2話 お前も追放する!★

「ミステル・ヴィントミューレ――お前をこのパーティから追放する!」


 ここは王都エルミア――その一等地にある冒険者パーティ『青の一党ブラウ・ファミリア』の本拠地パーティハウスの会議室。


 ラインハルトの声が室内に響き渡った。


 会議室には五人のパーティメンバーがいた。

 中央に置かれたテーブルを挟んで、一人たたずむミステルと対峙するように、俺を含めて四人のパーティメンバーが座っている。

 テーブルの真ん中で偉そうに座るのは聖騎士パラディンのラインハルト。

 Sランクパーティ、青の一党ブラウ・ファミリアのリーダー。

 その顔立ちは男の俺でも本当に整っているなと思ってしまう。


 ラインハルトは片手を顎にかけ、足を組み、ゴミをみるような冷たい瞳でミステルをにらむ。


 彼の両脇には、魔術師ウィザードのマーガレットと聖職者プリーストのリリアンが寄り添っている。いずれも高い実力を持つ名うての冒険者で、おまけに街を歩けば誰もが振り返るだろう美少女。その二人もラインハルトと同じく敵意に満ちた瞳をミステルに向けていた。

 

 そして、そんなメンバー三人から少し離れて、テーブルのすみっこに座るのが俺だ。


 俺――ニコ・フラメルはこのパーティの専属錬金術師アルケミストだった。そしてこの会議に出席しているということは、一応幹部ポジション。

 だけど、それは名ばかりで、実際は様々な雑務を一手に引き受ける庶務担当といったポジションだ。ラインハルトら他の幹部メンバーとの上下関係は明白で、本来であればパーティの決定に俺が口をはさめる余地はない。


 だけど、今回ばかりは彼の決定が納得できない。考えなしに俺は抗議してしまった。


「ちょっと待ってくれ、ラインハルト。ミステルを追放するって一体どういうことだ?」

「なんだ、ニコ。雑用係が、僕の決定に意見するのか?」


 ギロリとラインハルトが俺をにらむ。


「控えなさい、ニコ・フラメル。ラインハルト様の決定は絶対ですわ」

「そーだそーだ! アイテムを作ることしか能がないお前の意見なんか誰も聞いてないぞバーカ」


 マーガレットとリリアンもトゲトゲしい言葉を投げつけてくる。だけど、こんな罵倒は慣れっこなのでいちいち取り合わない。

 そんなことよりも俺が追求するべきはミステルの処遇のことだ。


「彼女を追放する理由がない。君の決定の意図がわからない」

「簡単だ。この女は先の迷宮ダンジョン探索において、パーティに多大な損害を与えた。従って、僕たち幹部はこれ以上君をこのパーティに置いておくことはできないと判断した」

「彼女がパーティに損害を与えただって? そんなことは――」


 俺の言葉を受けて、ラインハルトは舌打ちをした後、面倒臭そうに口を開いた。

 

「先日の|迷宮ダンジョン探索において、この女は狩人ハンターの重要な役割である索敵を怠った。その結果、名を持つ魔物レイドボスの襲撃にあい、僕たちは深刻な被害を受けた」


 ラインハルトはゴミでも見るような表情でミステルを見る。

 この女呼ばわりっていうのも、随分と失礼な物言いだと思ったけれど、それ以上に彼の言葉は悪意と理不尽に満ちていた。


「それはおかしい! レイドボスに遭遇したのはミステルの忠告を無視して、俺たちが闇雲やみくもにダンジョンの深層へ進んだせいだ。彼女はずっと俺たちに忠告をしていたじゃないか」


 せきを切ったように言葉があふれる。


「ナハトの襲撃を受けたのだって、君がエクスカリバーの力を過信してたからだろ? ナハトの不意打ちで頼みのエクスカリバーを手放してしまって。キミたちが倒れた後も、ミステルは一人で戦っていたんだ。俺はずっと見ていた。あれだけの壊滅的状況からナハトを退けられたのは彼女の力あってこそ――」


「黙れ――」


 俺の言葉をさえぎるように、ドンッとラインハルトがテーブルを叩く。


「雑用係ごときが僕のエクスカリバーを軽々しく語るなよ。虫唾むしずが走る」


 ラインハルトはテーブルからゆっくりと立ち上がると、腰に差したエクスカリバーをさやから抜き出して、まっすぐミステルに向ける。


「スキル展開――【聖剣解放エクスカリバー・オーバードライブ】」


ラインハルトがそう口ずさむと、抜き身の刀身から青白い燐光りんこうがほとばしった。


「な、なにを……! ラインハルト!」


 彼がその手にするその剣は、ユニークスキルによって生み出された聖剣エクスカリバー。魔から生じたモノ全てを斬り捨てるというシロモノだ。

 この冒険者パーティの地位をSランクまで押し上げたのは、ひとえに彼の強力無比なユニークスキルのおかげだといってよく、畏敬の念を込めて、周囲から勇者と呼ばれていた。

 そして勇者は今、その切っ先を魔族ではなく、一人の少女に向けている。


 ミステルは聖剣エクスカリバーを向けられても表情一つ変えない。無表情にじっと前を見据えるだけだ。


「ふん、その不遜ふそんな態度、忌々しい」

「ラインハルト! やめろ! 剣をしまってくれ!」


 ややあって、ラインハルトは剣先を下ろし、鞘の中へと収める。


「ニコ、貴様はこの女の瞳を見て何も思わないのか?」

「瞳……?」

「赤い瞳は呪われた赤い月アナトリアの証。わざわいの象徴なのです。そんなことも知らないなんて、己の無知を恥じるべきですわ」


 ラインハルトの代わりにマーガレットが言う。


「マーガレットの言う通り。名を持つ魔族レイドボスの襲撃に呼応するように、この女の瞳は赤くなった。つまりそれまで自分の瞳の色を隠していたんだよ。この意味がわかるか?」

「意味だって……?」

「赤目持ちは魔族の眷属とも伝えられています。この女はエルミアの英雄であるラインハルト様を始末するために、人族に化けてパーティに加入した魔族である可能性も捨てきれませんわ」


 マーガレットが合いの手を入れた。ラインハルトは満足そうに頷いた。


「だから僕は、このパーティの秩序と安寧あんねいのために、この魔族もどきを追放するんだ。分かったか? 追放の理由は余りあるくらいなんだよ」


 俺の判断に水を差すな。

 ラインハルトの目がそう語っている。


 彼の口から語られた言葉。赤い瞳。呪われた赤い月アナトリア。赤い瞳は魔族の証。


(そんなカビの生えた迷信、俺だって知っているさ。だけど、そんなくだらない迷信を信じて、彼女を追放するのか?)


 ギュッと拳を握りしめる。ダンジョンで彼女の瞳が赤く変わった後、寂しそうに顔を伏せる彼女の表情を思い出す。


(ふざけんなよ)


「……嫌われているから瞳の色を隠す。そんなの当たり前じゃないか。それに瞳の色を決めるのは目の中の色素の量だ。赤い月との関係なんて科学的に何の立証もされていない単なる迷信だ。それとも、ラインハルト、君は彼女が魔族の眷属である具体的な証拠をつかんでいるのか?」


 錬金術師アルケミストとして、真理を追求する一介の研究者として、『赤い瞳』なんてくだらない迷信を信じて人を追放したくなかったし、そんな行為に加担したくなかった。

 気が付けば抑えがたい怒りの感情が俺を支配していた。


「瞳の色をそんな迷信と結びつけて、それでその人を評価するなんて、そんなのはただの偏見だ。愚者バカのすることだ!」


 衝動のままに、俺はラインハルトたちに啖呵たんかを切る。

 実に自分らしくない振る舞いだった。


 しん、と会議室を沈黙が支配する。


「ふざけやがって――」


 その沈黙を破るように、ラインハルトが口を開いた。


「それなら、てめえも追放だ」

 

「は? な、なにを――」

「皆、聞け。錬金術師アルケミストニコ・フラメル 。赤目持ちの女と共に、この男の追放も提案したい」


 ラインハルトは俺の声を無視して発言を続ける。


錬金術師アルケミストなんて代わりはいくらでもいる。ポーションなんて雑貨屋でいくらでも買える。なのにお前をこのパーティに、あまつさえ幹部に置いた理由がわかるか?」

「それは……一応古参メンバーだし、俺の錬成の能力を買ってくれていたと――」

「勘違いするなよ」


 俺の言葉を受けて、ラインハルトは片方の口角をイビツに吊り上げた。

 

「その理由はただ一つ。お前が僕たちに従順だったからだ。生み出すアイテムは二流だったが、その駄犬のような態度と錬成の速度だけは評価していた。お前に幹部職を与えたのも、いわば飼い犬に対する飼い主様のご褒美だったんだよ」


 そこまで言ってラインハルトは一呼吸置く。


「しかし、今の反抗的な態度で考えを改めた」


 そして、吐き捨てるように俺をののしった。


「はっきり言ってやるよ。てめえが作るアイテムなんてその辺の雑貨屋で買える程度の価値しかない。ただの雑用係のくせに、エラそうにこの僕に意見をしやがって!」


 顔を歪ませて罵倒の言葉を浴びせるラインハルト。


「役立たずのクズが! その赤目持ちを連れて消えやがれ!」

 

 彼の言葉を聞いた仲間たちの反応も冷たいものだった。


「ラインハルト様の判断は絶対です。雑用係のくせに意見するなんて身の程知らずも甚だしいですわ。はやくここから出ていってください」

「アハっ、うちもずっと前から君のこと目障りだったんだよね」

「そんな、俺は――」


 突然の事態に思考が追い付かない。代わりに走馬灯のように、青の一党でのこれまでの日々が頭をよぎった。


 いつもラインハルト達から雑用係と蔑まれながらも、俺は自分にできることを全力で取り組んできた。

 アイテムの錬成、パーティに有用なエンチャントの研究、その他パーティ運営に必要な庶務全般……

 無茶なノルマを日常的に課されても、雑務を押し付けられて長時間労働に縛られても、それは俺の能力が求められているから。

 俺に与えられる報酬が、王都で生きていくために必要最低限のものであっても、それはパーティの未来のために他に投資すべきことがあると納得できたから。

 

 なにより、俺はみんなのことを、同じパーティの仲間だと思っていたから。

 だからこそ、どれだけぞんざいな扱いを受けても、支援職として、裏方として、自分ができる最善を尽くしてきた。


 青の一党ブラウ・ファミリアのために。

 共に戦う仲間たちのために。

 そして、魔族の脅威におびえる無辜の人々の笑顔を守るために。


「ラインハルト――俺は皆のことを仲間だと思っていた」


 力なくつぶやく。


「どれだけおめでたいんだ? なあ、マーガレット、リリアン。この男が僕たちの仲間だと――ふふふ、ふはッ、ふははははッ」

「ラインハルト様が優しくしすぎたせいですわ。その結果つけあがって身の程を弁えなくなるなんて、笑い話にもなりませんでして」

「本当にそうだね。こんなのから仲間だと思われていたなんて――うげぇ気持ち悪い、トリハダが……」

「分かっただろ。ニコ、お前は俺たちにとって、ただの雑用係なんだよ。身の程を知ったなら早く視界から消えろ。目障りだ」


 その言葉に、ラインハルトも、マーガレットも、リリアンも嗤っていた。


 ラインハルトたちから見て、俺は仲間でもなんでもなかった。本当に言葉通り、ただの雑用係だったらしい。

 みんなのことを仲間だと思っていたのは俺だけ。


 だとすれば、そこに反論の余地はない。

 俺は無言でただ席から立ち上がるしかなかった。


「ああ、そうだ。お前の部屋に置いてある荷物と、それにこれまでお前が錬成した回復薬ポーションも、全部パーティのものなんだから置いていけよ。ネコババしようなんて意地汚いことを考えるな」


 ラインハルトの忠告を背中で受け、俺は部屋の出口に向かった。

 

 ふと、そこでミステルと目があう。

 彼女は予想外の事態に困惑している様子だった。


(ゴメン、俺はキミをかばえなかったよ――)


 俺は罪悪感と情けなさから顔をそらし、そのまま会議室を後にした。


 こうして俺は、仲間と居場所を失った。

 いや、仲間も居場所も、最初から俺にはなかったみたいだ。

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