12話 領主様は男の娘

 屋敷の中に入ると、まず目に入ってきたのは正面の大きな階段だった。二階まで吹き抜けになっており、そこから左右に分かれた廊下が伸びている。


 床には臙脂色ボルドー絨毯じゅうたんが敷かれており、天井からはキラキラしたシャンデリアが吊るされている。壁には風景画がいくつもかけられていて、まるでちょっとした美術館のような雰囲気だ。


「綺麗な館ですね」


 俺の横でミステルがそう呟く。

 彼女の形容は言い得て妙だった。

 けして豪華な館という印象ではないけれど、よく手入れされていて、清潔感がある。俺のような庶民目線では、嫌味がなくてかえって好印象だった。


「ふふん。わたしが毎日ピカピカにしてるからネ。ささ、主人あるじさまが待ってる、こっちへどーぞ」


 俺たちはクロエに先導されて、二階へ続く階段を登り、そのまま廊下を進んでいった。

 一番奥の部屋の前にたどり着いたところで、彼女は立ち止まり扉をノックする。


「主人さま、お客人をお連れしたよー」

「どうぞ」


 中から返事があった。


 クロエはドアを少しだけ開けると、俺達に入室するように促す。

 いよいよ領主様との対面だ。辺境の街とはいえ相手は貴族。自分の背筋がピンと伸びるのを感じた。


「失礼します」


 俺は恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れた。


 部屋の中央前方には書斎机と椅子があり、右手の壁際には、大きな暖炉が設置されている。

 暖炉のそばにはおそらく来客用だろう、テーブルと二脚のソファが置かれており、そのかたわらに細身の青年が立っていた。


 年齢は俺と同じくらい――十代後半くらいだろうか。

 淡いブロンドカラーのミディアムヘアと細身の体つきが相まって、えらく中性的な印象だ。女性と言われても違和感はない。


 青年がこちらに歩み寄ってくる。


「はじめまして、僕はこの街の領主を務めています、ルーク・フォン・カリオストロと申します」


 そう言って右手を差し出してきた。握手を求めているようだ。


 俺は慌てて差し出された手を握る。

 すると、ルークはニッコリと微笑んだ。


 (手、柔らか……)


 こうして近くで見ると本当に綺麗な顔立ちをしてる。まつ毛が長くて肌も透き通るように真っ白だ。心なしかなんかいい匂いもするような。ドキドキ……


(いやいや、男にときめいてどうする)


「どうかされました?」


 思わず見とれていたら、ルークが不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「あ、いえ! あの、領主様のことを勝手なイメージでそれなりにお年を召した方だと思い込んでしまって。とてもお若い方だったのでビックリしてしまいました……ははは」


 俺は慌てて取りつくろう。


(……失礼になってないよね?)


「ふふ、よく言われます」


 ルークは気分を害するどころか、むしろ楽しそうにクスクスと笑っている。


「ルーク様。ご紹介が遅れました。冒険者ギルドの依頼を受け、王都エルミアからはせ参じました。私は狩人ハンターのミステル。ミステル・ヴィントミューレと申します」


 ドギマギしている俺を尻目に、ミステルが話を進めてくれた。


「同じく錬金術師アルケミストのニコ・フラメルと言います」


 慌てて俺も自分の名前を名乗る。

 

「ミステルさん、ニコさん。ようこそいらっしゃいました。本当に依頼を受けていただきありがとうございます。ああ、どうぞおかけください」


 俺たちは領主様のうながしに応じてソファに座った。

 

「さて、まずはこの街の現在について少し説明しましょうか」

「ダイジョーブ、わたしからざっくり説明はした」

「そっか、ありがとうクロエ。彼女が言ったとおり、この街は一年前の魔族襲撃の災禍から完全に立ち直りきれていない状況です。恥ずかしながら復興のためにやらなければいけないことが山積みでして……」

「ルーク様。具体的に私たちはどのような仕事をすればよいのでしょうか?」


 ミステルが依頼の内容を単刀直入に尋ねる。ルークは少し言いづらそうに言葉を濁しながら言った。


「ライフラインの再整備、外壁や建物の修理、魔族の襲撃からの防衛、消耗品の備蓄などなど。街の人たちからの依頼も次々と寄せられている状況です。とても僕たちだけの力では手が足りなくて……そこで色々な依頼達成の達人エキスパートである冒険者の皆さんに、その手伝いをしていただければと思いまして」


 ルークの口から語られた依頼内容は、思った以上にざっくりとしていた。


 うん、そりゃ確かに依頼書に「復興作業全般」としか書けないよな。

 なるほど、文字通りなんでもやるんだな。この依頼を引き受けたら。うーむ。


「正直なところ、依頼は出したものの、本当に冒険者の方に依頼を引き受けてもらえるとは思っていなかったところもあって。ごめんなさい、曖昧な説明になってしまって」


 そう言ってルークは申し訳なさそうに微笑んだ。

 どうにも貴族の偉そうなイメージとは正反対の、腰の低くて誠実そうな領主様のおかげで、調子が狂ってしまう。


(割に合わない依頼だったらキャンセルすればいいと思っていたけど、なんか断りづらくなってきたな……)


 そんなことを考えているとルークが提案した。

 

「とりあえず今日はお二人とも長旅でお疲れでしょう。ささやかですが湯浴みと食事の準備ができています。今日はこの館でゆっくりと体を休めていただいて、依頼の詳細は明日みょうにちご説明をさせていただく形でもよろしいですか?」


 彼の提案に、思わず俺とミステルは顔を見合わせる。

 今日は朝にトゲウサギの燻製肉を食べて以来、なにも口にしていなかった。食事と聞いて思わずお腹が反応してしまう。風呂にも入ってさっぱりしたい。

 ミステルも、顔には出ていないものの、少しだけそわそわしており、多分俺と同じことを考えているのだろう。


「ありがとうございます。せっかくなのでご厚意に甘えさせていただきます」


 俺達が同意すると、ルークは嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。それでは、早速食事の準備をしますね。まずはその間、湯浴みで旅の疲れをお取りください。クロエ、二人を案内してくれるかい」

「かしこまり」


 こうして俺たちは、ルーンウォルズの領主様の思わぬ歓迎を受けることになった。

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