3話 追放されたから二人でパーティを結成します!★

 本拠地パーティハウスから外に出ると、すっかりと陽は落ちて、街灯の灯りが王都エルミアの街並みを照らしていた。


 とりあえず今日泊まるための宿を確保する必要があったため、俺は宿場エリアに向かって、赤茶色の煉瓦れんが造りの建物が立ち並ぶ、目抜き通りをトボトボと歩いていた。


(どうしてこうなったかなぁ)


 俺は一瞬で仕事と住処すみかと仲間を失った。

 そもそもみんなにとって俺は仲間じゃなかった。本当にただのでしかなかったのだ。


(いや、仲間たちの評価がその程度のものだったことに、俺は本心では気づいていたのかもしれないな)


 だけど認めたくなかった。ついさっきそれをまざまざと突きつけられた。それだけの話なのかもしれない。

 

 理性ではそのことを理解しているけれど、感情の方はなかなか追いついてはくれない。

 寂しさ、虚しさ、惨めさ……そんなネガティブな感情がふつふつと胸の中に湧き上がってくるのを、俺は止めることができなかった。

 

(あーあ、明日からどうやって生きてきゃいいのかな)


「ニコ」


 そんな俺を呼ぶ声が聞こえた。俺は歩みを止めて、声のした方に振り返る。

 ミステルが立っていた。走ってきたのだろうか、息が少し乱れている。


「よかった、追いつきました」

「俺を追ってきたの?」

「はい」


 なんで? とさらに質問する前に、ミステルが口を開いた。


「その、謝りたかったんです」

「謝るって俺に? 何を?」

「わたしをかばったせいで、アナタまで道連れで追放されてしまいました」


 ミステルはそう言って顔を伏せる。


「ああ、そんなの気にしないでよ。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だ。俺が所属していたパーティのメンバーが君のことを侮辱して、理不尽な理由で追放した。俺は結局何もできなかった」


 言葉にしているうちに、申し訳なくなってきた。


「そうだ、もう追放された身だけど、青の一党の元幹部としてキミに謝らないといけないね。本当にゴメン、こんなことになってしまって」


 俺は頭を下げる。


「謝らないでください!」


 ミステルはそんな俺に対して、語気を強めてそう言った。


「というか、なんであんなマネしたんですか。わたしなんかをかばっても、アナタにはなんのメリットもないじゃないですか。現にわたしに巻き込まれて、パーティを追放されてしまって……本当に意味不明です」


 まるで怒ったような口振りでそう言い放つ。それから少しだけ顔をうつむかせてから言葉を紡いだ。


「わたしはあんなの、慣れっこなんです。この瞳のことでパーティを追い出されたのも一度や二度じゃありません。だからいちいち気にしませんし、ニコが責任を感じる必要もないんです」

「ただ瞳が赤いだけで?」


 俺がそう問うと、ミステルは立ち止まり、意外そうな表情をこちらに向けた。


「アナタも知っているでしょう?」

 

 そして彼女は空を指差す。俺は釣られてその先を見上げた。

 夜空には満天の星が散りばめられ、その真ん中に青と赤の二つの満月が、寄り添い合うように浮かんでいた。


「あの二つの月を見てください。青い月ルメリア赤い月アナトリアです」


 ミステルが名前を言いながら順に二つの月を指差した。


青い月ルメリア赤い月アナトリア……この国の。いえ、この世界に住む人なら子どもから老人まで、誰でも知っているお話ですよ」


 それはこの世界に古くから伝わる言い伝え。もちろん俺だって知っている。その内容はこうだ。


 青い月ルメリア秩序ロウの象徴。

 この世界に住む知恵ある存在――つまり自分たち人族は、皆あの月ルメリアから、秩序を司る神の祝福を受けて、この地に送られてくる。その祝福の証として、俺たち人族の目は澄んだ青色をしている。

 

 一方、赤い月アナトリア混沌ケイオスの象徴。理から外れた存在が生まれ堕ちる場所。それが赤い月アナトリアだ。

 赤い月アナトリアからやってきたは、一様にして赤い瞳を持ち、人族に仇なし、災厄の一つとして語られる。

 この世界で『魔族』と呼ばれ、忌み嫌われる存在だ。


 だからこの世界の人々から、赤は魔を象徴する忌色として嫌われているのだ。


「私も普段は自分の瞳の色は隠しています。こんな風に」


 ミステルが小さく何かを呟くと、彼女の瞳の色が赤から青へと変わった。


「あっ、すごい。スキル?」

「はい。【幻術】といいまして、このスキルでいつもは瞳の色を変えているんです」

「へえ、すごいなぁ」

「ありがとうございます――ってそうじゃなくって!」


 俺の素直な賞賛に、彼女は一瞬はにかんだ後、すぐにクールな表情に戻った。


「わたしの瞳がバレれば周囲から疎まれて嫌われることなんて、当たり前なんです」

「俺はそうは思わないよ。ラインハルトにも言ったけれど、そもそも月の色と瞳の色の関係に、なんの科学的な相関なんてありゃしないんだ。魔族の瞳が一様に赤い理由だってよく分かってない。ただの迷信であれだけの侮辱ぶじょくをするなんて有り得ない」


 思い返すと、今でも怒りがこみあげてくる。そんな俺のことを、ミステルは不思議そうな表情で見つめた。

 

「自分が馬鹿にされたわけでもないのに、何に対してそんなに怒っているんですか」

「理不尽を許したくないだけだよ。一応、これでも俺は錬金術師アルケミストだ。真理を求める科学者の端くれだからね」

「ニコは本当に変わっていますね」


 そこで会話が途切れ、俺たちはどちらともなく並んで歩き始めた。


「これからどうするつもりなんですか」


 しばらく無言のまま歩いていたところで、ミステルがポツリと尋ねてきた。

 

「そうだな、青の一党では働きづくめだったし、少しだけ休んでから、またどこかの冒険者パーティに拾ってもらえるよう、就職活動をがんばるよ」

「冒険者を、続けるつもりですか?」

「うん、まあ、そうするつもりかな」


 俺の言葉を聞いて、彼女は押し黙った。それからおずおずと口を開く。

 

「一つ――差し出がましい質問をしてもいいですか?」

「なに?」

錬金術師アルケミストなら、別に冒険者パーティにこだわる必要はないと思うんです。大手の商会とか、アトリエとか。ニコくらいの実力があれば、きっと引く手あまただと思います」

「あ、ありがとうミステル。キミ、見かけによらずお世辞が上手だね」

「お世辞じゃありません。わたしが青の一党ブラウ・ファミリアに所属した期間はほんの僅かなものでしたけれど、その間、ニコの錬成する回復薬ポーションにはとてもお世話になりました。ラインハルトは二流品なんて腐していましたけれど、アナタの作るアイテムは紛れもなく一流品です」

「そ、そうかな」

「正直、冒険者は大なり小なり、戦闘職より支援職を下にみる傾向があると思います。それならいっそ適正な評価を受けられる場所へ移ったほうがいいのではないですか」


 ミステルにそう問われ、俺は少しだけ自分の今後の身の振り方に思いを巡らした。冒険者パーティを追放された今、それでもなお、冒険者に拘る理由。


「その、笑わないでほしいんだけど――」


 俺はそう前置きしてから、自分の胸の内をミステルに打ち明けた。


「俺、ずっと冒険者になりたかったんだ。それも自分で魔族を倒すことができる戦闘職に就きたかった。魔族の脅威にさらされている人を、一人でも多く自分の手で救いたかった」


 (でも――)


 ズキンと胸の内が痛む。


「自分にはユニークスキルどころか、剣の才能も魔法の才能もなかった。人並みにこなせたのは錬金術だけだった。だからせめて冒険者パーティに所属して、裏方でもいいから、困っている人を助けたいんだ」

「ニコ……」

「ミステル、ありがとね。キミだってこれから色々と大変だろうに俺のことを思いやってくれて。キミ、優しいんだね」

「なッ……! わたしは別に優しくなんかありません……! 変なこといわないでください」


 ミステルはプイッと顔を背ける。怒らせてしまっただろうか。


「その、そういうミステルはこれからどうするの」


 俺は話題をそらすために彼女に問いかけた。


「そうですね……わたしが『青の一党ブラウ・ファミリア』を追放されたことは、そう遅くないうちに冒険者達の間で広まるでしょうから、ほとぼりが覚めるまでは単独ソロで活動せざるを得ないと思います」

「でもミステルくらい強ければ、問題なさそうだね」

「はい、問題ありません。だってわたしはずっと――」


 ミステルは何かを言いかけて、途中でやめてしまった。


「ずっと?」

「いいえ、なんでもありません。それより――」


 ミステルは少しだけ顔を伏せてから、何かを決心したかのように顔を上げた。


「ニコ。その、もしよかったらわたしとパーティを組みませんか」

「え――」


 それは予想外の提案だった。


「ハハッ、嬉しい申出だけど、そんなに気を使ってくれなくていいよ? 俺なんかとパーティを組んだって、ミステルの足を引っ張るだけだろうし――」

「勘違いしないでください。私はあなただから誘っているんです」

「俺だから?」


 ミステルは真剣な表情で俺を見つめる。その大きな瞳にまるで吸い込まれてしまいそうだ。


「さっきも言ったとおり、アナタが作るアイテムは紛れもない一級品です。わたしは探索や遠距離攻撃の得手えてはありますが、回復や生産クラフトの手段を持ち合わせていません。ニコとパーティを組むことができれば私にとってのメリットはとても大きいのです」

 

 ミステルはあくまでも事務的に、理屈立てて、彼女が俺をパーティに誘う理由を説明してくれる。


「それだけじゃありません。ナハトと戦ったときの、アナタの冷静な分析、見事な錬金術の腕前、そして恐怖を前にして逃げ出さない勇気――ニコはわたしが今までに出会った誰よりも、冒険者として優れた素質を持っています」

「そ、そんなことは――俺なんて」

「過剰な謙遜は自分を安くするだけです。アナタの価値をアナタ自身が誤魔化さないでください」

「ミステル……」


「もう一度言います。わたしはアナタだから誘っているんです」


 ミステルはおずおずと自身の右手を差し出した。


「こんなわたしでよければ、パーティを組んでくれませんか?」


 俺はじっとその手を見つめる。

 彼女は同情や憐憫れんびんで俺を誘っているわけではなく、俺の能力を評価したうえで誘ってくれているらしい。


 俺にはそのことが、何より嬉しかった。

 広い世界に独りぼっちで投げ出された自分に、味方ができた気がした。

 

 だから――


「ありがとうミステル。その、俺でよければ、喜んで」


 俺は差し出されたその手を握る。手のひらから伝わるぬくもりが、とても温かく感じられた。


「これからよろしくお願いします、ニコ」


 ミステルはにっこりとほほ笑む。月明りに照らされたその笑顔はとてもキレイだった。

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