15話 スローライフが始まった!

「あー、えっと……ごめんなさいアリシア様。実は俺たち、青の一党ブラウ・ファミリアのメンバーじゃないんです」

「え、どういうことですか?」

「それは……」


 俺はどう説明したものかと言葉に詰まる。

 正直な事情を話せば、ルークとアリシアを失望させてしまうかもしれない。

 だけど嘘をついたり、ごまかしたりすることで、二人の信頼を裏切りたくはなかった。


 俺が口を開く前に、ミステルが説明をしてくれた。


 俺たちが青の一党ブラウ・ファミリアを追放されたこと。

 その後もラインハルトの妨害によって、冒険者ギルドから依頼の仲介も受けることができなくなってしまったこと。

 唯一受けることができた依頼が、ルーンウォルズから寄せられた、この依頼だったこと。

 彼女は自分の赤い瞳のこと以外、これまでの経緯を包み隠さず説明した。


「……以上が私たちがここに来るまでの経緯になります。もしかしたら、ルーク様たちの期待を裏切ってしまう形になってしまったかもしれません」


 ミステルの説明が終わり、食堂にはしばしの沈黙が流れた。


「ニコさん……ミステルさん……」


 沈黙を破り、ルークが口を開いた。しかし、彼の口から出た言葉は失望のそれではなかった。


「過去の経緯なんて関係ありませんし、失望なんてするはずもありません。経緯はどうあれ、お二人がルーンウォルズのために、この場まで来てくれたこと。それが僕たちにとっての全てなんですから」


 ルークはこちらをまっすぐ見据えてそう言った。


「あの……ごめんなさい。私二人の辛い記憶を思い出させるような話をしてしまって……」


 アリシアは、何にも悪くないのに目に涙を浮かべて、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「ルーク様、アリシア様……」


 そんな二人の様子を見ていて俺は理解する。


 この二人は本当に心優しい人間なのだ。

 だからこそ、この領地の復興を、それがどんなに困難な道であったとしても、たとえ誰かの悪意によって押しつけられたものであったとしても、自分の使命と捉えて、全力を尽くす覚悟なのだろう。


 そして、そんな彼らが、俺たちの力を必要だと言ってくれている。



(それなら迷うことなんてないじゃないか。俺はそれに応えたい)



 俺はミステルの方を見た。彼女も力強い眼差しで俺を見つめ返していた。俺たちはお互いに頷く。


「ルーク様」


 ルークに向かって俺の――いや、俺たちの決意を伝える。


「ルーク様。錬金術師アルケミストニコ・フラメル、並びに狩人ハンターミステル・ヴィントミューレ。すでに青の一党ブラウ・ファミリアの身分ではないものの、冒険者として、ルーク・フォン・カリオストロ様の命により、微力ながらルーンウォルズの復興に協力させていただきます」


 俺がそういうとパァッとルークたちの表情が明るくなっていく。


「本当ですか⁉︎ ありがとうございます!」


 嬉しさのあまり飛び上がりそうな勢いで喜ぶルークとアリシア。

 そこまで喜んでもらえるとこっちまで嬉しくなってしまう。


(誰かにここまで期待されるのって、初めてかもしれない)


『ニコ、お前はアイテムだけ錬成してろ。それ以外、お前には何も期待はしてない』


 青の一党で散々ラインハルト達に言われた言葉が頭をよぎる。


(あぁ……。俺はずっとこういう風に誰かに期待されたかったんだな)


 思わず笑みがこぼれてしまった。


「はい、歓談はそこまで。デザートのアイス、溶けちゃうよー」


 クロエさんが声をかける。


「そうだ、皆さん! 実はとっておきの食後酒ディジェスティフを用意しているんです。デザートにもあうと思いますよ! クロエ、皆にあれを用意してくれるかい」

「かしこまり」


 クロエさんは俺たちの目の前に、葡萄色えびいろの液体が入ったグラスを置いてくれた。


「これは?」

「この土地で造られたワインです。素晴らしい味に仕上がっていますよ。ぜひお試しになってみてください」

「へぇ〜、それじゃあ早速……」


 ひとくち口に含むと、口の中いっぱいに芳しい香りが広がる。フルーティーな味わいとアルコール特有のほのかな熱さが心地よい。


「美味しいですね、これ! こんなに甘くて飲みやすいワインは初めてです」

「そうでしょう? ワインはこの街の名産なんです。今では醸造所にいた者も街を去ってしまって、生産ができなくなってしまっているのですが……」

「ルーク様、街を復興できればきっと皆戻ってきてくれますよ。頑張りましょう」

「そうですよね、ありがとうございます」


 ルークは微笑んだ。


 ぐいっ。

 ……ん?


 なんだ? 俺の隣に座っているミステルが、俺の服の袖をつまんでいる。


「どうしたの? ミステル」

「……ニコぉ」


 んん? なんだか彼女の様子が変だぞ。顔全体が高揚している。目も座っていて、なんだか焦点があってない。


「ニコ、おかわぁり!」

「えっ!?」

「おねがいしまぁすぅ〜」


 ミステルは頬を赤らめて甘えた声で言ってくる。


「ちょっとミステル? もしかしてキミ、酔ってる?」

「しつれいなぁ~、だいじょぶですよぉ〜、わたしぃ、酔ってなんかないれふからねぇ」


 ミステルに注がれたグラスに目を移すと、その中身は空になっていた。

 

(まさか、あの一杯のワインで酔っぱらったのか? さ、さすがに弱すぎない……?)

 

 ミステルはやたらと俺の体をベタベタと触ってきた。


「ちょっとミステル! 君ってこんなにお酒が弱かったんだね……!」

「よわくなんかないれすよぉ〜。前からおもってましたけどぉ~ニコの髪ってさわり心地よさそうですねぇ~」

「こら! 俺の頭をわしゃわしゃと撫でるな……!」

「わぁ~ふわふわ~気持ちいい~」

「ちょっと、人の髪をいじくるなってば!」


 いつものクールなミステルとは別人だ。完璧人間だと思われた彼女にもこんな弱点があったのか。


「ルーク様、申し訳ありません。相棒がもう限界みたいです。これ以上お見苦しい姿を見せる前に、俺たちはこれで失礼します。ほら、ミステル、行くよ!」

「えー、もっと飲むのぉ」

「ダメだってば」

「うにゃああ」

「ちょっ……! どこ触ってんだ!」


 俺はぐずり始めたミステルの腕を引っ張って食堂から出ようとした。


 ルークとアリシアはその姿をみて楽しそうに笑っている。


「わかりました。クロエ、お二人を寝室まで案内してあげて」

「任された」


 俺たちはクロエさんに連れられて部屋を移動する。その間もミステルは俺の髪をさわりながら「もっと飲むの〜」と、ずっと駄々をこね続けていた。


 こうして楽しい一夜は慌ただしく過ぎていった。

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