7話 いざ辺境の街へ!

 エルミアを出た俺たちは馬車に乗って街道を進む。

 

 ルーンウォルズは大陸の最北端にある田舎街。徒歩で移動することは到底ムリな距離であるため、馬車屋で馬車と御者を雇い、ルーンウォルズまで移動することになった。

 

 御者によると途中からは整備された街道がなくなり、道なき道を進むことになるということ。魔族や野党の襲撃リスクなども大きいとのことで、運賃は大分ふっかけられてしまった。


 移動を始めてはや数時間。

 馬車の乗り心地にもだいぶ慣れてきた。


 エルミアを出発してから、幸い天候には恵まれている。

 客車の窓の外に目を向けると、空には雲ひとつない青空が広がり、見渡す限り緑色の大平原が広がっていた。

 時折吹くそよ風も春の陽気をはらんで心地よい。


 ミステルは装備の手入れをしている。弓や短剣などの武器だけでなく、マントやベルトなど、汚れやすい部分を中心に丁寧に拭きあげているようだ。


 そんな彼女を横目で流し見してから、俺は視線を自身の所持品の一つ『備忘録メモランダム』に戻した。


 『備忘録メモランダム』とは、錬金術師アルケミストならば誰もが一冊は持っている本のことで、この本にはその錬金術師アルケミストがこれまで研究してきた成果のすべてが記載されている。

 

 つまり、錬金術師アルケミストの研究成果書。

 もっとひらたくいうと錬金術のレシピ本だ。

 

 馬車での移動中は特にすることもないので、ヒマつぶしに何か錬成してみたいと思ったのだ。


「ミステル、突然だけど、何か欲しいアイテムある?」


 俺はミステルに声をかける。

 彼女は手を止め、少し考えるような素振りをした後、俺の方に顔を向けた。


「そうですね……街道を抜けると魔族の襲撃の可能性も高くなるので、回復薬ポーションは備えておいたほうがいいのではないでしょうか」

「なるほど、回復薬ポーションね」


 備忘録メモランダムのページをパラパラとめくる。すぐき該当するページにたどり着いた。


――――――

――――――

【調合:回復薬ポーション

材料/薬草:1 精製水:1

効果/飲用することで傷や病の回復を促進することができる。

備考/|基本材料の他に特定の素材を使うことで様々な付加効果をつけることが可能。

――――――

――――――


 正直、回復薬ポーションはパーティにいた頃、イヤというほど錬成したので目をつぶっていても錬成できる。

 

 材料に薬草と精製水が必要だ。

 薬草のストックは十分だけど問題は水だ。飲料水ならあるけれどこれには手をつけたくない。かといって水を手に入れるために街道を外れて、わざわざ水場に寄り道するのも本末転倒だ。


(こんなときは、基礎魔法の出番だ……)


 一応俺は四大属性(火・水・土・風)すべての基礎魔法を習得している。

 

 基礎魔法は名前の通り、魔術師ウィザード系スキルの一番基本の初級スキル。下手すれば子どもでも使えるスキルで、戦いの手段として使うにはいささか心許ない。

 

 俺はこのスキルを、もっぱら錬金術の補助として使っていた。

 例えば水の生産。水魔法を使えば、俺の魔力が続く限りはいくらでも水を産み出すことが可能なのだ。


「えーと、生み出した水を受け止めるための器が必要だな」


 フラスコセットから大きめのビーカーを取り出して設置する。ふと、ミステルが物珍しそうな視線を寄せているのに気づいた。


「どうしたの?」

「いえ、何をするんだろうと思って――」

「ただの基礎魔法だよ?」

「このまま見ていてもいいですか?」

「別にかまわないけど……」


 なんだかちょっと恥ずかしい。彼女の視線を感じながら、俺は魔法詠唱の準備に入った。

 

 魔法とは、自分の身のうちに宿すマナ――つまり魔力を世界を満たすマナに干渉させて、一定の指向性を与えることで超常的な現象を発生させる技術のことだ。

 

 複雑な術式や複数の属性の合成術を発動する場合は高度な詠唱や魔法陣が必要だけど、基礎魔法レベルであれば、術者の資質にもよるが比較的簡易に発動可能である。


 魔法を発動させるためには想像力イメージが重要になる。例えば水の魔法を使うなら発動したい『水』の形を具体的に頭の中に思い浮かべる必要がある。

 漠然ばくぜんと水を思い浮かべるのではなくて、どんな形状かを具体的にイメージする。それは流れ落ちるのか、湧き出るのか、放出されるのか、などなど。マナがそのイメージに反応して現象として発現するのだ。


 俺は居住まいを正し、瞳を閉じた。

 精神を落ち着かせてから、右手を前に突き出し、手のひらをしっかりと開く。


 手のひらからゆるやかに水を流れ落とすイメージ。

 出来るだけ具体的に。詳細に。想像して、創造する。


 そのイメージをさらに強固なものにするため、詠唱を行う。


「世界に満ち満ちる命の根源よ――我が手に集い、流転し、迸り、我に安らかなる恵みの雫をもたらせ――」

 

 心臓のあたりがじんわりと暖かくなる感覚があった。

 その感覚は胸から肩へ、肩から腕へ、腕から手のひらへ。そして……


 ジョロロロロロッ


 俺の手のひらから水が流れ落ち、ビーカーへと注がれていった。


 程なくしてビーカーは水で満たされる。これだけあれば大丈夫だろう。

 俺は魔法の行使を終えた。


「さすがですね、ニコ」


 一連の魔法行使を見ていたミステルが微笑む。


「いや、これくらいね。【基礎魔法】だし」

「魔法は発動だけならそれほど労せずできますが、精緻せいちなコントロールには高い技術を要すると聞きます。自身の技量を誇るべきです」

「あ、ありがとう……」


 えらいベタ褒めされてしまった。本当にミステルはホメ上手だよな。

 

 なんにせよ、これで回復薬ポーションを錬成するために必要な素材は揃った。


 さっそく錬成に取り掛かろう。

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