13話 大浴場!


「あぁ〜気持ちいいなぁ〜」


 身体中が溶けていくような感覚に、俺は思わず声をもらした。


 ここはルークの屋敷の大浴場。俺は熱々の湯がたっぷりと貼られた大きな湯船に肩までつかっていた。


「世の中にはこんな気持いいお風呂もあるんだなぁ……」

 

 エルミアには、そもそも湯船に湯を張るという文化がなかった。基本的に手桶に汲まれた水かぬるま湯で身体を洗うだけ。


(こんなにリラックスできるのはいつぶりだろう。青の一党ブラウ・ファミリアにいたときは、いっつも忙しくて、プレッシャーばかりで……)

 

 長い間、自分の体を酷使し続けていたことに今更ながら気づく。


(この風呂に毎日浸かれるだけでも、この依頼を受ける価値があるかもしれないなぁ)


 体と共に思考もどんどんリラックスしていく。俺はそんなノンキなことを考えながら、しばらくゆったりとお風呂に浸かり続けた。


 ちなみにこの館の大浴場はここ一つだけで、男女別風呂という概念はないようだった。

 なので一番風呂はミステルにゆずって、その次に俺が入浴している状況だ。


「二人一緒に入った方が効率的ではないでしょうか」


 ミステルは何気ない表情でとんでもない提案をしてきたが、それはいろいろとまずいので丁重にお断りした。


(とはいえ少し残念だったかな。本人がいいって言ってるんだから一緒にお風呂入るくらい別に……)

 

 いやいやダメだ。流石にそれは仲間としての一線超えてる気がする。


(ミステルはずっとソロだったせいか、ちょっとズレたところがある気がするなぁ。異性と一緒に風呂に入るなんて……)


 そんな風にミステルのことをぐだぐだと考えていると、イヤでも一糸まとわぬミステルの姿を想像してしまう。


 透き通るような白い肌。

 無駄な脂肪がなく引き締まってはいるものの、出るところはちゃんと出ていて、女性らしさを感じる体つき。

 そしてその胸元にはちょうどいいサイズ感の二つの膨らみ。その先端には綺麗な桜色の――


(何を考えてるんだ俺は!」)

 

 自分の思考を振り払うように頭を振った。

 とりあえず深呼吸。スーハー、スーハー。


(うーん、このままではのぼせてしまう。なにか違うことを考えよう)


「それにしても広い風呂だよな」


 ムリヤリ思考を切り替えて、俺はあたりを見回した。ちょっとした、公衆浴場くらいの広さがある。

 今の領主は必要以上の贅沢はしなそうだから、もしかしたら先代領主の遺産なのかもしれない。

 クロエさんから聞いた話ではダメダメ領主だったらしいが、もしそうだとしたらこの大浴場は先代領主の数少ない功績だ。


「そうだ。こんだけ広いし、貸し切り状態だから、旅の疲れを次の日に持ちこさないためにも、少しストレッチでもやっておこうかな」


 そんなことを思い立ち、俺はザバッと湯船から出て、体を伸ばし始めた。


 まずは前屈、次は開脚、屈伸運動――


 次は立ち上がって、小刻みにジャンプ、ジャンプ、ジャンプ。


「よーし、手足をぶるぶるさせて」


 ブルブルブルブル――

 この小刻みな動きで、手足のを根こそぎ改善だ。


 いい感じにほぐれてきた。

 最後は長い馬車移動で前屈気味に固まってしまった体をほぐすために……


「ブリッジだぜぇ!!」


 俺の体が美しいアーチ状を描いたそのとき。


 ガララ……


 脱衣所の扉が開いた音が聞こえた。


「え?」

「あっ……」


 俺の目に入ったのは一人の少女。ミステルじゃない。

 髪の色はルークと似た綺麗なブロンドで、腰ほどの長さがある。


 小柄だけれどスレンダーな体型で、胸はなかなかの大きさを持っているようだ。


 え? なんでそんなに体型がはっきりわかるかって?

 そりゃわかる。だって彼女はこれからお風呂に入ろうとしているのだから。当然ながら裸なのだ。


 彼女の瞳の色は深い青色をしていて、その瞳を大きく見開いてこちらを見つめていた。


 そして彼女の視界に入ったであろう俺の姿は――


 生まれたままの姿のままブリッジをして、股間を天高く突き上げる状態。


 つまり、変態のそれだった。


「いやあああああああああああ!」


 つんざくような悲鳴とともに、少女は浴槽から逃げ出した。


「待って! 誤解です! これはストレッチをしていただけでっ……おぶっ!!」


 ブリッジのまま変なところに力が入ったせいで腰を痛める。


 痛みを必死に堪えながら弁明を試みるが、俺の声はもはや届いてはいなかった。


 バタバタ、ガッシャーン、ドタドタ。


 脱衣室のほうで慌ただしい音が聞こえた。多分悲鳴を聞きつけたクロエさんあたりが駆けつけたのだろう。


(ああ、終わった)

 

 俺は変態として衛士団の詰所に突き出されるのだろうか。

 ブリッジで腰を突き出していたばっかりに……

 


 絶望に打ちひしがれながら、ただひたすら、名も知らぬ少女に対する罪悪感で俺の頭は一杯になっていた。


(でも、すごいかわいい女の子だったな……肌は真っ白で、髪はサラサラで、おっぱいも)


 前言撤回、俺の頭の中はピンク色の欲望で一杯でした。


(この欲望を消すためには、自分の頭に錬金術をかけて脳細胞ごと今見た記憶を分解するしかないぞ)


 錬金術師にとって、人体錬成は禁秘だけれど、試してみる価値はあるかもしれなかった。

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