6話 冒険者ギルドからハブられる

 冒険者ギルドはエルミアの街の中心部にある。

 昨日追い出された『青の一党ブラウ・ファミリア』の本拠地から程遠くない場所だ。


 建物の中に足を踏み入れると、まだ早朝といってもいい時間帯なのに既に大勢の冒険者たちで賑わっていた。皆、入口付近に設置された掲示板の前に集まって依頼を吟味している。

 

 掲示板には薬草採取、魔物討伐、護衛、荷運び、遺跡調査などなど、多種多様な依頼が張り出されていた。


「この掲示板に張り出されている依頼から直接選ぶこともできますし、あっちの受付カウンターでこちらが希望する条件を伝えて、依頼を紹介してもらうこともできますよ」


 ミステルがカウンターの方を指さした。

 受付カウンターには事務員風の女性が座っており、その前には冒険者らしき人物が列をなして並んでいた。


「大盛況だね。ミステルが朝早くから行動しようと言った意味がわかったよ」

「そうですね、『青の一党ブラウ・ファミリア』みたいなSランクパーティだと逆指名の依頼がほとんどでしょうから縁はないでしょうけれど、これが冒険者ギルドの日常的な風景です。さぁ、私たちも列に加わりましょう」


 そして、受付の列に並ぶこと十数分。俺たちは受付嬢から思いがけない説明を受けることになった。


「え……、仲介できる依頼がひとつもないって、どういうことですか?」


 思わず俺は聞き返す。

 だが受付嬢は困ったように首をかしげるだけだった。


「申し訳ございません。実はその……今朝、うちの上層部から緊急連絡がありまして。その内容が……ニコさんとミステル、お二人に対しての依頼仲介を停止するようにと」


 受付嬢は申し訳なさそうに、その連絡事項が書かれた巻物スクロールを俺たちに手渡した。その中身を覗き込む。



『全支部に緊急連絡。ニコ・フラメル と ミステル・ヴィントミューレ、冒険者としての人格、能力に甚だしい疑念あり。当面の間ギルドによる依頼仲介を控えること』



 思わず巻物スクロールを握る手が震えてしまう。


「なんだよこれ……」

「予想がまったくできなかった、というわけではありませんが。まさか相手がここまで手を回してくるとは思いませんでした」

「相手って……まさか」


 ミステルは深く溜息をついてから、淡々と俺に説明した。


「ラインハルトたちの仕業でしょう。腐ってもSランクパーティです。冒険者ギルドの上層部に影響力を持っていてもおかしくはありません」

「じゃあ俺たちは、冒険者として依頼すら受けられないってこと?」


 そんな嫌がらせまでしてくるなんて。そこまでされる筋合いはない。怒りと戸惑いが胸の内に湧き上がる。

 ミステルは目を伏せて何か考え込んだ後、受付嬢に質問をした。


「すべての依頼が仲介不可なのでしょうか。例えば採集系や生産系など、冒険者以外にも仲介している依頼も受けることはできませんか?」

「残念ながら。私たちギルドが扱うすべての依頼が対象とのことです」

「そうですか、わかりました」


 ミステルはそれ以上食い下がることなく、俺の方に振り返った。


「仕方ありません、こうなってしまったらギルドを通さず自分たちで依頼を見つけてくるか、ほとぼりが冷めるまでの間、活動を自粛するしかないでしょう。」

「そんな……」

「どちらにしても今ここでできることはありません。一度、宿屋に戻って今後の方針を相談しましょう」

 

 ミステルはこんな状況でも、怒るでもなく慌てるでもなくクールなままだ。

 ……これまで何度もこんな理不尽な目に遭ってきたんだろうか。だとしたらそれはとても残酷なことだ。


「……わかった。宿に戻ろう」


 俺はミステルの提案を受け入れる。確かにここでいくら考えても状況は好転しない。


 ……と、思ったそのとき。


「待ってください!」


 帰ろうとする俺たちを、受付嬢が大きな声で呼び止めた。


「一件だけ……仲介できる依頼がありました」

「え、本当ですか?」

「えっと、本当は、多分ダメなんですけど、こっそりです。でもちょっと訳ありの依頼でして……」

「訳あり?」

「ずっと前から募集されている依頼なんです。だけど、その、条件がちょっと、悪すぎて……」


 受付嬢はそう言うと、奥の整理棚からひとつの巻物スクロールを持ってきて、俺たちに手渡した。

 俺とミステルは覗き込む。


「依頼内容……街の復興作業全般……」

「場所はルーンウォルズ……大陸の最北端にある街ですね」

「期限は無期限。可能な限り長期滞在希望。報酬、月払三○○エルク……どう思う?」

「これだけじゃ割りがいいか悪いか分かりませんね」 


 受付嬢は少し困り顔で補足の説明をしてくれた。


「報酬額は悪くないと思います。でも、具体的に何をさせられるのかよく分かりませんし、冒険者の皆さんは長期間の依頼を避ける傾向にありますし、そもそも場所が一番のネックです」

「場所?」

「ルーンウォルズは【早駆ファストトラベル】の付加効果エンチャントを付けた馬車でも、移動するだけで片道三日はかかるかなりの辺境の地です」


 なるほど、冒険者のニーズにことごとく合ってない結果、塩漬けになってしまった依頼か。

 冒険者ギルドとしてもいつまでも掲載しておくわけにはいかないから、フダツキの俺たちにもコッソリ仲介するよというわけだ。


「どうする? ミステル……」

「他に選択肢もありませんし、冒険者として生計を立てていくという意味では長期依頼は悪くありません。割りに合わない依頼だったらキャンセルもできます」

「そうだね……このままエルミアにいてもラチがあかなそうだし、依頼書の文面を見る限り、大きな危険が伴う依頼では無さそうだね」


 決まりだ。この依頼を受けよう。


「ありがとうございます! 依頼主には冒険者ギルド経由で連絡をしておきますので、すぐに現地に向かってもらって大丈夫です。よろしくお願いします」


 受付嬢の表情はとても晴れやかだ。この依頼の存在がそれだけ悩みの種だったということだろう。


 こうして俺はパーティを追放されてから一日で、都落ちよろしく辺境の地へ行くことになってしまった。

 

 辺境の街ルーンウォルズ。

 

 そこで俺にどんな運命が待ち受けるのか。

 大きな不安とちょっぴりの期待が入り混じった感情を抱きつつ、俺はミステルと一緒に冒険者ギルドを後にした。

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