20話 スローライフ準備の一週間!★

 それからアトリエで新生活を始めるための本格的な準備が始まった。

 

 一日目。

 

 俺とミステルは、領主邸でクロエさんが作った朝食を食べた後、さっそくアトリエに移動した。

 二人ともエプロンと三角巾に身を包み、ホウキとチリトリ、雑巾とバケツを装備している。


「よーし、これから徹底的にアトリエを掃除するよ」

「わかりました」


 俺たちは気合を入れて掃除に取りかかる。


 まずはすべての部屋の窓を開けて徹底的に換気だ。


「使えそうな家具はこっち、捨てるしかないのはそっちで、よろしく」

「了解です」

 

 ミステルと手分けして、もともと家の中に置いてあった家具をせっせと庭に運び出して、家の中を空っぽにした。

 その後、床に落ちているホコリやゴミを、ほうきを使って片付けていく。

 何年も人が使っていなかっただけあって、はいてもはいてもモサモサとホコリがでてくる。細かいスキマも残さずほうきで集めていった。


 掃き掃除が終わった後は雑巾がけだ。俺は一階、ミステルは二階をそれぞれ担当し、ひたすら雑巾がけ。

 一日かけてここまでの掃除を終えて、アトリエの床はキレイになった。

 その代わりに俺もミステルも汚れとホコリで真っ黒だ。

 

 その日の大浴場でのお風呂はとても気持ちよかった。


 二日目。


 今日の作業を始めようと思ったとき、玄関に設置したドアベルの音が鳴った。続けて元気のいい声がアトリエ内に響く。


「こんにちは、ニコ!」


 玄関まで出迎えにいくと、アリシアとクロエさんが立っていた。


「やあ二人とも、いらっしゃい。今日はどうしたの?」

「えへへ、お手伝いにきたよー!」

「新生活の準備、すごく大変。わたし達も手伝う」

「ほんとに? 助かるよ! ありがとう!」


 二人をアトリエの中に招き入れた。


「わぁ、すごい。家の中がスッキリしてる!」


 アリシアがアトリエの中を見回し、驚きの声を上げた。


「昨日一日がかりでミステルと一緒に大掃除をしたんだ。今日は床の手入れをする予定だよ」


 アトリエの床材にはウォルナットの無垢材が使用されている。長年の年月経過であちこちに傷がつき、保護用のオイルも抜けきって、表面がカサカサになってしまっていた。

 この床材をヤスリで磨いて傷を落としてから、オイルを塗り込む。無垢材なので、そこまでやれば新品同様の輝きを取り戻すはずだ。


(正直、そこまでやる必要はないんだけどね――悪いけどこれはオレのこだわりだ)


 ミステルたち三人に作業の流れを説明して、場所を分担してからさっそく作業に取りかかった。

 それからは各自のペースでひたすら作業を続ける。


 クロエさんはさすがメイドとしての本領発揮といったところで、めちゃくちゃ作業が早くてしかも正確だ。さっさと自分のノルマを終えて、アリシアの手伝いをしていた。


 逆にアリシアは慣れない作業だからなのか、なかなか上手くできないようだ。それでも一生懸命な様子はとても微笑ましい。


 ミステルは、スピードはクロエさんに及ばないが作業の質では負けておらず、淡々と丁寧に進めていく。


 もちろん俺もみんなに負けずと夢中で作業を進める。


 四人がかりでとりかかったおかげで、夕方にはアトリエのすべての床をオイル塗りまで仕上げることができた。あとは丸一日オイルを乾かせば完成だ。


「すごい、床がつやつやピカピカになったね!」

「うん、アリシアたちが手伝ってくれたおかげだよ。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして。アトリエが完成したら遊びにくるね」


 俺たちは今日の作業を切り上げ、領主邸に戻った。

 当然その日もお風呂はとても気持ちよかった。


 三日目。


 今日はオイルを乾かすためにアトリエの中には入れない。

 なので一日ゆっくり休むことにした。

 ちなみにせっかくなので、夜、ミステルと一緒にルーンウォルズの酒場に顔を出してみた。メニューは少ないけれど、料理の味は悪くなかった。新生活が始まってからも、たまにここで食べるのも悪くないだろう。


(基本的にノンアルコールなのが残念なところだけどな)

 

 四日目。

 

 床を綺麗にしたところで次は壁に取りかかる。

 けっこうな箇所がボロボロに剥がれ落ちてしまっていた。これは掃除というより補修が必要だ。


「ニコ、お願いされたものを集めてきました。石灰石せっかいせきと砂です」

「ありがとうミステル、助かるよ」


 ミステルにお使いを頼んでいる間、俺はひたすら水魔法でタルに水を溜めていた。


「一体何を作るんですか?」

「まぁみててよ」


 俺は腕まくりをして錬成を行う。

 まずは石灰石せっかいせきと水を合成し、粉末状の物質を錬成する。『消石灰しょうせっかい』の完成だ。

 そして出来上がった消石灰しょうせっかいに砂と水を合成すれば……


「よし、できた!これを壁に塗ろう」

「その白いクリーム状のものはなんですか?」

「これはね、消石灰しょうせっかいを砂と水で練り上げたもので、『漆喰しっくい』というんだ」

「しっくい?」

「壁とか天井に塗るための建築材料だよ。本当は消石灰しょうせっかいを作るためには石灰石せっかいせきを高温で加熱する必要があるんだけど、そこは錬金術でね」


 俺は出来上がった漆喰をにつけて、ぺたりぺたりと壁に塗りつけていった。


「こんなかんじ。乾けばいい感じの壁になるよ」

「なるほど、さすがニコ。博識ですね」

「いや、実はソフィーに教えてもらったんだ。壁を補修するために一番簡単なやり方を聞いたら教えてくれたんだよ。あの人ホントになんでも知ってるよ」


 その後、ミステルと手分けして、壁を丁寧に塗り進めていく。


 ぬりぬりぬりぬり……


 丸一日作業をして、あらかた壁は仕上がった。


五日目。


 今日も今日とて漆喰を塗る。壁の次は天井だ。見たところ雨漏りの跡なども見えないようだし、上から塗ってしまって問題なさそうだ。


 ぬりぬりぬりぬり……


 俺もミステルも黙々と塗り進めていく。

 作業に没頭していると時間が矢のように過ぎていき、あっという間に夜になってしまった。

 俺は最後の天井に漆喰を塗り終えた。


「やった!終わったー!」


 おもわず床に大の字になった。俺は完成した漆喰の壁と天井の仕上がりを見て、満足感からにんまりと笑う。素人の仕上げなので当然ムラや凸凹でこぼこがあるけれどそれも味だ。

 

 改めて家の中を見回す。


「おおっ、あんなに汚かった部屋が……」

「綺麗になりました」

 

 俺とミステルは顔を見合わせて笑みを浮かべて、ハイタッチした。


 六日目。

 

 今日は荷物や家具の搬入だ。

 ルークの好意で、領主邸で使っていない家具を使わせてもらうことにした。

 とはいえ、アトリエに元から備え付けられた家具もあることから、運び込む家具は最低限でよく、ベッドと寝具を二つずつ、それとダイニングテーブルとイスを使わせてもらうことにした。

 クロエさんが用意してくれた馬車を使ってそれらの家具をアトリエに運び込み、それぞれの部屋に設置した。


「できたー! 引っ越し完了!」


 窓から差し込んでくる日差しが、ピカピカになったアトリエの中を照らしていて、とても気持ちが良い空間が出来上がっていた。


 俺は新居の出来栄えに満足する。

 そしてここで新しい生活が始まるのだ。そう思うとワクワクしてくる。

 ミステルがこちらを向いて微笑んでいた。


「これからよろしくお願いしますね、ニコ」

「うん、こちらこそ、ミステル」


 七日目。


 今日はミステルと一緒に、一日中市場で、食料品や日用品を買い込んでいた。

 夕方になってからアトリエに戻って、買い込んだ品々を家具に収納したり、お互いの部屋を決めたり、ご飯を食べたり、アトリエのお風呂に入ったり……


 色々あって疲れていたせいかその後はぐっすりと眠ってしまった。


 こうして一週間は慌ただしく過ぎ去っていって、俺たちの新しい生活が幕を開けた。

 

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