錬金術師は孤独な少女を見捨てない ~S級パーティで孤立した少女をかばって辺境の街へ追放されましたが、追放先ではお砂糖成分多めのスローライフします~
三月菫@リストラダンジョン書籍化
第一章 出逢
1話 お前を追放する!★
「お前をこのパーティから追放する!」
薄暗い室内に男の声が響き渡った。
ここは俺が所属するパーティ――
パーティリーダーのラインハルトが人差し指を突きつける。
その先にいるのは俺――ではなくて、銀髪の可憐な少女。
(なんで、こんなことになったんだ?)
ラインハルトの言葉は俺にとって、まったく理解できないものだった。
俺はその原因となった三日前のとある出来事――銀髪の少女との出会いを思い出していた。
***
その
目の前に立ちふさがるは、漆黒の
パーティの仲間たち――リーダーで
この場に立っているのは俺とあと一人。
俺は隣に立つ銀髪の少女に目を移す。彼女は先ほどまで背負っていた大弓に矢をつがえ、まっすぐナハトを見据えていた。
無骨な
彼女は新参のパーティメンバー。
ただ、常識的に考えて、彼女一人の力で強力な
俺は視線をナハトへと戻す。
真っ黒い兜の奥で、魔族の特徴たる赤い瞳が怪しく光っていた。
その昔、自分が冒険者として初めてギルドに登録をしたとき、ベテラン冒険者から聞かされたことを思い出す。
どんなに勇ましい言葉で自分を飾ったとしても。
どんなに便利で強力なスキルを覚えていったとしても。
俺たちはちっぽけな一人の人間にすぎない。だから、死ぬときは、あっさりと死ぬ。それが魔族と戦う冒険者の現実なのだと。
そんな当たり前のことを今更ながら痛感し、全身の血の気が引いていく。俺たちパーティは、今まさに全滅の危機に直面しているのだ。
「終わりだ……」
絶望と
「まだ終わっていません」
狩人の少女が声を上げた。
「私がナハトを引きつけます。その間にアナタはここから脱して、救援を呼んできてください」
「救援って――こんな
「それでも、このまま何もしなければパーティは全滅です。それならばわずかでも、助かる可能性にかけるべきです」
少女は淡々とした口調で言う。まるで恐怖などなにも感じていないかのように。
「だけど、キミ一人置いて逃げるわけには――」
「あなたは戦う術を持っているのですか? あなたは
「それは――」
「生きるために、それぞれの
少女がそう言い終わった刹那――ナハトが動いた。
暗黒騎士は、手にした片手剣を振り上げ、そして少女に向かって一気に振り下ろす!
少女はそれを紙一重で回避すると、すかさず矢を放った。
「行ってください――!」
少女の声に押されて、俺は
少女の言う通り、俺にできることはこの場から離れるだけだった。
(だけど――)
そのまま逃げ出そうとして、足を止めた。
ドクンッと痛いくらいに心臓が高鳴った。
(本当に逃げることしか、できることはないのか?)
背後からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。
歯を食いしばり、ギュッと拳を握りしめた。
(仲間を見捨てて、逃げ出したくない。助けたい)
自分がしたいこと。そして、そのために自分ができること。
全身の血が沸き立つように熱くなる。
心という器に、恐怖以外の感情が満ちた。
「逃げる以外に――できることはある……!」
俺は振り返った。
少女とナハトが激しく戦っていた。
「スキル展開――【
俺は意識を集中させて、ナハトの全身を観察、分析する。
全身を漆黒の甲冑で身に包んだ暗黒騎士。
俺たちがナハトの攻撃を受けた時、まったく気配を感じなかったのは、おそらく甲冑かマントのどちらかに特殊なスキル――おそらく【気配遮断】のような隠密スキルが付与されているのだろう。
マントからは
(それなら、錬金術で――)
俺は更に【
(甲冑のもつあの光沢、黒に混じる独特の色合い――たぶんオブシディアン鉱、ヘマタイト鉱、ブラック・スピネル鉱。その辺りか……)
さらに各鉱石の産地やこのダンジョンの環境など地理的条件、更に少女の攻撃を受けた箇所の甲冑の傷の付き方など、拾える情報はぜんぶ拾う。
(間違いない。ブラック・スピネル鉱だ)
次に俺は甲冑の構造分析を試みる。
(ナハトは人型の魔族。人間と同じく頭部が急所だと仮定しよう。兜は顔全体を覆うエルメット式。確か、
頭の中でナハトの兜の構造を組み立てていく。
(つまり面頬と喉当――その二つの障害がなくなれば、ナハトの顔面が露わになるはず)
必要な分析を終えた俺は、片膝を立ててひざまずき、そっと右手を地面にかざした。
スキル展開。【錬金術】。
「
俺が詠唱すると、右手のひらの周囲に青白い光の真円が描かれた。
「
更に詠唱を続けると、先ほどの真円に沿うように、二つ目の真円が描かれて、二重円――
「
俺は叫ぶように最後の詠唱を唱える。
瞬間、
そうして出来上がったのは、
そこから生まれた青い光は、俺が立てた
その光がナハトの元へ到達した刹那、ヤツの兜が青い光に包まれ、まるで砂のように崩れ落ちる。兜の奥に秘められた、ナハトの異形なる形相があらわになった。
「今だッ! 攻撃をッ!」
俺は少女に向かって叫んだ。
彼女が戸惑ったのは一瞬。すぐに弓を構え、弦を引きしぼった。
少女の凛とした声が響く。
「我が魂に集う内なるマナよ……一条の光となりて、眼前の敵を
少女の詠唱と共に、まばゆい光が彼女の身体から発せられ、やがてその光の
「スキル展開! 【エーテルアロー】――!」
少女はその光の矢を解放した。
少女の右手から放たれたその一撃は、轟音とともにナハトへと一直線に向かって
グオオオオオッ――
ナハトが
ナハトは
少女はしばらく追撃に備えて身構えていたが、やがて警戒を解き、小さく息をついた。
「安心してください。索敵をしていますが、周囲に魔族の気配はありません。どうやらナハトは撤退したようです」
俺は、緊張の糸が切れたのか、その場に尻もちをついてしまう。
「助かった……」
安心感から思わずヒザがガクガクと震える。
少女がこちらに歩み寄り、手を差し伸べてくれた。俺はその手を掴んでヨロヨロと立ち上がる。
「あなたのおかげです。ありがとうございます」
「いや、そんな――それよりキミこそ大丈夫だった? ケガとかしていない?」
「えぇ、問題ありません」
少女は静かに首を振ってみせた。
「それより教えてください。アナタはナハトに何をしたのですか?」
「大したことはしてないよ。錬金術でヤツの兜を分解したんだ。どうやらヤツの甲冑は普通の装備品みたいだったから。それさえなくなれば、キミの攻撃が通りやすくなると思って……」
「あの短時間で、そんな高度なことを……?」
「え? う、うん……」
「アナタは――」
少女は驚いたような表情を浮かべた。
しかし、それも束の間、少女は糸が切れたマリオネットのように、くしゃりと崩れ落ちた。
「ちょっ!? だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄り、少女を抱き止める。
「……すいません、
少女は申し訳なさそうにほほえむ。
俺はそれでも心配で、彼女の顔をのぞきこんだ。
すると、とある変化に気がついた。
「瞳の色が――」
思わず口走ってしまう。そう、少女の瞳の色が変化していたのだ。
俺の記憶ではさっきまでの彼女の瞳の色は俺たちと同じ青。しかし今の彼女の瞳は
まるで、魔族のように――
一瞬、そんな考えが頭をよぎって、慌てて頭を振る。パーティの為、命を賭して戦ってくれた少女に対して、それはあまりに失礼な想像だった。
そんな俺の思考を察したのか、少女が顔を背けてポツリとつぶやく。
「ごめんなさい。お目汚しをしてしまって……いつもはスキルで隠しているのですが……」
寂しそうな、それでいてどこか諦めを含む声色だった。
「あぁ、いや、違うんだ。ただちょっと、その、キレイな瞳だなって思っただけで――」
「き、キレイって……何を……」
俺の言葉を受けて、少女の頬が赤くなる。
「アナタは――おかしな人ですね」
「そ、そうかな? 不快にさせたならゴメン」
「……謝らないでください」
「ゴメ――あ」
半分口ぐせになっている謝罪の言葉を封じられて、俺は
とにかく、この調子なら少女はもう大丈夫そうだ。
「ちょっと待ってて、今ラインハルト達に
俺は少女をそっと地面に下ろすと、倒れたままのラインハルト達に視線を向けた。腰のベルトに巻き付けたポシェットから、
「あの――」
「ん? なに?」
そんな俺を少女が呼び止めた。その声を受けて俺は振り返る。
彼女は所在なさげに視線を
「名前を――教えてくれませんか?」
「へ、名前? なんの?」
彼女の言葉の意図が思い至らなくて、オウム返ししてしまう。少女の
「アナタの名前を聞いているのです。それくらい察してください」
「ああ、俺の名前か」
「……ごめんなさい、もう聞いてるかもしれません。わたし、人の名前を覚えるのが苦手で」
少女は少し恥ずかしそうにモジモジとしながらそう言った。
「クスッ……」
「な、なんですか」
「いや、ゴメン。なんでもないよ」
その様子はさっきまでの凛とした彼女の姿とは対照的で、とても可愛らしくて、思わず俺の口元は緩んでしまった。
「俺はニコ――
「わたしはミステル。
俺たちは名前を名乗り合う。
「ミステル、ありがとう。キミが戦ってくれたおかげで俺たちは全滅を
「ニコこそあざやかな戦いぶりでした。アナタがいなければわたしの命はなかった。ありがとうございます」
互いの価値を見出し、健闘をたたえ合う。死地を乗り越えたことで、俺たちの間には奇妙な信頼が生まれていた。
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