11話 辺境の街に到着

 ルーンウォルズに向けて馬車は走る。

 途中何回かゴブリンなどの魔族と遭遇エンカウントすることもあったが、その度にミステルが瞬殺していた。


 というかホントにこのコはすごい。

 

 敵と数百メートルは離れている段階でその存在に気づき、大弓による狙撃で先手を打って敵を仕留めるのだ。

 敵は攻撃されたことに気づく間も無くあの世行き。パートナーとして頼もしすぎる。

 彼女のおかげで危険なはずの馬車の旅は、とっても快適なちょっとした小旅行だ。


 そんなこんなで、エルミアを立ってからはや三日。

 日も落ちかけた頃合いに、ずっと続いていた森がようやく途切れて、小高い丘陵きゅうりょう地帯に差し掛かった。


「冒険者さん方、見えてきましたぜ」


 御者の声に応じ、俺は馬車の窓から身を乗り出す。前方に視線を向けると、遠くの丘の向こうに街の灯りが見えた。


「あれがルーンウォルズ……」


 まだ距離があるからはっきりとは見えないけど、灯りの数なんかを見る限り、街の規模はかなり小さいようだ。まさに辺境にある小さな街といった感じだろうか。


 それからしばらく進むと、道はやがて平坦になり、草原が広がる場所へと入った。そのまま進んで行くと、やがてルーンウォルズの外壁が見えてきた。

 外壁の高さはだいたい三メートルほどだろうか。きっと魔族の襲撃を防ぐために作られたんだろう。

 高さ的にはそれ程でもないが、天然石を積み上げて作られたであろうその壁はかなり頑丈そうだ。


 しかし、この外壁……ところどころ、というか結構な箇所が崩落している。

 

(これ大丈夫? 満足に魔族を防げないんじゃない?)

 

 俺がそんな不安を抱いているうちに、馬車は外壁に設けられた門の下までたどり着いた。

 

 門の前には一人の人影が立っていた。


 街を守る無骨な門番――ではなくメイド服姿の小柄な少女。

 頭には可愛らしいネコミミがついている。


(獣人族――?)


 俺とミステルが馬車から降りると、少女が俺たちの方に歩み寄ってきた。

 背筋をピンと伸ばして立つ姿は凛々しくもあり、その切れ目がちで大きな瞳は、それこそ本物のネコのように真っ直ぐこちらを見つめている。


「よっすー」

「え? よっすー?」


 思いがけない第一声に拍子抜けする俺。挨拶のつもりなのだろうか。少女は片手をあげている。


「男女の二人組、錬金術師アルケミスト狩人ハンターっぽい服装、なんか長旅を終えたっぽい雰囲気――アナタ方、エルミアから来てくれた冒険者ってことでよろしいか?」

「あ、はい。領主様の依頼を受けて、エルミアから来ました」

「ウェルカムベイベー。主人あるじ様の客人、遠路はるばるよく来た。歓迎する。わたしの名前はクロエ。クロエ・スヴェンソン。ルーンウォルズの主人様に仕えるスーパーメイド。ひとつよろしく」


 可愛らしい見た目と異なり、少しぶっきらぼうな不思議な喋り方をする子だ。


「初めまして。えっと……クロエさん」

「呼び捨てで構わない。敬語も不要。さ、主人あるじさまが館で待ってる。案内するからどうぞこっちへ」


 そう言うと、クロエさんはくるりと振り返って門の中へと入っていく。スカートの中からは可愛らしい尻尾がひょっこりと覗かせていた。

 俺たちはその背中についていくことにした。


 ***


 街の中に入って改めて分かったことだが、やはりルーンウォルズはかなり小規模な街のようだ。

 

 まず、目につく建物がそもそも少ない。

 しかも、建物は石造りのものがほとんどだったが、痛みが激しく、崩れかかった跡があちこち目立っている。

 そのうえ、もう夕方で多くの人が家にいるだろう時間帯なのに、半分以上の建物に明かりがついている様子がなかった。


「なんだかひっそりしてるね。人の気配があまりないっていうか……」

「そうですね。まだ夕暮れ時なのに、通りを歩いている人がほとんどいません」


 クロエさんに聞こえないように、ひそひそ声で話す俺たち。

 俺もミステルも、ルーンウォルズに抱いた印象は同じようだった。


「エルミアと比較すると、辺鄙な街だと思われても仕方ないよネ」


 そんな俺たちの会話はバッチリ聞こえていたようで、クロエさんが口を挟んできた。気を悪くさせてしまっただろうか。


「ご、ごめんなさい」

「本当のことだから、気にする必要ないよネ」


 クロエさんは何ともない口調でそう言う。別に怒っているわけじゃないらしい。

 それなら領主様と面会する前に、もう少しこの人から街の状況を聞いてみてもいいかもしれない。俺はクロエさんに質問をすることにした。


「不快に思ったらすいません。その、あちこち外壁やら建物やらが壊れてるなーって……」

「その通り。一年ほど前、ルーンウォルズは大規模な魔族の襲撃に見舞われた。その襲撃のせいで、どんどん人は街を去っていって、今では街の人口は最盛期の半分以下。トホホ。建物があちこち崩れているのはその戦いの名残り」

「大きな戦闘だったんですね」

「わたしがこの街に来る前の話だから詳しくは知らないけど、この街の人たちは力を合わせて魔族と戦ったらしい。そのおかげで戦闘規模の割には人的被害は少なかったと聞いている。ムチャシヤガッテ」

「それじゃあ、どうして……?」


(こんなに寂れてしまったのか――?)


 俺は声に出して聞くことは出来なかったが、クロエさんはその意図を汲んで答えてくれた。


「当時この街を治めていた領主が魔族との戦闘に怖じ気づいて、領民を見捨てて街から逃げ出してしまった。ヘタレ。そのせいで、戦闘後もしばらく街の行政が機能しなくなってしまった」

「え、領主が逃げ出した?」

「そう。クソザコナメクジ領主。今は新しい領主――つまりわたしの主人あるじ様が着任して、なんとか街の立て直しを図っているところ。でも、魔族の襲撃はいつ起こるかも分からないから、街の活気はなかなか戻らない。現実はキビしーよね」


 なるほど、そんなことがあったのか。

 ボンヤリと今回の依頼の経緯が見えてきた。


(新領主様も大変だな。前領主に見捨てられた街の復興、つまり尻拭いを押しつけられたカタチなのかもな)


 俺はまだ見ぬ依頼主に同情してしまう。


「ここが領主邸だよん」


 そんな話をしているうちに、目的地に着いたらしい。クロエさんが立ち止まり、目の前の建物を指差した。

 

 そこは周囲を生垣に囲まれた二階建てのお屋敷だった。

 流石に領主邸だけあって、他の家と比較して大きくて立派な佇まいだし、生垣の中はちょっとした庭園になっていて、花壇に綺麗な花が咲いているのが見える。

 俺たちは庭園を通り抜け、屋敷の扉の前に立った。


「入ってどーぞ、主人様は執務室で待ってるよ」


 クロエさんはそういうと扉を開けて、俺たちを屋敷の中へと招き入れてくれた。

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