ちょっとモジモジした後、意を決したように俺の顔を見据えた。


「その……、アトリエに……私も一緒に住んでもいいでしょうか」

「え、一緒に住むって……、ふたりで?」

「ふたりで、です」


 今度は俺がドギマギしてしまう番だ。


「え、でもふたりで一緒に生活するって、いろいろとまずくない?」

「大丈夫です。ここ領主邸でもギルドにいた時も一つ屋根の下の暮らしているわけですし」

「いやいや、それは他のみんなも一緒に生活しているんだし、ふたり暮らしとはまた別な気が……」

「ついこの間の野営でも同じテントで眠ったじゃないですか」

「野営はまあ、そうだけど」

「これから本格的にルーンウォルズの復興のための活動が始まります。私たちはできるだけ一緒に行動していたほうがいいですよね?」

「それはまぁ、そのとおりだけど……」


 アトリエの広さは二人で住むには十分すぎるくらいの広さはある。そこは問題ないだろう。

 だけど、その、お風呂とかトイレとか着替えとか、一緒に生活するとなるとなかなか気を使うことになるぞ。


「家族でも恋人でもない男と一緒に生活することになるんだよ? その……、ミステルは嫌じゃない?」


 ミステルは俺の問いを受けて、


「一緒に暮らすのがあなただから――

 嫌なことなんて一つもありません」


 ミステルはきっぱりと言い切った。


「え、それって――」


 ど、どういう意味だ。

 まさか、ミステルは俺のことが……


「私はニコの相棒ですから」


 あ、はい。そっちね。

 

 俺は少しがっかりしながらも、これ以上断る理由を探す必要もないと思い直した。

 相棒だから一緒に住む、なるほど、そういうものかもしれない。


「わかったよ。それじゃあ一緒に住もうか」


 俺がそう言うと。

 

 ミステルの顔が――


 満開の花が咲いたかのように笑顔になった。

 

「はい! よろしくお願いします」


 いつものクールなミステルから想像できない満面の笑顔だ。そりゃこれまで一緒にいた中で多少微笑むことはあったけれど、こんなに笑ったことはなかったぞ。もちろん、酒で酔ったときの醜態はノーカウントで。


 予想だにしなかったその表情に、逆にこっちが固まってしまった。


「それでは、もう遅いので……これで失礼しますね。おやすみなさい」


 ミステルは笑顔のままパタパタと足音を立てて、駆けるように自分の部屋に戻っていった。

 残されたのは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした俺。


 こうして、予期せぬ形で俺はミステルと二人暮らしをすることになった。

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