17話 新しい出会い
俺たちはルークの用意してくれた馬に乗って領主邸を出発した。
ルーンウォルズの朝の空気はどこまでも澄んでいる。天気にも恵まれて、外出するには最高の陽気だ。
「ルーンウォルズは、領主邸を中心に外壁で囲まれた円状の形をしています。なのでまずは南の正門に移動し、そこから時計回りにぐるっと街を一周しようと思います」
先導しているルークが馬上から声をかけた。
馬はゆっくりと領主邸を離れ、かっぽかっぽと街の中を進んでいく。ちなみに俺とミステル、ルークとアリシアのペアで、それぞれ乗り合っている状態だ。
周囲を見渡すと、一面の緑の中に、ところどころ蜂蜜色をした石造りの家々が建っている。昨日の夜見たとおり、残念ながらその半分近くの建物が壊れているのだが。
それでも明るい陽の光がそそぐ中での街の様子は、のどかな田舎街って感じがして、悲壮感のようなものはあまり感じなかった。
遠くには風車小屋なども見えて、景観はなかなかいい感じだ。
「正門が見えてきました。近くには衛士団の詰所があります」
ルークが指差したその先に、昨日俺たちが入ってきた正門が見えた。
「この街の衛士団には何人の衛兵が駐在してるんですか?」
「十人です」
十人か。街の規模と比較して、多いか少ないかよくわからないけど。
「ルーク様、この街は魔族の襲撃の危機に晒されていると昨日聞きました。一体魔族はどこから侵入してくるのでしょうか? 正門以外に侵入経路があるのですか?」
ミステルが尋ねる。
「正門の他にも、大きく外壁が崩落している場所がいくつかあるのです」
ルークによると、今この街には、南に位置する正門の他に、外壁の一部が崩壊した場所が、北、西、東にちょうど一ヶ所ずつあり、そこから魔族が侵入してくるらしい。
それを防ぐために、衛兵を崩壊地点にも各二人ずつ配置しているので、この街の衛兵は、常に八人が外壁の守りに当たってるとのこと。つまり、衛士団は外壁の守りで手一杯ということだ。
当然、積極的な魔族の討伐までは手が回らないわけで、衛士団としても、冒険者でも何でもいいので戦う術を持った者の手を借りたい状況らしい。
「外壁をなんとか修理できないんでしょうか……」
ミステルが再びルークに尋ねる。
確かに魔族がそこから入ってくるのがわかっているのに放置しているのはちょっと変だ。
「あの外壁に限らず、この街の建物はすべて、かつてドワーフの技術を使って作られたものなのですが、今この街にはその技術を持った者がいないのです」
「ドワーフは住んでいないんですか?」
「前領主がこの街に住んでいたドワーフを追放してしまったんです」
「追い出した? なんのために?」
「その、相当な種族差別主義者だったんです……ドワーフに限らず、当時街に住んでいた亜人種を残らず追放してしまいました」
「うわぁ……」
魔族の襲撃で逃げ出したのもそうだけど、聞けば聞くほど前の領主のダメエピソードが豊富すぎて呆れてくる。
「彼らは現在、ここよりさらに北方にあるガリア山の麓に集落を築いています。こちらも何度か使者を派遣しているのですが、過去の経緯のせいで、現在まで交渉ができていない状況なんです」
「それで街の復興もままならないということなんですね……」
ルークは深くため息をついた。アリシアがルークの頭を撫で撫でしている。
この若い領主は本当に苦労性なんだな……
***
正門から外壁に沿って馬を走らせていくと、ある程度建物がまとまっている区画にさしかかかった。
中央にはちょっとした広場があり、そこを囲むように露店もポツポツと出ている。
「ここが商業区になります。この街の商会ギルドがこの区画を管理していまして、日用品や食材、ちょっとした装備品などはここで揃うと思います。今はあまり活気はありませんが、本来ならもっと賑やかなんですよ」
俺たちは近くの馬留めに馬を繋ぎ、広場に面している店を一通り見て回ることにした。雑貨屋、食品の卸屋、服屋、武器屋などなど、色々な店舗が建ち並んでいる。
エルミアに比べると品揃えは比べるべくもなく、必要最低限のものが揃っているといった感じだ。
でも、野菜や魚はこの街で採れたものを直売しているようで、鮮度、品質ともに悪くなさそうだ。
「そうだ、ニコさん達に紹介したい人がいるんです。今の時間ならきっとお店にいると思いますので、ちょっと挨拶にいきましょう」
エリアを一通り見て回ったタイミングでルークがそう提案してきた。提案に従ってルークの後をついていくと、こじんまりとした店の前で立ち止まる。その店先には本をあしらった看板がかけられていた。
「ここは……本屋ですか?」
「はい。この街唯一の本屋です。店主が昔からの知り合いでして……ちょっと変わった子なんですが、きっとニコさん達の力になってもらえると思います」
ルークはそういうと店の扉を開けた。
カランカランというドアベルの音とともに、中からは紙の香りが漂ってきた。
店内は薄暗く、天井に吊るされたランプの灯りだけが頼りのようだ。背の高い本棚が所狭しと並んでおり、その中には無数の本が並べられている。
ルークは慣れた様子で奥に進み、カウンターの奥で本を読んでいる少女に声をかけた。
「こんにちは」
「あ、すみません……お客さんですか……?」
少女はルークの声に気づいてこちらに顔を向けた。
髪は癖毛がちのボサボサ頭で顔は青白く、目の下に隈があり、不健康そうな印象の顔だ。
「あ、ルークくん……」
「久しぶりだねソフィー」
「……ちょっとやつれた? ちゃんと寝てる……? 忙しいのは分かるけど……睡眠は大切だよ……?」
「あはは、その言葉、そっくりそのままキミに返すよ。キミこそ相変わらず本ばかり読んで夜更かししてるんだろう。クマが酷いよ」
「わたしは……大丈夫……本から栄養を取ってる……うふふ」
「はあ、まったく」
ルークは少女と軽口を叩き合う。なかなか親しげな様子だ。
「あれ……アリシアちゃんも一緒なんて……珍しい……ね」」
「ああ、今日は僕たちだけじゃないんだ。ほら、前に話した人たちだよ」
「えっと……どなた?」
そこで初めて少女は俺たちに視線を向ける。
ルークが俺たちに紹介してくれた。
「彼女はこの店の店主のソフィーといいます。僕の
「またまた……ルークくんたら……優秀だなんて……わたし、ただ本を読むのが好きなだけの
「ソフィーは一度読んだ本は全部覚えてしまうくらい記憶力がいいんです。だから知識も豊富ですし、分からないことがあったは何を聞いても答えてくれますよ」
「褒めすぎだよ……たまたま知ってることだから……答えられるだけで……」
「ソフィー、
ソフィーと呼ばれたその少女は、話すペースがとてもゆっくりだ。
それにしても、ルークの話が本当なら凄いことだ。仮に本当にその内容をすべて記憶しているとしたらとんでもない知識量になるぞ。
知識豊富な
錬金術や魔法のことで相談に乗ってくれるかもしれない。仲良くしておいて損はないだろう。
「はじめまして、俺は
俺はソフィーに自己紹介をした。
「あ、思い出した……街の復興依頼を受けた……奇特な冒険者の人達の名前……」
ソフィーは俺たちのことを思い出したようだ。席から立ち上がり、ぺこりと会釈をした。
「わたしの名前はソフィー・クラウゼ……えっと、本のことならお話しできることもあるかもしれない……その……よろしくね……」
彼女はゆっくりと挨拶し、会釈のはずみでズレたメガネの位置を直してから、ニヤリと笑った。
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